第155話 汝隣人を愛せ
体育が終わり、脱ぐ方の着替えは流石に教室ではできないので、女子トイレの個室内で行った。
俺はいつ女子が入ってくるかと思い、ドキドキしながら扉の下から伸びる手錠のワイヤーを眺める。
「玲愛さん、早くして下さい。この状況はマズイです。男子便に女子はセーフですけど、女子便に男はアウトですよ」
なんとか急かしてみると、不意に扉が開く。黒の下着姿の玲愛さんが、しかめっ面で俺を見やる。
「あの、早くとは言ったのですが着替え終わってくださいという意味で、開けて下さいと言ったわけでは」
「ごちゃごちゃうるさい男だ」
彼女は個室内に俺を引き込むと、そのまま着替えを行った。
俺は着替えを見ないように手で目を覆い隠すが、指の隙間からバッチリ見てしまった。
すごい胸大きい! さすが伊達家のラスボス!
着替えを終え幸い誰にも目撃されることなく教室に戻ると、制汗スプレーをワイシャツの中に吹きかけている玲愛さん。レモンの良い匂いが広がり、動き回った汗の臭いを完全に消してくれる。
「最近、俺恥じらいって何なのかなって考えてるんですが」
「お前はガードの硬い女の方が好みなのか?」
「いや、鉄壁よりかは多少パンチラしてくれるくらいの人が好きですが」
「そんな奴いるか」
お宅の妹さんしてくれますが。
そんな話をしていると、制汗剤のミントの匂いをさせる天が女子更衣室から戻ってきた。
なぜだかズーンと肩を落としていて、まだリレーのことを引きずっているのだろうか?
「どうした? さっきの勝負気にしてるのか?」
「いや、更衣室行ったら皆ボクのことめっちゃ見てくるんだよね……」
「まぁ転校生だしな」
イケメンだしとは言わない。
だが、彼女以上にズーンとしているのがクラスの女子だった。
女子陣は俯きながら
「あんなの詐欺よ」
「着痩せってレベルじゃないじゃん……」
「あのブラジャー圧縮されるの? 四次元ブラじゃん……」
「イケメンよりスカスカな私って……」
などなど卑屈な空気が漂っている。
四次元ブラジャーって気になるなと思いつつ天の胸を見やると、彼女はその視線に気づきフフっと王子様スマイルを浮かべる。
そしてわざわざ椅子に座る俺の膝の上に乗り、顔を近づけてきた。
「気になるのかい? ボクの全てが」
ワイシャツの第二ボタンまで外し、下着をチラリと見せてくる。
「やかましいわ」
キザったらしくイケボで言う天に突っ込む。すぐ悪ノリする奴だ。
「そういや、天は実家暮らしなのか?」
「あぁ、ボク父さん嫌いだからね。家には帰らないよ」
「ほーその歳で一人暮らしか、偉いな。どこに住むんだ?」
「星空橋の近くかな」
「おぉ、それ俺の家の近くだぞ。星空橋のどの辺り?」
「国道を超えて小さなトンネルを抜けたところにあるよ」
「へー、ますます近くじゃないか。俺そのすぐ近くにあるマンションに住んでるから、すぐに遊びにいけるな」
友人が近くに引っ越してきたりするとテンション上がるよね。
しかしながら俺と手錠で繋がった女性は、しかめっ面でむーっと唸っている。
「あっ、もしかして天がすぐ近くに引っ越してきたから焦ってるんですか?」
ちょっと茶化し気味に言ったつもりだったが、玲愛さんは表情を崩すことはなかった。
「天もマンション暮らしだろ? マンションの名前は?」
「それは別にいいんじゃないですかね」
目を泳がせながら、露骨に話を逸らす天。
「あれ? ちょっと待てよ、よく考えたらあの辺ウチのマンション以外にマンションってあったっけ」
俺が自宅周辺の地理を思い出していると、何故だか天は冷や汗をかいていた。
「兄君、人がどこに住むとか、個人情報の詮索はよくないよ」
早口でまくしたてる天。
住所詮索するな気持ち悪いと言われた気分で、お兄ちゃん少し悲しい(被害妄想)
「そっか、遊びに行くくらいはしたかったんだが」
そりゃ一人暮らしの女の子だもんな。しかも天は超大金持ち、おいそれと住所を教えるわけにはいかないのだろう。
ストーカーとか怖いもんね。もし俺が天の家に忍び込もうものなら、ニュースで
「自称水咲天さんの兄と名乗るストーカーが、一人暮らしの自宅を狙い忍び込みました。
なおこの男は被害女性とは何ら血縁関係にない男だと判明しており、ストーキング容疑で現行犯逮捕すると共に、精神鑑定の準備が進められ――」
そんなやばいオタクの報道をされるのだろう。
相野の顔にモザイクがかかりながら「いつかやると思ってました。残念です」とか適当な事を言われそう。
「星空二丁目502号室」
玲愛さんがぼそりと住所を呟くと、天は肩をびくっと震わせる。
「何で俺の部屋番号を言ったんですか?」
玲愛さんは俺の質問は無視して続ける。
「503号室」
「………………」
沈黙している天だが、冷や汗が尋常じゃない。大丈夫か制汗スプレーした意味が全くなくなってるぞ。
「501号室」
「!?」
体をビクンと痙攣させ、泣きそうな瞳でこちらを見る天。
「ごめんね、兄君……」
えっ、何? 何の謝罪なの?
玲愛さんは呆れ顔でため息をつく。
何? 何で二人で話が成立してるの?
「お前の部屋の隣に越してきたんだよ、天は。この流れでわかれ」
「えっ、そうなの?」
「ごめん、なんか10年ぶりにあうと思うとテンション上がっちゃってさ……。君の部屋を調べたら隣あいてんじゃんって思って契約しちゃって。ごめん、重いよね」
「重いのか?」
俺は膝の上に乗る天の脇を掴んで、持ち上げてみる。
「そんなに重くないが。お前のガタイならこれくらいが標準じゃないか?」
「バカ意味が違うよ! 兄くんの朴念仁アホ! でも好き!」
一体どっちなんだ。
「こいつは10年ぶりの再会なのに、いきなり隣室に越してくる重い女でごめんと言っているんだ」
玲愛さんに補足されて、あぁなるほどと頷く。
「いや、全然いいよ、むしろ歓迎だ。友達が隣に越してくるって楽しいと思うんだけど」
そういや最近伊達家で寝泊りさせてもらってるから、全然部屋に戻ってないや。それで越してきたとかわからなかったんだな。
「帰りに引越し手伝うよ、まだちゃんと終わってないんだろ?」
「引越し自体は大体終わってるよ。後はインターネットの回線工事くらいだから」
「そっか、じゃあやることはないな」
「あっ、でも、来てくれると嬉しいかな。ボクも兄君の部屋に入ってみたいし」
俺は玲愛さんにお伺いをたてると、勝手にしろと、どうしてか怒っていた。
「じゃあ今日帰ったら行くよ。帰ったらって言っても帰り道も一緒だけど」
「うん」
天は嬉しそうにはにかんでくれる。
「久しぶりの帰宅だな。……あっやば」
「どうした?」
「そういえば手錠ついてからちゃんと静さんに話してないや」
「…………」
「怒ってないといいけどな」
珍しく玲愛さんの額に冷や汗が浮かぶ。
「そ、そうだな。いい加減”お義姉さん”にも挨拶をしなければいけなかったな」
凄い、目がめちゃくちゃ泳いでる。こんな姿初めて見る。
その後の授業で、玲愛さんは「義弟さんを下さい? 義弟さんを幸せに……」など、ずっとプロポーズみたいな言葉を考えていた。
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