第154話 天火分け目のリレー対決 後編
2人の少女は絶対に負けられないと闘志をぶつけあっていると、1位と2位の女子がテイクオーバーゾーンに入ってきて、アンカーへとバトンを渡す。
トップ二人からかなり遅れて、3位の女子が火恋先輩へバトンを繋ぐ。
それから約3秒程遅れて、最下位の天がスタート。全走者がアンカーへと繋ぐ。
火恋先輩は力強く大地を踏みしめ、加速装置でも積んでるじゃないかと思いたくなるようなスピードでコーナーを回る。一人、また一人と前を進むランナーを抜き去り、あっという間にトップに躍り出た。
「火恋先輩はえぇぇぇ」
「あいつのフォジカルをなめるな」
玲愛さんの言う通り、マジで積んでるエンジン違う。ストレートでの伸びがエグい。
3位からごぼう抜きする様に、観戦していた生徒たちから驚きの声が上がる。
「美しく知性も高く、おしとやかで料理もでき、運動神経抜群で武術の心得もある我が妹。どうだ嫁に欲しいだろ?」
フフンと相変わらず玲愛さんはシスコンを爆発させていた。本人の前で言ってあげればいいのに。
確かにあの人、変態というペルソナを持っている以外、ほんと完璧だからな。
トップは決まったかと思われたが、その火恋先輩の走りを上回る驚きの声が上がる。
その少女はまるで大地を跳ねるように地を蹴り、最下位のビハインドもなんのそのと言わんばかりに疾走する。
目の前にいる3年の先輩を一人、クラスメイトを一人抜き去り、最下位から
走る姿も美しい貴公子のようなブルマ姿の少女。
「天のやつ、やっぱり隠してたな」
俺は昔とかわらないままの彼女を見て嬉しくなる。
「なぜあいつは、実力があるのに最初3位なんて順位に甘んじてたんだ?」
「天は勝つのが嫌いなんですよ。昔からスペックが高くて、常勝が当たり前、毎回相手を負かしてたら誰も対戦してくれなくなったんですよ。多分そのことがきっかけで、勝ちすぎないほどほどにブレーキを踏むクセがあるみたいで」
「勝つのが嫌いとは、なめたやつだ。だが……」
「今回は本気で勝ちに来てますよ」
話しているうちに既に半周が終わりそうだった。
ゴールテープはもう半周先に用意されていて、どうやらラストだけは一周回るらしい。
二人がもうじき俺達の前を通り過ぎるので、ガラにもなく声を張り上げて応援する。
「頑張れぇ!!」
ザッザッと力強い足音と共に、火恋先輩が俺の目の前をウインクして「頑張るよ!」と返して走り抜けていく。
その一秒後に天がハッハッと息を切らしながら、「今のボクに言ったんだよね!?」と若干キレながら走り抜けていった。
……意外と火恋先輩も天も余裕あるな。
他のアンカーも決して遅いわけではないが、あの2人が異常なまでに早い。
観戦者の熱もどんどん高まり、皆大声で応援していた。
玲愛さんも凄まじいデッドヒートに腰を上げ、声を張り上げていた。
「火恋、負けるな! そのまま水咲を屠れ! 格の違いを教えてやれ!」
「天! もうちょっとだ! 頑張れ!」
トップ争いは火恋先輩と天だけの勝負になっており、最終コーナーを曲がってラストのメインストレートに入る。
天がギアを上げて、火恋先輩に肉薄すると周りの歓声も一際大きくなる。
「うぉぉぉぉ! 天ちゃん超すげぇぇぇぇぇ!」
「伊達さん頑張ってぇぇ!」
「水咲さんファイトォ!」
「「2人共もうちょっとだ、行けぇぇぇ!!」」
俺と玲愛さんの声がハモる。
体育祭ばりに盛り上がり、むしろ走者より周りの方が熱が入っていた。
大企業の娘二人は、ポニーテールとショートカットの髪を揺らしながら絶対に負けられないと突き進む。
「火恋! ここで負けたら水咲に悠がとられると思え!」
玲愛さんの掛け声が功を奏したのかはわからないが、火恋先輩がわずかに加速する。
「天! 追いつけ!」
全力で駆け抜ける2人は、そのままの順位でゴールテープを切った。
その直後、観戦していた全生徒が沸く。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「すげぇぇぇぇぇ!!」
はぁはぁはぁはぁと2人は荒く肩で息をしながら、グラウンドにぺたんとへたりこむ。
最終順位は火恋先輩が1位で、2位が天だった。
さすがは火恋先輩といったところだろう。天もよく頑張ったが、恐らく最後の最後で体力に差が出たようだった。
「実にいい走りだったな」
見ていた玲愛さんも満足気だったし俺も同意する。
「流石、伊達のホープですもんね」
「天も良かった。侮ればすぐにでも足元をすくわれる。いや足元に食らいつかれる気迫があった。それに……」
「それに?」
「アマツは4位スタートで、火恋は約3秒ほどのアドバンテージがあった。同じ順位でスタートしたら、結果はわからん」
なるほど、たしかに天が勝っていた可能性は十分あるな。
熱いリレーバトル終了と同時にチャイムが鳴り響き、体育教師が簡単に授業を締めて解散となった。
皆がさきほどの興奮の余韻を残したまま校舎に戻っていく中、天がまだグラウンドにへたりこんでいる。怪我でもしたのかなと心配して玲愛さんと一緒に近づく。
そばには火恋先輩もついていて、背中をポンポンとなでていた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと気を張りすぎたようだ」
火恋先輩が心配するなと笑顔を向ける。
俺もへたっている天の顔を覗き込むと、彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
「どうした? 怪我したか?」
俺が聞くと天は
「ごめん……兄君があんなに応援してくれたのに一位とれなくて」
そんなことを気にして天は泣きそうになっていたのだった。
俺は彼女の体をそっと抱くように背中をポンポンと撫でる。
「天、よく頑張ったね」
「うん…………ごめんね……。一位とれなくて」
「気にするな、本気の天が見れて嬉しかったよ。あっ、でも故意に手を抜くのは感心しないぞ」
「うん……それもごめん…………。最初から本気出してれば勝てたかも」
確かに最初から手加減せず走っていれば、高順位でバトンを貰って火恋先輩にも勝てたかもしれない。
しかしそれは結果論であり、ここまでバチバチの真剣勝負になるとは誰も思わなかっただろう。
それに彼女はアンカーとして素晴らしい走りをした、それで十分だろう。
「ぐぅぅ、悔しい……悔しいよ兄君」
「そうだな、それが勝負だからな」
「……慰めて」
「は?」
「いいから早く慰めて!」
なぜか半ギレの天。
「お、おう」
俺は彼女の頭を撫でり撫でりと撫でると、こちらに体を預けてくる。
「はぁ……落ち着く」
「そ、そうか?」
「君が悪いんだからね……君がボクを本気にさせるから、こんな悔しい思いをしたんだ」
唇を尖らせ、拗ねるように言う天。
一瞬その恋人のような、甘えた怒り方に見惚れてしまう。
……あっ、まずい。今変に意識した。
その様子をメラメラと燃える瞳で見やる火恋先輩。
「悠介君、一応勝ったのは私だよ」
なんて可愛らしいことを言って、褒めてアピールする火恋先輩の頭を撫でる。
「火恋先輩もよく頑張りました」
「あっ……」
「ちょっと生意気ですか?」
「いや、構わない続けてくれ」
そうしてじゃれあってると、玲愛さんが一言。
「お前ら汗臭くないか?」
撫でられてぽやーんとしていた天と火恋先輩は、はっとしてすぐさま俺から飛び退いた。
どうやらそのへんは乙女らしい。
ちなみに俺のジャージは、応援に偏りがあったとして火恋先輩に没収された。
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