第80話 渚の定番イベントがオタを襲う

「それよりひかりさん来ませんね。何してるんでしょうか?」

「午前中は用事あるみたいなこと言ってたけどな」

「じゃあわたし達だけで遊びます?」

「そうだね、暑いし水の中に入りたいな」

「遠泳なら得意だが」

「この中で水中適正A以上ある人?」


 俺が聞くと、手をあげたのは火恋先輩だけだった。

 やはりこのへんは運動能力に依存するんだろうな。

 かくいう俺も水中適正はCくらいである。


「雷火ちゃんはカナヅチ?」

「ん~平泳ぎくらいはできますよ。遅いですけど」

「お姉さんも不得意ね……」

「ママ先生泳げないんですね」

「静さんは泳いでも前に進まない」

「そう、頑張ってクロールしてもなぜか前に進まないの」


 不思議ねと首をかしげる静さん。

 雷火ちゃんの目がチラッと彼女の胸に行く。

 その目は、その胸についてるタンクが邪魔してるんじゃないでしょうか? と正論を訴えていた。


「じゃあ足のつくところでチャプチャプやりますか」

「そうですね。ビーチボールとかやりましょう」


 俺は美女三人と共に、水の中へと入っていく。




 砂浜で膝を抱える、二人の少年の姿があった。


「はぁ、相野がこういうとこ来たら彼女できるって言うから来たのに、1時間ナンパした成果がビンタ1発だけだべ」

「オレなんかビンタ6発だぜ」


 ナンパに来ていた相野と江口は、頬に赤い紅葉マークを作りながらキャーキャーと賑わうビーチを見やる。


「あんなにいっぱい女の子がいるんだから、誰か一人くらい遊んでくれてもいいべさ」

「所詮オレたちは非モテってことだ。帰って悠介巻き込んで、非モテスマブラでもするか」

「傷のなめあいはさもしいべ。あれ……あそこにいんの三石じゃないべか?」

「あ? あいつ水中適正Cだろ。なんでこんなとこに……」


 そう言って相野は江口の見ている方を見ると、美女三人と悠介がキャッキャしながらビーチボールで遊んでいる。


「あぁ伊達家とデートか。いいよなぁ金持ちの女の子と許嫁になれるとか、宝くじの1等10回連続で当たるよりレアだぞ」

「あれが噂の伊達姉妹べか。でもやっぱ肉が足りないべさ。あと100キロくらい足してほしい」

「太すぎだろ!」

「太くねーべ! 女の体重は3桁乗ってからだべ!」

「どんだけDB専なんだよ!」

「そのへんは宗教の違いだべ。相野は三石と立場かわれるとしたらかわるか?」

「いやぁ、伊達はちょっと金持ちレベルが高すぎて、めちゃくちゃ羨ましいって感じしねぇな。社交界とか出たくねぇし、相手の親怖そうだし、結婚してからめちゃめちゃ肩身狭そう」

「そうさな。多分マスオさん以下の扱いだべ」

「そう考えると悠介は気の毒だな」

「だべだべ。宝くじも美人も裏があるべ」


 二人でうなずいていると、遠くに見える悠介は雷火が突然後ろから抱きついたり、静がよろけて前から倒れてきたりとラッキースケベの限りを尽くしている。


「あいつやっぱ許せねぇな」

「ああ、マスオとしての自覚が足りないべ」


 音速の手のひら返し。


「恋愛異端審問官として、断罪の刃ギルティギアを課してくる」

「なにするんだべ?」

「まぁ見てろ。渚の白き狩人と言われたオレの恐ろしさを」


 相野は水中に潜るとスイーっと潜水して、悠介の背後に近づいていく。

 不穏な影相野は誰にも悟られることなくミッションを完遂すると、江口の元に戻ってきた。


「ぶはっ、天誅完了」

「なにしたんだ?」

「あいつの海パンのゴム抜いてきた」

「オメェほど恐ろしい男はいねぇべ」



 腰まで水につかった俺達は、四角形に分かれビーチボールで遊んでいた。


「いくわよ、ユウく~ん。1、2、さ~ん」


 静さんがサーブすると、ボールは山なりの軌道を描き俺のもとへと飛んできた。

 すかさずレシーブするが、手首の変なところに当たってボールを沖の方へと弾いてしまう。


「あっ、ごめん。とってくるね」

「悠介さんレシーブ苦手ですね~」


 ケラケラと笑う雷火ちゃん。

 言えない。サーブするたびに弾む静さんの胸に視線が吸い寄せられ、レシーブをミスってしまっているとは。


「下が水でほんとによかった」


 俺は泳いでボールを取りに行くと、そのとき大きな波が頭から覆いかぶさった。

 勢いが強く、一瞬水中に飲まれたがすぐに水から顔を出す。


「ゴホッゴホッ! あぁびっくりした」


 たまにおっきい波が来るんだよな。

 といっても、足がつくので溺れる心配はないが。

 ボールを回収して、踵を返す。


「早く戻ってエロバレーしなきゃ」


 ん……? あれ、腰に違和感というか解放感が……。

 俺は嫌な予感がして、下を見下ろす。

 すると水中に【禁】のモザイクが見えた。


「ウッソだろ。海パン流されるとかある?」


 慌てて周囲を探すが、流されてしまったのか見当たらない。


 オイオイオイオイ、水着流されちゃった系イベントは女の子がやるからいいわけで、オタクの海パンが流されても誰も得しないぞ!


「うぉぉぉぉ! 俺の海パンどこだー!?」


 リアルにこの格好じゃ水から出られないぞ!




 その頃――


「悠介さん、なかなか帰ってきませんね」

「なにしてるのかしら?」


 女性陣が首を傾げていると、そこに先程悠介が穿いていた海パンが流れ着いた。


「ん? なんですかこれ?」


 雷火が黒のハーフパンツ型の水着を拾い上げる。


「それ、ユウ君の水着じゃない?」

「もしかして波で流されたんですかね?」


 嘘でしょ、ドジっ子過ぎません? 可愛い。となぜかトキメく雷火。


「多分……」

「どうします? とりあえず被りますか?」

「被るかバカモノ。困っているだろうから、届けた方がいいだろう」

「ん~お姉さんが届けてくるわ」


 静は悠介の海パンを受け取ると、水の中を歩いていく。


「静先生、大丈夫ですか? 泳げないなら私が行きますが」

「深いところでも足がつくから大丈夫よ。それに多分ユウ君も、火恋ちゃんたちに見られたくないでしょうし」


 ウフフと母性的に微笑んで、静は悠介の元へと向かう。




「あぁ、やばいんじゃ~。このままじゃお宝もろ出し野郎として、伊達家に怒られてしまう」


 というか水中ゴーグルをした人が通りかかったら、俺の人生詰む。

 なんて儚くガラスのような人生なんだ。


「ユウく~ん」

「し、静さん、お願いこっち来ないで!」

「ユウく~ん。これユウ君の水着でしょ?」


 彼女の手に握られているのは、まさしく俺の海パン。

 波で流されていたのか。


「ありがとう静さん!」


 これでモザイク野郎と言われずにすむ!

 やっぱり頼れるのは有能な義姉。


「受け取って~」


 静さんはパンパンマン新しい顔よ、と言わんばかりに水着をポイと投げる。

 しかし水を含んだ海パンは思いの外飛ばず、目の前に叩きつけられた。

 俺は慌てて水着を掴もうとしたが、その時また大きな波が襲来し、海パンをさらっていった。


「…………」

「ご、ごめんね……」

「いや、いいよ。また探そう」

「その……ユウ君。できればお姉さんのも探してほしい……」


 見ると静さんは両手で自分の胸を隠していた。

 どうやら先程の波で、眼帯ビキニが流されてしまったらしい。


『状況悪化!』


 プールで水着を流される三石姉弟。

 これはまずいですよ。


 俺は水中に潜って探そうとしたが、その時仲よさげなファミリーが俺たちの周りで遊び始めた。


「まずい」

「ユ、ユウくぅん……」

「静さんは俺の後ろに回って」

「う、うん」


 静さんは俺の後ろにぺったりとくっつき、なんとか見えないようにする。

 背中で生のウォーターメロンが潰れているが、それに意識を集中させるわけにはいかない。

 俺はビーチボールをモザイク代わりにし、とにかく明るい三石の如く「大丈夫、穿いてますよ!」と、絶妙なポーズをとりながら雷火ちゃんたちの元へと戻るのだった。

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