第81話 水咲月はオタが嫌い

「あんたは何やってんのよ……」

「すみません……」


 白いガウンを着たひかりは、怒り心頭しながら砂浜に正座する俺を見下ろしていた。

 幸いにして俺の神がかり的なブロック技術で、渚がパニックになることはなかったが、経営者としては見逃せないだろう。

 ※現在は水着が発見され、ちゃんと着用している。


「あたしが砂浜に来たら、まさかあんなポーズで隠してるとは思わなかったわ」

「俺はただ見えないように、高速でビーチボールを動かしながら反復横跳びしてただけだよ……」

「完全に汚いバスケットボールを見てる気分だったわ」

「あれでも結構必死だったんだ」

「本当に見えそうで見えなかったから、しばらく見てたわ」

「見てたなら止めていただけると助かるのですが」

「止めに入ったらボール落としそうで怖かったのよ!」

「ははっ、君の遊園地で危うく前科者が出るところだったね」

「なにわろてんのよ。バレないように水中に沈めてやろうかと思ったわ」


 どっちにしろ事件沙汰である。


「ほんとにそういう性癖じゃないのね?」

「さっきから言ってるだろ、俺はただ海パンを失っただけなんだ。下半身を露出するスリルを楽しんでるように見える?」

「…………」


 なぜ無言。嘘やろ、そんな奴に思われてたの?


「信じてほしい。俺はただビーチボールに踊らされただけの犠牲者の一人なんだ……」

「なんでビーチボールに踊らされてんのよ。あんたはバレてないと思ってるかもしれないけど、あの場にいた8割くらいの人にはバレてたわよ」

「マジで? おかしな、残像を駆使した鉄壁のディフェンスだと思ったのに」


 俺が後頭部をかくと、砂浜でも燕尾服の藤乃さんがやって来て、月に耳打ちする。


「…………わかった」

「…………」

「あんたの海パンのゴム紐を抜いた奴がいるんだって」

「なんて極悪卑劣な奴なんだ! 一体誰が――」


 その時、俯いた相野が係員に連れて行かれる光景が目に入った。

 俺は何も見なかったことにした。


 月は呆れながら一息つくと、いつのまにやら用意されていたビーチベッドに腰掛ける。

 そのまま横になると藤乃さんから差し出された、マリンブルーのトロピカルなジュースに口をつけた。

 その間に俺は取り戻された水着のゴムを元に戻す。


「よし元通り」

「あんたさ、ほんとは一緒に水着流された静先生の為に注目買ってたんでしょ? 自分が目立てば姉は恥ずかしい思いをしなくてすむって」

「気のせいだ。俺はただの露出狂だからな」

「さっきと言ってることかわってるわよ」


 まぁ男の恥ずかしいと女の恥ずかしいはレベルが違うからな。

 静さんのポロリを見せるわけにはいかないし。

 現在本人は水着が発見され、伊達姉妹と共に更衣室にいる。


「ほんとに警察沙汰はやめてよ。一応あたしここの管理者でもあるんだから」

「そうなのか? じゃあこのイベントとか考えてるのって」

「一応企画担当がいるけど、あたしも噛んでる」


 へー、若いのにすごいなぁとオジサン地味たことを思う。


「ってか、なんで今日デートなのに雷火ちゃんたち連れてきていいって言ったんだ?」

「テレビが来るから、一応来てくれそうな人には皆声掛けてんの」

「なるほどエキストラがわりか。でも水咲ならほんとのエキストラ雇ったら?」


 サクラとかいうやつ。


「最近SNSの発達でそういうの使うの怖いのよ。エキストラの知り合いが気づいて、テレビにエキストラやってる友達映ってんだけど草。とか拡散されたりね」

「なるほどな」


 演者には口止めできるけど、その周囲全部は無理だもんな。


「でもテレビが来るって、ここ人気スポットなんだな。CMで何回か見たことあるけど、どんな場所か全然知らなかった」

「その認識は正しいわよ。実際人気じゃないし経営危機だもん」


 軽く他人事のように経営危機という月に驚く。


「えっ、そうなの?」

「あんたもここに来る時、アクセスの悪さを感じたでしょ?」

「そうだな。地方から遊びに来るなら、泊まりで来ないと無理そう」

「今インフラ整備しているんだけど、それが終わるまでアリスランドここが持つか微妙なの」

「えっ、そんなにやばいのか? 結構人いるように見えるけどな」


 砂浜を見渡すと、楽しそうに遊ぶカップルやファミリーが見て取れる。


「こっちのイベントエリアはまぁそこそこ。反対の遊園地エリアは閑古鳥鳴いてるの」

「見た感じ普通の遊園地だと思うがウケなかったのか?」

「それが一番いけないのよ」

「えっ?」

「普通の遊園地なら近いとこ行くわってこと」

「なるほどな」


 でかいジェットコースターがあって、楽しそうなんだけどな。


「いろいろイベント考えてるんだけど、今の所当たったのはこの夏冬逆転イベントだけ。それも投資額を考えれば成功とは言い難いわ」


 経営者の苦労を語る月。

 俺たち利用者からすると、テーマパーク内に海ができてすげーくらいしか感じないが、実際海を用意する側は凄まじい労力と費用がかかるだろう。

 それを十代の少女が動かしてるってほんとすごいと思う。


「大変そうだな」

「万人に受けるイベント考えるのってほんと難しいわ……。まっ、泣き言言ってもしょうがないけど」


 そう言って空になったドリンクのグラスを藤乃さんに手渡す。


「そうだ、あんた綺羅星と会ったって聞いたわよ」

「あぁ、ゲーセンで会った。まぁなんというか、君とは似てない感じの子だった」

「言いたいことはわかるわ。はっきり馬鹿って言っていいわよ」

「妹に辛辣すぎだろ」


 と言っても、かたや大型アミューズメントパークを運営する姉、かたや男性問題でグシャグシャになる妹。

 ある程度蔑視してしまうのも当然か。


「なぁそのイベントって万人を狙わずオタク狙いとかしてみるのはどうだ? アニメのイベントとか、声優呼ぶとか」

「嫌よ、あたしオタク嫌いだし」

「君も筋金入りだな」

「当たり前よ。親が根っからのオタクなんだから」

「普通両親が好きなら、子供もそのまま興味持ちそうだけどな」

「パパはあたしが小さい頃から、家にいるときはアニメ鑑賞、ゲーム、プラモデルづくり。家中をサーキットにしてラジコンで遊んだり。ママはママで、年齢も考えずに魔法少女のコスプレをしたり、BL本を小学生時代のあたしに見せてきたり。……話す内容全てオタク分野ばかりで、こっちの話なんて一切聞いてもらったことないわ」

「重度のオタク同士が結婚するとそうなるのか……。ご両親仲はいいの?」

「ええ、とても良好。この前も二人でVチューバーのコスプレしてたし」

「…………そいつはロックだね」


 確かに自分の父母が、Vチューバーのコスプレでキャッキャウフフしてたら嫌だな。


「あたしの年齢が上がったら、今度は水咲が主催する同人イベントに連れて行かれて、脂ギッシュなオタクたちに揉みくちゃにされたこともあるし。あたしが助けてーって言ってる中、パパは同人誌買い漁ってたのよ」

「な、なるほど」


 うん100%親父さんが悪いな。

 あんなディープな層を思春期の女の子に見せたら、そりゃアイデンティティ的な何かが壊れるだろう。


「でも君、それだけオタクが嫌いなのにヴァイスカードはやってたんだよね?」

「別にオタク文化は嫌いじゃないわよ。ヴァイスはカードが綺麗で好きだったの。あたし何かを集めるのが好きで、一回集め始めるとコンプしたくなるの」

「コレクターってやつか。それなら大会とか別に出なくてもいいんじゃない?」

「大会限定カードとかあるでしょ。それが欲しかったのよ」

「あぁなるほど……。でも君が言えば、限定カードくらい簡単に手に入りそうだけど」

「ズルして手に入れてもつまんないじゃん」


 そうあっけらかんと言う月。

 あぁ……なるほど、この子は根が正々堂々としてるんだ。

 伊達もそうだけど、やっぱどこか一本筋が通ってるところがある。

 だからこそ筋が通っていない妹が許せないんだろうな。


「なによ、変な目で見て」

「いや、俺君のこと結構好きかもしれんと思って」


 そう言うと彼女は目を見開いた。

 あっ、俺今やばいこと言ったかもしれん。

 だが、彼女はクールにゴールドのツインテを揺らすとそっぽを向いた。


「そう。でもあたし露出狂は嫌いよ」


 なんも言えねぇ。

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