第361話 響きすぎた
開発者を抱き込んだ俺は、水咲邸宅へと来ていた。
目的は、会社を乗っ取られてから出社してきていない遊人さんを再起させる為。彼の存在なしに、水咲奪還計画は成功しない。
赤絨毯の敷かれたクソデカ屋敷を、俺は執事の藤乃さんに案内され、遊人さんの私室へと向かう。
「まさか悠介様からお越しになられるとは思いませんでした。コミケでのお話は耳に入っております」
「心配かけてすみません。俺はもう大丈夫です。それより遊人さんの方はどうです?」
「旦那様は、部屋に引きこもって電車模型や車のおもちゃで遊んでいます」
「完全に精神年齢が退行してるじゃないですか」
「会話も通じず、ブーブーという擬音語で話されるだけで……」
「完全にやべぇ奴じゃないですか」
「お恥ずかしながら、我々にはかける言葉が見当たりません」
そりゃ苦労して作った会社を、ライバル会社に乗っ取られちまったんだもんな。ちょっとおかしくなってしまうのも仕方ないだろう。
「天達はどうです?」
「お嬢様たちも平静を保っていますが、心配になられていますね」
父親がおかしくなっちゃったら、そりゃ娘も心配で気が気じゃないだろう。
「こちらです」
遊人さんの私室へ到着し、藤乃さんは扉をノックする。
「失礼します旦那様、三石様がお見えになられています」
「…………」
部屋の中から返事はないが、藤乃さんはガチャリと扉を開けてしまう。
するとゲームやカードが散らばった汚い部屋で、スーツ姿の中年男性が飛行機と車のおもちゃを持って遊んでいた。
「ブーンブーン、ズドドドド、ヒューン」
「これが今の旦那様のお姿です」
こりゃ皆いたたまれなくなる。おかしくなったというか、完全に病んでる。
俺が医者なら「しばらくそっとしておいてあげましょう」と言うだろう。
しかしそんなことを言っている余裕はなく、ツカツカと部屋の中へと入り、遊人さんの隣に並ぶ。
「遊人さん」
俺が視界に入っているはずなのに、まるで見えていないように無視して遊んでいる。
完全に精神的な殻に閉じこもってしまっているようだ。だけど俺にはわかる。
こうやって遊びながら、話しかけるんじゃねぇってATフィールド張ってるだけで、実は外の音はちゃんと聞こえている。
「遊人さん、聞こえてますか?」
「ブーイブーイィィン、ギュォォォォン」
「会社の皆苦しんでますよ」
「ズドドドドド、ブォォォォン!」
「あなたの集めたクリエーター達、皆ヴァーミットに吸収されやりたくない仕事をやらされてます」
「ブロロロロ、キキー!」
「給料は落とされ、鎌田さんや阿部さんはデモ、主任たちは水咲の意思を継いだ新しい会社を立ち上げるしかないって」
「チュィィィン、ブロロロロロロ!」
遊人さんは、うるさい黙れと言わんばかりに玩具を振り回す。
「皆戦ってるんです。あなただけですよ、こんなところで遊んでるの」
「ブーンブーンブーン!」
「遊人さん! あなた社長でしょう、そして水咲家の父親でしょう!? 月や天たちも不安になってますよ!」
「…………」
父親という言葉に反応して、遊人さんの手がピクリと止まる。
「……今の僕に何ができるって言うんだ」
擬音語オンリーだった遊人さんが、急にリストラくらったサラリーマンのような暗い声を絞り出す。
「一代でのし上がってきたって言うのに、あっさり身内の裏切りで今や肩書は取締役の窓際族だ。ゲームやアミューズメントを作ることにはそこそこ自信があったけど、人を見る能力は全然だったってわけだ。いろいろ買収されないように走り回ったけど、時すでに遅しだったよ。だから今は諦めモードになりながら余生を楽しんでるわけ」
「それでいいんですか?」
「それでいいも何も、僕にはもう何の力もない。君も知っての通り水咲はヴァーミットに食われたんだ。と、言っても人生2、3回リタイアしても大丈夫なくらいの資産はある。僕も結構生き急いでたとこあるし、しばらくは遊んで暮らしてもいいんじゃない?」
遊人さんは強がって言ってるわけではなく、心底そう思っているようで、水咲を切り盛りしていたカリスマ社長の姿はそこにはない。
「月や綺羅星たちはどうなるんです?」
「娘には申し訳ないと思うけどね、でもまぁむしろ水咲に縛られなくなった分、自由に将来を選択できるようになったんじゃない?」
会社乗っ取られたから会社継がなくていいよと言われて、娘達が喜ぶとでも思っているのだろうか?
仮に俺が水咲姉妹と同じ立場だったとしても、こんな親父に養われたくないと思う。
「本気で言ってるんですか」
「勿論だ。あぁ後君にも悪いことをしたよ、DLCで君のゲーム滅茶苦茶になっちゃっただろ? でもあのときにはもう僕には止める権限がなかったんだ、許してほしい。まぁまたゲームは作ればいいじゃないか、今度は水咲と関係ないところで」
「こんの……俺たちがどういう気持ちでゲーム作ってたか……」
折れてしまった男に拳を振り上げかけるが、そんなことしたって何の意味もない。
「いいんですか、摩周代表はあなたが作った水咲ブランドを滅茶苦茶にしようとしてるんですよ!?」
「そんなこと言われても、こんな状態じゃねぇ。正直もう僕が介入できる余地はないんだから」
興味ないと、列車の玩具を手にする遊人さん。
俺はあまりの苛立ちに、彼のたるんだネクタイを掴んで無理やり引き寄せる。
「貴方がそんな状態で、貴方についてきた人はどうなるんだ!? 水咲アミューズメントは遊人さん一人の会社じゃない。一番先頭に遊人さんがいて、その後ろを付き従ってきた人たちがいたんだろう!」
俺は散らばっていたカードや玩具の中からPSVINTAを見つけ出し、遊人さんに強引に手渡す。
「ゲームは貴方の魂でしょう! 貴方からゲームをとったら何も残らないから今こうやって腑抜けているんでしょう!」
「…………」
「人生ってのは恩返しなんだ。大好きなゲームやアニメに育てられてきたから、大人になって自分を育ててくれたコンテンツに対して買い支えたり、クリエーターとなったりして恩を返していく。あなたの人生を形成していたゲームを取り上げたら、空っぽで何もなくなってしまうんですよ!」
「…………」
「あなたはクリエーターに自由にゲームを作らせ、良いものを提供してきた。居土さんが言っていました、社長が自由に作らせてくれるから、開発者は良いものが作れるって。クリエーターが社長を信頼し、社長がクリエーターを信頼する。それって素晴らしいことじゃないですか。そんな素晴らしいあなたの会社が、銭ゲバの社長に乗っ取られてなくなろうとしてるんですよ!?」
「僕にどうしろって言うんだ……」
「戦って下さい! ゲームは遊びですけど遊びを作るのは遊びじゃないんだ! 面白いを作れるあなたが、その責任から逃げるな!」
「…………」
「ヴァーミットに無茶苦茶にされた俺たちのゲームって、あなたの娘が作った処女作なんですよ。あなたがここで折れたら、もう二度と彼女たちはゲームを作ってくれませんよ」
「…………」
俺の叫びが響いたかはわからない。俺は掴んでいた手を離して、二、三歩下がる。
なぜかわからないが泣きそうだ。
「……」
遊人さんは無言のままだった。
俺の言葉では響かなかったか。
彼はそのまま自身のコレクションが並ぶガラスケースの前に立つと、ヴァイスカードのデッキを取り出す。
「これは僕が手掛けた最初のゲームだ。言ったかな? このカード全て僕のチェックが入っていて、1枚1枚入念に遊びを考えられた構成になっている」
「…………」
「この時は本当に楽しくてね。24時間遊びのことしか考えていなかった」
遊人さんは懐かしむようにデッキのカードを確認していく。
「自由にルールを作り遊びを創造できるのは、神になったような気分で楽しかった」
「……それがクリエーターですよ」
「天や綺羅星たちが、君とゲームを作るって言った時は内心飛び跳ねそうなくらい嬉しかった。彼女たちが手を組めば、一体どれほどの作品が生まれてくるのかと」
遊人さんは小さく息を吐く。
「彼女たちはいずれ世界一のものを作るだろう。だから、その時僕が折れていちゃいけない」
「ええ、そうですよ。水咲出身のクリエーターとして世界に出ないと」
「
「……?」
なぜか涙を浮かべてこちらを見る遊人さん。
「僕は全力で水咲を取り返す為に戦う。もし摩周を追い出せた時、君には僕の後継者になってもらいたい」
「いや……あの、復活はしてほしかったんですけど、それとこれとは話が」
「三石君、いや我が息子よ、君がいるから僕は玉砕覚悟で戦える」
「あの遊人さん、玉砕されると困ります」
「遊人ではなく、義父さんと呼びたまえ」
◇
翌日――
パリッとしたスーツに身を通す遊人の姿があった。
藤乃はその凛々しい姿に驚かされる。
「旦那様、どうなされましたか?」
「どうって、今日は平日だよ? 出社するんだよ」
「体調の方はもうよろしいのですか?」
「あぁ大丈夫、仮病だから」
遊人はPSVINTAを鞄に入れると、よしと頷く。
「本当に大丈夫でしょうか? 精神面のダメージは、表面に現れない為軽視されやすいですが、ちゃんとした怪我と同じもので休まないと治りませんよ」
「何を言ってるんだ。僕がいないと業務が始まらないでしょ。皆戦ってるのに」
「……畏まりました。車を回してきます」
「よろしく。さて我が娘と息子の為に会社取り返すぞ~。なんだか会社奪還ゲームみたいでワクワクしてきたな」
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