オタオタ AFTER(短編後日談)
第375話 読み切り 三石家のヴァレンタイン
ヴァレンタイン、それは男にとっても女にとっても戦争である。
2月13日、俺と友人相野は商店街某所にいた。
「は~つれぇわ……」
「つれぇなぁ……」
「悠介はいいよな、既に10個以上チョコ貰えること確定してるんだろ」
「いやいや、女心なんかわからんもんだよ? 大体最近はお返しするのもされるのも面倒だから、今年のヴァレンタインは中止しましたってよくある話だから」
「はいはい、オレなんかぜってぇー一つも貰えないんだろうな」
「はーヴァレンタインってほんと憂鬱だわ」
「ほんとほんと、ヴァレンタインとかなくなればいいのにな」
「全然意識してないのに、お前ヴァレンタイン意識してるだろとか言われるのウザいしな」
「全くだな」
「カットの方こちらでよろしかったでしょうか?」
「「はい、ありがとうございます」」
俺と相野は立ち上がり、目の前の鏡に決め顔を見せる。
俺たちがいるのは、我が街で一番オシャンティな美容院。
最近流行りの髪型にカットしてもらい、明日の戦いに備えていた。
口ではああ言っていたが、実際めちゃくちゃヴァレンタインを意識していた。
美容院を出て店のガラスに映った自分の顔を見て、俺はふっと息を吐いて前髪を浮き上がらせる。
隣の相野は、ヴィジュアル系のように首を押さえたポーズをとる。
「明日、オレはこの首痛い系ポーズで一日過ごそうと思う」
「俺も額を押さえた頭痛い系のポーズで行く」
◇
その頃、三石家アパートにて雷火と火恋がエプロンをしめ、テーブルに乗った大量のチョコを睨んでいた。
「よし、やりますかと」
「雷火、大丈夫か?」
はりきる妹を心配げにみやる火恋。
「チョコレートなんか、溶かして型にはめて冷やすだけですよ? どこに心配する要素があるんですか?」
「いや、目玉焼きで暗黒物質を生成するお前に言われてもな……。型はあるのか?」
「勿論。このPSのコントローラーを使います。これにチョコを塗りたくって、コントローラー型のチョコをプレゼントしようと思います」
「……悠介君にコントローラーかじらせる気なのか? 勢いよくいったら歯が折れるぞ」
「えっ? ダメですか?」
「ダメだ。別の型にするんだ」
「これがダメって言われると、もう万策つきるんですけど……」
「我が妹ながら引き出し少なすぎないか?」
姉妹で話をしていると、長女玲愛が遅れてキッチンに姿を現す。
「なにをしている……ってヴァレンタインか」
「ヴァレンタインかって、姉さんもうチョコ作ったんですか? 明日ですよ」
「当たり前だ」
玲愛はスマホを取り出すと、高級ブランドの通販ページを見せる。
映し出された商品は、金色に輝くチョコレート。
「なんですかこれ?」
「新宿ヴァレンティオンチョコで発売される、一粒3万の金粉入りチョコを予約した」
「えっ、10個入だから30万……」
「ふははは、この姉が恐ろしいか? これが私の本気というやつだ」
「「えぇ……」」
玲愛は妹の引いた視線に気づく。
「なぜそんなに引いている?」
「いや、別に本命に既製品を使うのは否定しませんけど、さすがに高すぎて引きます」
「姉さん、本命とは真心込めて自分で作るのがセオリーだ」
「なんとでも言うがいい愚かな妹達め。たかが溶かして型とっただけのものを作るなど片腹痛い。高いものは美味い。これは間違いない」
「姉さんグルメマンガに出てくる悪役みたいになってる……」
『では次のニュースです、チョコを輸送中のトレーラーが横転。道路一面にチョコが散乱しました。このチョコは新宿ヴァレンティオンデパートから輸送中のもので、トラックから引火した炎で、ほとんどのチョコが溶けました。幸い怪我人はない模様で――』
つけっぱなしになっているテレビからニュースの音声が聞こえてくる。
姉妹はテレビに視線を移すと、そこには燃え上がるトラックとドロドロと溶けていくチョコが見える。
「「「…………」」」
「これ姉さんのチョコじゃ」
「まさか……私のチョコは一箱30万だぞ。恐らく装甲車で運ばれてくるはずだ」
「そんなわけないでしょ」
その時、玲愛のスマホに着信が鳴る。
恐る恐る通話にでると、ヴァレンティオンチョコカスタマーサポートからだった。
『申し訳ございません。この度は弊社の不手際で、お客様にチョコを届けることができず』
「は、はぁ……わかりました」
通話を切ると、玲愛は死んだ魚の目をしていた。
「……横転したトラック、私のチョコ乗せてたって」
「装甲車で運ぶべきでしたね」
「どうするんだお前、今から新しいものなんて用意できんぞ!」
「コンビニ行けば多分山程売ってますよ」
「お前、悠にコンビニのテープ貼られたチョコプレゼントしろって言うのか!?」
「ないんだから、しょうがないじゃないですか。美味しいですよ、コンビニチョコ」
「そういう問題じゃない! ちょっと待てどうするんだオイ!」
もうダメだー! と頭を抱える玲愛。とても一流企業のトップとは思えない狼狽え方だ。
すると、大量のチョコを買ってきた静がキッチンに顔を出した。
「あらあら、皆明日の準備かしら」
「はい、先生は随分多いですね?」
「ええ、沢山いると思うから」
「どんなの作るんですか?」
「チョコを溶かして、自分の体に塗るのよ」
「「「えっ……?(困惑)」」」
プレゼントは私ってこと? と狼狽える伊達三姉妹。
更に買い物に出ていた水咲三姉妹が帰宅。
全員がキッチンに集まってきた。
「あら伊達家、お揃いで」
「月さん、その伊達家っていう芸人のトリオ名みたいに呼ぶのやめてください」
「気にしすぎよ」
「月さんたちもチョコを作りに来たんですか?」
「いや、もう出来てるから冷蔵庫を借りにね」
「ボクも出来てる」
「あーしもー」
「えー見せて下さいよ」
「しょうがないわね、度肝抜かれないでよ」
月はちょっと見せたかったのか、意気揚々と手にした箱を開ける。
バスケットボールサイズのチョコを見て、雷火たちは言葉を失う。
「なんですかこれ……」
「1分の1、あたしの生首よ。よくできてるでしょ」
「気持ち悪い」
「えっ?」
「「「気持ち悪い!」」」
伊達姉妹は声を揃えた。
「なんでよ!? ちゃんと目玉はホワイトチョコだし、割ると中から脳を象ったパインアイスが出てくるのよ!」
「「「気持ち悪い!!」」」
月は本気だったのか、気持ち悪いと言われてダメージを受けていた。
「まぁまぁ月はそういう普通の感性とズレてるところがあるから」
「天さんはどんなのですか?」
「ボク? ボクは普通だよ」
天のチョコは確かにハート型の普通のチョコだった。
「うわーキレイにできてますね。ホワイトチョコがゼブラ柄になっててキレー……あれ? これ髪の毛かもしれないですよ」
雷火はチョコに混入した一本の毛を指差す。
「あーこれはわざと入れたんだ」
「わざと?」
「うん、彼がボクの一部を食べてくれると嬉しいでしょ?」
「「「怖い!!」」」
「き、綺羅星、あなたはどうなんですか?」
「あーし? あーしはねコレ」
ドロドロのダークマターみたいな、シンプルに下手なチョコが出てきて、伊達姉妹はホッと胸をなでおろす。
「良かった、一人でもまともなのがいて……」
「これでまともって言うのはどうなのかしら?」
静が冷静に突っ込む。
「皆様お揃いで」
「多いですわね」
更にメイド服の真下一式と弐式の二人がキッチンに顔を出す。
「真下さんもチョコを?」
「はい、勿論」
「あの……体にチョコ塗って、ご主人さま、私を食べて的な……」
「そ、そんなことしませんよ!」
「完成品見ていいですか?」
「はい、どうぞ」
雷火は一式の持つ箱を開けると、中には綺麗なチョコレートケーキが鎮座していた。
「はぁ良かった~。自分の毛や血液を入れてるなんてことはないですよね?」
「そんな頭おかしいことしませんよ!」
頭おかしいと言われて、天がピクッと反応する。
「はぁ普通で良かった」
「ほんとに普通でいいね」
「普通で安心する」
「これが普通なのね」
「いやー普通にうますぎっしょ」
飛び交う普通というフレーズに、徐々に凹んでいく一式。
「あんまり普通普通言わないで下さい! なにかしなきゃいけないのかなって思うじゃないですか!」
「普通が一番ですよ」
キッチンに集まった一同は大きく頷く。
◇
ヴァレンタイン当日――
三石家アパート、談話室、玲愛を除く全員が集合していた。
「うわぁ、これはもう1年チョコに困らないな」
「す、すみません悠介さん。案の定失敗してしまいました」
「いや、こういうのがいいんだよ」
雷火ちゃんのハートが歪なチョコ。きっと味も失敗していると思うが、俺にとっては美味く感じるはずだ。
「ちゃんと食べなさいよ」
「お、おう生首食うよ」
「ごめんダーリン、ちょっと吐瀉物みたいになっちゃったけど」
「なんで皆思ってたけど言わなかったこと自分で言っちゃうんだ」
「悠君、お姉ちゃんのは後で浴室で渡すね」
「浴室?」
「ご、ご主人さま! 我々も後で浴室でお渡しします。普通は嫌普通は嫌」
「う、うん。ありがとう」
浴室でチョコってどういうことだろうか? 一式がなにかブツブツ言ってるのも気になる。
成瀬さんや、真凛亞さんからも貰ったし、これで全員貰ったかな?
チョコを確認して、玲愛さんに貰ってないことに気づく。
玲愛さんはなしかな。忙しいし、行事ネタなんかやってる暇ないよなと自分を納得させつつ、少しだけしょぼんとする。
すると談話室の障子が少しだけ開かれ、玲愛さんの手が伸びる。
その手はこちらに向かって手招きしていた。
俺はこっそりと談話室を出ると、玲愛さんが廊下で待機していた。
「すまない悠。チョコが用意できなくなってな」
「あっ、そうなんですか? 全然大丈夫ですよ」
なにかトラブルがあったんだろうな。それなら仕方ないことだ。
「一粒3万のチョコを手配していたのだが」
「来なくてよかったです。俺そのチョコのお返し思いつかないんで」
「輸送していたトレーラーが横転して爆発炎上。チョコも炎上してしまった」
「そ、それは災難ですね」
「いろいろ考えたんだ。体にチョコを塗りたくって食べろというのも。だけど……他の女と被ってるんだ」
「いや、別に被ってても全然大丈夫ですけど……」
そんな芸人がネタ被り気にするみたいなことしなくても。
「いろいろ考えすぎて、一晩たってしまい本当に何も用意できなくなった」
「いや、もうお気持ちだけで十分です」
「ほら」
玲愛さんは俺に棒型チョコ、ポッチーの箱を差し出す。
「あっ、ポッチーですね。俺好きなんですよ。ありがとうございます」
玲愛さんは、バリバリとポッチーの箱を開けると一本取り出し、自分の口に咥えた。
「俗物的なネタだが」
玲愛さんはわかるだろ? と視線で促す。
つまり合コンなどで行われる、ポッチーの端と端を咥えてキスするギリギリまでお互い食べ進める、度胸試しゲームをしようとしている。
俺は恐る恐るポッチーの反対側を咥える。
ち、近い。美人がこれだけ眼の前にいると緊張するな。
玲愛さんは目を閉じたまま、サクサクと音をたてて、こちらに顔を近づけてくる。
俺は緊張で一口も食べられない。
彼女はゆっくりと食べ進め、ほぼゼロ距離にまで顔が近づく。
そこから先、玲愛さんから近づいては来ず、どうやらお前から来いと無言の圧をかけているようだ。
本来ならばキスしてしまうと失敗なのだが、今回のゲームは恐らくキスするまで終わらない。
それが玲愛さんのヴァレンタインプレゼント。
だが俺のラブコメ的第六感が告げている。ここで誰かが乱入してきて、唇が触れ合うこと無く終わると。
俺はこういうのに詳しいからわかるんだ。
「…………」
しかし、誰かがやってくる様子はなく1分ほど経過。
するとドスのきいた声が響く。
「おい、いつまで止まってるつもりだ」
「いや、これはその……」
玲愛さんばすんごい怖い表情をしており、到底キス待ちとは思えない。
俺も根性がなくて動くことができずにいると、突如後ろから何かが飛びかかってきた。
「うわっ!?」
「んっ!?」
驚いて動いてしまった。その拍子に玲愛さんの顔面とぶつかる。
ガッと嫌な音がして、お互い口を押さえる。
「いった……お前……」
「すみませんすみませんすみません。急に後ろから何かが」
振り返ると、そこには真っ白いデブ猫の大福が「んな~?」と鳴き声を上げる。
どうやら何か遊んでいると勘違いして飛びついてきたようだ。
「大丈夫ですか? 血とか出てないですか?」
「大丈夫だ。お前は?」
「俺は大丈夫です」
「全く。まぁチョコを用意できなかった私が悪いから、怒らないでいてやる」
「ありがとうございます」
「…………当たったよな?」
「何がですか?」
「なんでもない、気にするな」
玲愛さんは自分の唇に触れると、熱い熱いと手で自分を扇ぐ。
「わ、私は部屋に戻る」
「は、はい」
玲愛さんはそのまま自室へと戻っていった。
その顔はどこか照れてるように見えた。
俺は彼女がいなくなってから「当たった」が唇が触れ合ったという意味だと気づく。
「き、キスしたのかな、今の……ノーカンかな?」
談話室に戻ろうとすると、後ろから肩を叩かれる。
振り返ると笑顔の静さんと真下姉妹が、バケツを持って立っていた。
「悠君」
「静さん、と真下シリーズ」
「今チョコ渡してもいいかな?」
「うん、いいよ」
「じゃあ浴室に来てね」
「ご主人さま、私普通じゃありませんから!」
「?」
静さんと真下シリーズは、バケツに入った液体チョコを持って風呂場へと向かう。
「浴室でチョコ渡すってなにするんだろうな~」
その後、俺は過激なチョコの食べ過ぎで鼻血を出して倒れた。
――――――――――
行事ネタ書いてないなと思って書きました。
1日で書いたので設定ガバってたらすみません。
また気が向いたら書くかもしれません。
ちなみに相野は母からしか貰えませんでした。
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