第376話 V 前編

「V化しようと思ってる」


 アパートの一室で、成瀬さんは神妙な面持ちで俺に決意表明する。


「V化って、Vチューバーという奴ですか?」

「そう、今流行りの」

「結構前から流行りですけどね」

「あいつらアタシの商売敵でさ」

「変わったタイプのアンチですね」

「Vってめちゃくちゃスパチャ飛ぶそうじゃん?」

「気持ち良いくらい偏見の塊ですね。サ胸釣りMutyuberと、Vチューバーって客層被ります?」

「最近Mutyubeも規制が厳しくて、ちょっと胸出すだけで収益剥がしてきやがるからさ」

「胸はちょっとで出すようなものじゃないですけどね」

「水着だぞ水着?」


 成瀬さんは自身のシャツをめくって、ボロンとヒョウ柄ビキニブラに包まれた爆乳を見せる。


「簡単におっぱい見せないで下さい」

「生では彼氏にしか見せねぇよ」


 ナチュラルに言っているが、俺達の関係が進んだことを実感する。


「そこでゲーム系のサブチャンを開設しようと思うんだけど、リアル女のゲーム配信って見ないだろ? だからV化しようと思ってる」

「見なくはないでしょう。Mutyubeは少ないかもしれないですけど、ツイッチとかだとケツ出しながらゲームやってる外国人女性いますよ」

「さすがにエロコンテンツを全力でやるつもりはないんだよ。ただでさえAVのオファーが毎日きてんのに」


 そんなオファーきてるのか。

 爆乳エロ配信者なる◯のオフ◯コ流出映像とかタイトルつけられそう。


「それでアタシの絵をあっちゃんか、ママさんに書いてもらおうと思う」

「静さんは駄目ですよ。ゴリゴリの少女マンガ絵ですから」

「なんでだよ、少女漫画キャラでいいじゃねぇか。清楚でいきたい」

「ダメです、成瀬さんはV化するならKAI楽天の絵柄じゃないと」

「なんでアタシはエロ漫画ジャンルなんだよ!」


 俺は成瀬さんから羽交い締めを受ける。

 巨乳が背中に当たる。そういうとこやぞ。


「わかりましたわかりました、一応頼んでおきます。真凛亞さんにイラスト担当してもらって、雷火ちゃんと天にモデル化してもらいますから!」



 2週間後――


「同接が全く伸びない!」


 ノートPC片手に、再び俺の部屋を訪ねてきた成瀬さん。

 どうやらV化したのはいいが、全く人が来ないらしい。


「皆にいいモデル作ってもらったでしょう? こんな早くに作ってくれるプロ集団ないですよ」

「そりゃそうなんだが」


 成瀬さんはノートPCで、自身のモデルを見せる。

 赤髪制服姿のギャルモデルはエロマンガキャラっぽくて、とても良いと思う。

 どことなく成瀬さんの特徴も含みつつ、うまく2Dに落とし込んだなと感心する。


「いや、めちゃくちゃグリグリ動くしキャラはエロ可愛いし、最高だと思いますけどね」

「やめろ、それだと中身アタシに需要がなくて同接伸びないってことだろ」


 原因わかってるじゃん。

 リスナーみーんな、成瀬さんのパイ目当てである。


「これもう顔だけモデル使って、肩から下は水着姿の実写のほうが伸びるのでは?」

「エロいキメラみたいなことしたら、またMutyubeに怒られるっての」

「じゃあ、配信するゲームが悪いとか」


 面白くても一人で黙々とやるような、配信栄えしないゲームというのは存在する。


「そんなわけないだろ。ほら、最新の流行りを取り入れてPEYPEXやってるよ」


 PEYPEXとは配信界で大流行りしているオンラインFPSシューティングゲームで、まぁ人口多いしこれやっとけばいいよね的雰囲気のゲームだ。

 もしかしたらとんでもなく下手くそなムーブでもかましているのかなと思い、成瀬さんのライブアーカイブを見ると、別に下手ではない。

 まぁランク帯が、下から二番目のシルバー帯で敵があまり強くないというのもあるが、成瀬さん自体そこまでトロールかましているわけではない。


「う~ん、スキルも使ってますし、エイムもまぁシルバーよりは上かな」

「アタシもちょいちょいゲームはやってるからな。別に悪くないだろ?」

「悪くはないですけど」

「けど?」

「あんまり面白くないですね」


 面白くないという言葉のナイフが、成瀬さんの胸を突き刺す。


「とんでもなく下手だと、成長性に期待できるとこもありますけど、この感じだと普通に上のゴールド帯までいって、そこで壁にぶつかって辞めるだろうなってのが見えます。普通の人の普通のPAYPEXって感じで」

「ふ、普通。Mutyuberがもっとも嫌う単語だ」

「ゲーム変えましょう。とりあえず流行りにのってみました感がめちゃくちゃ強いので、自分の好きなゲームやってみたらどうですか?」

「好きなゲームって……ツムツム?」

「ソシャゲはやめましょう」

「ってかよ、お前もV化してゲーム教えてくれよ。お前も個人配信サイト持ってるだろ?」


 配信サイトって、動画サイトのスラムと呼ばれているモコモコ動画のことか。

 おはようと言ったら【4ね】って返って来るとこだぞ。


「ってか、男と一緒に動画に出たら燃えるでしょ?」

「燃えないって。あたし指輪つけて動画出てるし」


 成瀬さんの薬指には、300万相当(借金)の指輪がはまっている。


「それつけて出た時荒れませんでした?」

「プロポーズと同時にもらったって言ったら、ちょっと荒れたけど、しばらくしたらおさまった」

「あなたのリスナー、本当にあなたの胸にしか興味ないんですね……」



 数日後、俺は自分で書いたおにぎりマンというおにぎりに手足と顔をつけたアバターを纏って、配信テストをしていた。


「どうです?」

「いい感じだよ。海苔でつくった眉毛がいい味出してる」


 雷火ちゃんがVtubeスタジオというソフトを使って、モデルの調整を行ってくれる。


「いいんですか悠介さん? 完全に落書きをモデル化しましたけど、イケメンのモデルも作れますよ?」

「いらないいらない。ただの思いつき企画だし、俺の顔でイケメンモデル使うと虚しくなってくる」

「それもそうですね」


 そこはそんなことないですよとは言ってくれないんだね。


「しかしこのフェイストラッキングって面白いね。WEBカメでこっちの表情を読み取って、モデルに反映してくれる」

「技術の進歩ですよね。ちなみにわたしも作ってもらいました」

「えっ、どれどれ?」


 雷火ちゃんのモデルは、白衣を着た理系少女という感じで、かなり彼女の本当の姿に寄っている。


「いいね~雷火ちゃんが2次元になったみたいだ」

「まぁ配信やるつもりもないんで、ただ作っただけですけどね」

「つかぬことを聞くんだけど、これ雷火ちゃんに似てるよね」

「はい、モチーフわたしなので」

「おっぱい大きくない?」


 モデルの胸は明らかに本物より盛られていた。


「い、いいじゃないですか! 2Dモデルで巨乳になるくらい! 皆貧乳のコンプレックスがわかんないんですよ!」


 ちなみに雷火ちゃんはDなので、巨乳寄りである。

 ただ周りがJだのKだの異次元なカップをした人ばかりなので、相対的に小さい側になってしまっているだけだ。

 胸をじっと観察していると、彼女は眉を寄せ開き直った表情でブラウスの第3ボタンまで外す。


「触ってみます? わりと絶望しますよ」

「う、嬉しいけどやめとくよ」

これ悠介さんのものですから、ちゃんと愛して下さいよ」

「う、うん」


 ハイライトが消えた目の雷火ちゃんに詰められて、首をカクカクと振る。


「よし、じゃあモデルはこれでOKだから、次は遊ぶゲームだな」

「なにするんですか?」

「スイッチのスーパーファンタ人生ゲーム」

「あぁ、あのファンタジー世界観の人生ゲームですね」

「そう。成瀬さんの友達に、コラボとして呼ばれてるんだって。俺はその数合わせ。雷火ちゃんも来る? あれ確か4人用でしょ」

「えっ、いいんですか?」

「多分大丈夫だよ」


 こうして俺達4人のゲーム配信が決定した。

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