第167話 玲愛と首輪Ⅷ
その気になってしまった静さんから、逃げ出すようにホテルに用意された部屋に戻った。
本来イベント参加者は一人一部屋もらっていて、ちゃんと俺の部屋は存在しているのだが、手錠で離れられない為玲愛さんの部屋にベッドを二つ用意してもらっている。
天との会話後から、玲愛さんとは一言も話していない。あまりの不機嫌さに話せる空気じゃなかったし、俺も話す気分にならなかった。
玲愛さんの言った【そんなに欲しければくれてやる】言い方を悪くすれば、俺は目の前で彼女に”売られた”のだから。
玲愛さんはシャワーを浴びた後、食事もとらずにベッドに寝転がった。
俺も同じようにシャワーだけ浴びて、明日の為に早く寝ようと隣のベッドに腰掛けると、無理やり手錠のワイヤーを手繰り寄せられた。
「どわっ!?」
ベッドからずり落ち驚いて声を出してみたが、当然のように無視される。
ただの気まぐれか? と思っているといきなり胸ぐらを掴まれ、ベッドに引きずり込まれた。俺は玲愛さんに抱きしめられ、胸元に顔を埋めることになった。
何なんだ? さっきあれだけ怒ってたのに、今は胸元に抱かれている。わけがわからない。
玲愛さんの胸にくっつく気持ちよさよりも不審感が先に立ち、抱きしめられている腕を振り払って身を離すが、彼女の腕は逃がすかと言わんばかりに力技で俺を胸に抱こうとしてくる。
「あの、離して下さい」
なんとか胸の中でもがくが、おっぱいがぐにゅぐにゅと変形するだけで全く離脱できそうにない。
「うるさい黙れ、大人しくしろ」
まるで誘拐犯の脅迫の如く、抱きしめる腕に力を込める玲愛さん。
顔を離そうと腕を突っ張ってみるが、胸を鷲掴みにしているだけで、首を横に振ろうが縦に振ろうが、ただ胸に顔をこすりつける変態にしか見えない。
数十分おっぱいと格闘してみたが、やっぱりおっぱい強すぎだよ、勝てる気がしねぇよ……。
いっそ直に触ったら驚いて離してくれるかも……と思ったが、玲愛さんの腕が首にキまっているので、そのまま力をいれられたらパキっといきそうなのでやめた。
どれぐらい胸の中でじっとしていただろうか? 一時間くらい経ったかなと思ったくらいに、玲愛さんからスヤスヤと寝息が聞こえてきた。
俺もまどろんできて、このままおっぱいの中で眠れたら最高だろうな……。
寝落ちしかけた瞬間、おっぱいしてる場合じゃねぇ! と素に返る。
起こさないように、隙を見て自分の体と枕を入れ替えて離脱することができた。
俺は隣のベッドに腰を下ろして、もしかしたら愛玩動物扱いされてるんじゃないか? と本気で疑わしくなってきた。
「なんだろう、思いっきりDVされた後めちゃくちゃ優しくされてる気分だ」
暴力と優しさで頭バグりそう。そんな犬のしつけ方とかありそう。
俺が困り果てていると、突然ピピピっと音が鳴る。どうやら音は手錠から鳴り響いているようだった。
まさかと思い確認すると、赤いバッテリーランプが点灯から点滅にかわっている。
「これってもしかして」
手錠からのアラームはすぐにやみ、赤色のランプは消えた。それと同時にカチャっと軽い音を立てて手錠が外れる。
今まで何をしても外れなかった銀の金属輪は、あっさりと外れてしまった。
「電池切れ……。雷火ちゃんから解除コード入れてって言われたけど、入れなくてもよかったな……」
今まで金属の輪で繋がっていた腕には、引っ張られる感触も、手錠の重さもない。
邪魔な拘束具から解放され清々するかと思ったが、むしろもっと頑張れよ電池……と逆に愚痴ってしまった。
電池切れ=俺と玲愛さんの接点が消えてしまったわけだから。
「手錠、外れちゃいましたよ……どうしましょうか」
目の前ですやすやと眠るのは優しい眠り姫なのか、それとも冷たい暴君なのか今の俺にはよくわからない。
煮詰まった頭を冷やすために、一人でホテルの外に出た。
日は完全に落ちていたが、アリスランド内の照明が日中の如くピカピカと輝いていて、楽しいを形にした施設は閉園時間まで輝き続けるのだろう。
アテもなくフラフラしながら現状を考える。
伊達家は玲愛さんを結婚させようとしてる。
内海さんはその中で最有力候補で玲愛さんも結婚に肯定的。このままいけば内海さんが選ばれるのははた目から見てもわかる。
もし結婚が決定的になったとき、俺は素直に祝福できるのだろうか?
誰かに会いたかったわけじゃないが、自然とその足はスポーツドームに向かっていた。
施設内をフラフラしていると、競技用の50mプールに着いた。
元からこのドーム内にプールはあったみたいだが、キャンペーンで人工浜が増設され、泳ぎを目的とした客を皆そっちにとられている。
飾り気のない長方形のプールには、ほとんど人影がなくとても静かだ。
俺はプールサイドにちょこんと座って、水面に浮かぶ歪んだ自分の顔をぼーっと眺める。
「冴えない顔だ」
プール内で凄く速く泳ぐ人を見つけて、運動神経良さそうだなぁなんて思ってると、ザバッっと水中から上がってきた。
ゴーグルを外したその人は、今一番会いたくない人物だった。
撤退しようかと思ったが、ばっちり目と目が合ってしまい、無精髭のイケオジは俺の方に向かってやってくる。
最早手遅れだと諦め、俺はそのまま三角座りの態勢で待った。
「やぁ、今日はよく会うね」
アロハトランクスから水をしたたらせてやってきたのは内海さんだった。
「ですね」
「君一人かい?」
「さっき……手錠が外れたので」
「そうか、もう囚われの身じゃなくなったようだね」
「囚人みたいに言わないでください」
「美人看守と繋がって24時間監視されるなんてご褒美だと思うがね」
「美人の前で24時間醜態晒し続けただけですよ」
「そりゃ思春期の少年には酷な経験だ。だけど歳をとってくるとそれが快感になってくるんだよ」
「今初めて歳とりたくないなって思いました」
「手錠外れるのは明日くらいって聞いてたけど随分早かったみたいだね」
「……そうですね。内海さんは水泳の練習ですか?」
「そうそう、明日朝一のイベントはここで泳ぐらしい」
「
「ビーチには一般のお客さんがいるからね。運営としては占有したくないんだろう」
「なるほど……」
俺の様子がおかしいと思ったのか、内海さんはよっこらせいと俺の隣に腰掛けた。
「………………」
「………………」
隣に腰掛けているが、お互いに無言。
五分くらいそうして黙っていただろうか? 言わずともなんとなく俺の心情を察している内海さんが問いかける。
「君は玲愛ちゃんが好きなのかな? 恋愛感情的な意味で」
「わかんないです。でも今日玲愛さんのお見合いを間近で見ていると、どんどん胃が痛くなってきました」
「それはサザエさんで言う、カツオ君がお隣のウキエお姉さんが嫁に行くと知った心境なのかな? それともハナザワさんに彼氏が出来た気分かな?」
「どっちも複雑な心境ですね。カツオ君もまさかハナザワさんに出し抜かれるとは思ってなかったでしょう」
「そのハナザワさんに出来た彼氏がナカジマ君だったら更に面白くないかい? その時カツオ君は初めて、自分にとってハナザワさんがどんな存在だったか気づくんだよ」
「日曜ホームアニメに昼ドラ感出すのやめてください」
俺は小さく息をついて自分の気持ちを整理する。
「例えるなら登場回数の多いウキエさんが、いきなり結婚するって言い出したカツオ君の心境じゃないですかね?」
「あー、ウキエさんレギュラーで結婚されるとカツオ君もさぞかし複雑だろうね」
「更にそこに
愛憎入り混じったサザエさん劇場。絶対スポンサーに怒られる。
「それじゃあカツオ君としては、結婚しようとしているウキエさんをどうしたいのかな?」
「どうって…………。結婚するって決めちゃったんだったら、後は破局を願うくらいしか……」
「君案外ネガティブだね、おじさん驚いたよ」
だってしょうがないじゃないか。結婚相手はあなたなんだから。
「おじさんは君の本音が聞きたいかな。身の丈があってないとか、君の境遇云々をぬきにして」
「俺の本音なんて……ただ重荷になるだけです。今日のビーチバレーがその具現化です……」
「僕たちとやった試合かい?」
「どれだけ玲愛さんが強かろうが、パートナーになる人間が弱ければストレート負けするってことがよくわかりました」
俺は鬱屈としたヘタレ主人公のオーラを全開にする。
そんな腐りきったヘドロみたいな横顔を見て、内海さんも「うーん」と考え込む。
「なんというか。君は変に物分りがいいね。そのくらいの歳ならダダをこねてもいいと思うけど」
「ダダこねて結果がかわるならやりますよ……。でもそれは玲愛さんを困らせるだけです。きっとあの人には相応しい人がいるので、その人と幸せになるのが一番いいと……思います」
なんだ頭ではわかってるじゃないか。
俺が結婚してほしくないと思う気持ちは身勝手な玲愛さんへの甘えであって、ただのわがままでしかない。
それがどうにもならないとわかっていて卑屈になってるんだって……。
「わからないなぁ……」
内海さんが俺の顔をまじまじと見て唸る。
「何がですか?」
「玲愛ちゃんが君を気に入っている理由がだよ。彼女が君を気に入っているのはまぎれもない事実だと思うんだけど、彼女が理由なしにそんな感情を抱くかなって」
「腐っててすみません」
「あっごめん、言い方きつくなっちゃって。僕もずっと君の事を見てはいたんだよ。君のことが理解できれば、玲愛ちゃんの事がわかるんじゃないかって。今日バレーで近づいたのもそんな目的があったんだ」
「……そうですか」
「大人って嫌な生き物だろ? 見た目は裏がないように見えて、打算的な目的で話しかける」
「俺の事を調べたってダメなところしか見えないはずですよ。俺だって、なんでこんなに玲愛さんによくしてもらってるのかわかんないんですから……」
「またそうやって腐る。一応君は僕のライバルなんだから頑張りなよ」
「俺なんかがライバルなんて、役不足もはなはだしいですよ……」
「……君がそうやって卑屈を貫くのもいいさ。君の言うとおり君と彼女では住む世界が違う、誰が見たところで力不足だ」
「………………」
ドロヘドロみたいな俺に、内海さんは引導を渡してあげようと、真剣な顔で俺に向き直った。
「彼女はその身を粉にして、伊達を守ろうとしている。それは君も理解して、自分じゃ役不足だから身を引こうか引くまいかを考えている。だけど、その考え自体間違ってるんだよ。そもそも君は土俵には立てない。決してイヤミで言ってるわけじゃないよ。彼女を引き止めたいと思うなら、彼女を含めた伊達を背負う覚悟をしなきゃいけない。そんな覚悟、君にあるのかい?」
「…………俺にはそんな」
「そうだと思う。それが普通だ。一般の人間には彼女は選べないんだよ。そうだね、言うなれば彼女はゲームの隠し攻略キャラのようなものだ」
「…………」
「ステータスが足りていないプレイヤーでは彼女を攻略することはできない。無理やり攻略しようとすると、システムがお前には無理だと全力で止めにかかるだろう」
ここでいうシステムは伊達家や世間のことだろう。
普通のゲームならばそもそもルートに入ることはできないが、この現実世界だと挑戦することだけはできてしまう。
「君は
「俺は……俺は……玲愛さんが………………で……」
俯きながらの支離滅裂なことを呟く俺に、内海さんは優しく笑みを浮かべる。
「子供には、まだ難しかったかな?」
そう言って俺を子ども扱いした。
今の俺は幼稚園児並みに自分がなくて、ただ現実での無力感を突きつけられ動けなくなっている。
「もう休むといい、悩むことも若いうちの特権だ」
最後まで内海さんに気遣われて泣きそうになった。
ちっちぇな……。
子供と大人の違いなのか……。俺も大人になればこんな心のモヤモヤ感を患わずにすむのだろうか……。
まるで亡霊のような足取りで部屋に戻り、まだ眠っている玲愛さんを確認してから俺は外した手錠を付け直した。
手錠はロックされてくれず、勝手に外れてしまう金属輪を手で押さえる。
こんなものにすがらなくては俺は玲愛さんと一緒にいられない。
泣きそうだなって思ってたら泣いていた。
玲愛さん、俺貴女の事好きですよ。
今晩で最後なんで、一緒に寝させて下さい。朝になったら笑いますから——。
そうして俺は夢の中に落ちていった。
――――――――
カクヨムコン6 中間選考突破しました。
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