第86話 友達の友達は友達
校舎の中に入って、一階のトイレにいる山野井を発見した。
俺は借り物のジャケットを脱いで腰に巻き付け、バイト中とバレないようにしてから、掃除用具入れからバケツを二つ取り出し、手洗い場で水を汲む。
山野井は丁度用を足し終わったようで、手を洗いに来た奴と俺の肩が並ぶ。
何も知らない山野井は鏡の前で無駄に伸びた襟足を気にしていて、ささっと髪をいじるとトイレを出ようとした。
そんな彼に俺は声をかける。
「あのさ、君が山野井だよね?」
「あん?」
呼び止められた山野井は、ジャバジャバとバケツに水を注ぐ不審な男に怪訝な表情を向ける。
「誰、お前?」
「俺は三石悠介、桜不二の二年だ」
「あぁ……ここの生徒。で、何だよ?」
「綺羅星のことで話があるんだ」
「何? お前も軍団に入りたいの?」
山野井は綺羅星の取り巻きを軍団と呼んでるらしい。
「あれ、軍団なの?」
「俺がそう呼んでるだけ、入りたいなら月5千な」
「何その数字?」
「月の会費だよ」
またわけわからんこと言い出しやがったな。
「何で会費がいるの? 集まってるだけでしょ?」
「そりゃあ皆で飯食ったり、遊んだりしてるからな。金は必要になるに決まってるだろ」
「俺、本人に直接聞いたことがあるんだけどさ、遊びの時は全部彼女持ちって聞いたけど」
「なんだよ、そこまで知ってんのかよ。お前も甘い汁吸いに来たクチか」
何を勘違いしたのか、山野井は悪い笑みを浮かべる。
「まぁお友達代ってことだな。俺がアイツに取次してやってるから、その手数料だ」
あっさり中間マージンだと開き直る山野井。
「俺に金払えばアイツに何でも奢らせてやるぜ。ただ最近カードに上限がついてな。20万まででロックがかかるらしいから、一人当たりの上限は1万までだ。5千が1万になるなら倍も儲けが出て得だろ? おまけに飲食代は全部タダ」
何をWIN:WINの関係だろ? みたいなこと言ってやがる、貴様に金を払う必要は欠片もない。
おまけに綺羅星のカード限度額は50万のはず、30万分は自分で使うってことなんだろうな。
明君がばつが悪そうにしてたのは、ここで金を払っちまったからか……。奢ってもらう下心をコイツに金という形で渡すなんて、完全に悪魔の契約だろ。
大方会費を集めつつ、自由に使える
「で、どうすんだ? 今以上人増やす気なかったが、丁度一人枠が空いたんだ。そこに入れてやってもいい」
「いや、俺の目的はそんなよくわかんない軍団に入ることじゃないんだ」
「じゃあ何だよ?」
「スマホって投げたら痛いと思う。怪我する事もあるだろうしさ」
「あっ? あぁ……」
山野井は俺が何を言いたいか理解し、面倒な教師に出会ったときと同じような、鬱陶しそうな目をする。
「そんなもんお前に関係ないだろ」
「いや、あるだろ。……だって俺と綺羅星は友達だからな」
そう言うと、山野井はキョトンとして目を丸くした後、ゲラゲラと笑い出した。
「ハッハッハッハッハ! あいつに友達なんかいるわけねーだろ! 俺が管理しないと買い物一つ、メール一つ満足にできないようなバカ女に、友達なんかできるわけねぇ!」
バシャッ!
俺は用意していたバケツ一杯の水を、山野井の顔面にぶっかけた。
「……オイ、お前どういうつもりだ?」
びっちゃびちゃになった山野井が、怒りを押し殺した低い声で呻き、俺を睨みつける。
「あの子は俺の友達の友達なんだよ。友達の友達は友達だろ? なら友達がスポーツドリンクぶちまけられてたり、携帯顔面にぶつけられてヘラってたら友達としてなんとかしてやるもんだろ?」
俺は友達なら当然だろ? と入念に友達アピールしたつもりだったが、余計に怒りを買ったらしく、山野井はこめかみに青筋をたてていた。
「今からテメェをボコボコにしてやるよ。だがその前に勘違いしてるようだからよく聞け、あいつは俺の所有物なんだよ、テメーみたいな野郎にとやかく……」
バシャン
「俺の友達を物とか言うな」
もう一つ用意していたバケツを、躊躇いなく奴の顔面にぶっかける。
「お前死んだぞ?」
怒りを押し殺せず、眉も鼻も吊り上がった恐ろしい顔をした山野井。
「かかってこいよヒモ野郎。どっちが真のヒモか決着つけようぜ」
「わけわかんないこと言ってんじゃねぇよ!」
ここまでやったけど逃げ道を用意してなかったので、結論俺はボコボコにされた。
喧嘩というのもお粗末な、無理やり髪の毛を引っぱられたり、マウントとられてボコスカぶん殴られたりと、ただのサンドバックにされた。
「わかったか、俺に逆らうんじゃねぇぞ!」
休日の誰もいない学校の廊下で、ゴッメキッと嫌な音が響く。
山野井のフックが俺の顔面を右に左に揺さぶる。足がカクカクと痙攣して倒れそうになったが、なんとか踏みとどまる。
男はここで倒れてはいかんのだ。
腕を立てて硬い拳をガードするが、腕が折れそうなくらい痛い。
「ハァハァハァ! 倒れろ! 倒れろ!」
殴り続けて、相手の方が息が上がってきている。
俺はガードを下げて、山野井を睨んだ。
「どうした六輪高のストライカー。イキッてるだけでオタク一人倒せないのか?」
「黙れ!」
とうとうハイキックまで繰り出し、真新しいスパイクに血が付着する。
そらスパイクで蹴られたら出血するだろう。
俺は側頭部からポタポタと血を流しながら、奴を見据える。
「そんなバナナキックじゃゴールは狙えねぇな」
「フラついてるくせに、無駄な意地はってんじゃねぇよ!」
「アホか、意地も張れないやつにオタクが務まるか!」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」
山野井は俺の顔面をつかむと、背面にあるコンクリの柱に後頭部を打ち付けた。
ゴッと頭蓋から嫌な音が鳴り、一瞬目の奥がチカッと光って意識が飛びそうになる。痛みと共に後頭から首筋に生ぬるい液体が垂れ、血が出たのがわかった。
膝からガクッと崩れ落ちかけるが、それでもなお踏ん張り続ける。
「へへ、こんなセービングじゃ全国大会は行けねぇな。キャプ翼見てから出直せよ」
「コイツ……」
山野井は埒が明かないと思ったのが、備え付けられた消火器を持って殴ろうとしてきたので、俺は火災報知器を叩いてベルを鳴らした。
けたたましい音と共に、すぐに教師達が集まってくるのが見えた。
山野井は「クソが!」と吐き捨て、びちゃびちゃになった靴をガッポガッポ鳴らしながら逃げ出す。
ざまぁ、後半戦もそのシューズで頑張ってほしい。
俺もこんな姿見られたら即停学だし、スパイクで蹴られた頭を押さえながら、逃げ出すように校舎の外に出た。
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