第85話 黒塗りの青春


 結局、俺は相野の紹介を受け、個人経営の宅配バイトをやらせてもらえることになった。

 内容は簡単で、チャリンコに荷物を載せ、学校近くにある集合団地に配達物を運ぶというものだ。

 体力に自信はないが、短期で稼げるのはやはりこういった体力仕事が多い。


「ありがとうございましたー」


 俺の担当している地域の配達が9割程終了。エレベーターの無い団地は地獄と痛感する。

 残りは時間指定つきの荷物が一つだけで、時間までまだ40分ぐらいある。作業所に帰るほど時間が余ったわけではないので、缶ジュース片手に自分の学校近くでスマホをいじくっていた。


「バックバックバック!」

「パス回せ!」


 時間つぶしをしていると、休日だというのに熱心にクラブに打ち込む声が聞こえる。

 俺も運動部に入ってれば、青春の一ページでもつくれたかもしれない。

 火恋先輩と一緒に剣道部とかすごく青春っぽい。

 そう考えたが無理だな。根性ないからすぐに辞めることになりそう。でも文化部なら。

 今度は雷火ちゃんとゲーム研究部に入ったらと考える。

 うん、多分一緒に仲良くゲームしてるだけで今と全く変わらん。


「まぁでも学校でするってところがミソなのかなぁ」


 卒業して、大人になってから青春とかあるのだろうか?

 青春の言葉の意味的に20代は青春に含めていいらしいけど、社会出てから青春してるとか聞いたこと無いな。

 そんなことを考えていると、学校の外周に設置されたフェンスに手をかけて、ぼーっと中の様子を眺めている男子生徒の姿が見えた。


「あれは……」


 あのバスケ部風(偏見)の、高身長の少年は確かゲーセンであった。


「明君」


 綺羅星キララの取り巻きの一人である彼が、なぜここにいるのだろうか?

 偶然彼もこちらを見て、ふと目と目があった。彼は小さく会釈するとこちらに近づいてくる。


「あの三石さんすか?」

「君は、明君だよね」

「はい、菊池明きくち あきらです」


 彼はゲーセンであった時と同じく、胸に6つの車輪が並ぶ六輪高の校章をつけたブレザー姿だった。


「バイトすか?」


 明君はニコちゃん便と書かれた、羽の生えたゾウのイラストが入ったジャケットと荷物が載った自転車を交互に見る。


「まぁね、君こそなんでここに?」

「今日、六輪高ウチのサッカー部が三石さんの学校、桜不二さくらふじ高と練習試合なんすよ」


 あーそれでさっきから、いつもは聞こえないのにサッカー部の声が聞こえるのか。


「あれ? 確か六輪のサッカー部って公式試合禁止じゃなかったっけ? 確か不祥事とかで」

「よく知ってますね。非公式の練習試合はOKなんですよ」

「あぁなるほど」


 俺はフェンスの奥を見やると、グラウンドで赤と青のユニフォームに分かれた選手がボールを追いかけていた。

 選手の他にも、六輪高校の制服を着た生徒が20人程、ベンチに応援に来ている。

 明らかにガラの悪い集団の先頭に、チアリーダー姿で応援している少女が見えた。


「……あれって、もしかして綺羅星か?」

「まぁ山野井さんの試合ですから」


 俯きがちに答える明君の声には、何か含みがあるように思えた。


「君はあそこに行かなくていいの? 一応綺羅星軍団勢揃いって感じだけど」

「オレあの集団から除名されたんで……」

「除名?」

「今日の応援、行くのやめようって言ったんですよ」

「なんでまた?」


 明君は答えずにグラウンドの方を見やった。

 丁度青いユニフォームを着た桜不二のチームがシュートを決めて、選手がガッツポーズをとりながらコートを走り回っていた。

 ストライカーらしき選手は人差し指を立てて「もう一点いこうぜ!」とサッカーの試合ではよく見られる光景を繰り広げていた。


「あれがどうかした?」

「得点見て下さい」


 俺はコートの外周、ハーフライン近くに設置されたスコアボードを見ると、点数は8:0と桜不二高校ウチの圧倒的勝利だった。


「あれ? ウチのサッカー部クソ雑魚だったと思うんだけどな」


 多少強い学校に当たると毎回ボコボコにされている気がするが、なんであんな大勝してるんだ?


「六輪ってサッカー部めちゃくちゃ強いはずだよね?」

「ええ、まぁ昔は全国行くくらいでしたから。ただご存知の通り問題起こしてから、まともな勝ちはありません」


 選手がやさぐれちゃったか。

 しかし、それだと応援している方の気も滅入るだろう。

 綺羅星は劣勢でも「頑張れ、負けるな、どんまい、次頑張ろう」等と前向きな声援を送っているが、周りの取り巻き男子はあまり声が出ていない。

 出てたけど得点差がつきまくって、諦めムードに入ったってところか。


「六輪の選手、実は今日結構気合い入れてて。三石さんには失礼っすけど、桜不二って凄く弱いって有名なんで、景気づけとかに使われてるんですよ」

「だろうね。ウチのサッカー部はリアルサッカー部じゃなくて、部室でウイニング○レブンで遊んでる電子サッカー部だからね」

「なので、今日勝てば少しはモチベも上がるかなって……」

「そのはずがサッカー部(ゲーム部)にも勝てず、自信喪失と」


 そりゃ応援する側はきついな。


「明君はこうなるかもしれないから、応援行くのやめようって言ったの?」

「いえ、そうじゃないんです、そうじゃ……。見てらんないんですよ」

「そりゃ確かに負け試合を見てるのはキツイけど、まだチャンスは……」

「違うんです、水咲が……見てらんないんですよ」

「綺羅星が?」


 確かに若干空回り気味ではあるが。

 俺はもう一度コートを見ると、あれだけボコボコにされて前半戦だったのか、審判のホイッスルで赤と青の選手は各々のベンチに戻った。

 綺羅星は健気にも山野井にスポーツドリンクを手渡そうとしている。

 しかし俺が見ている前で、山野井はスポーツドリンクの入ったペットボトルを綺羅星に投げ返した。


「いった……」


 俺は顔をしかめた。

 遠目から見ても、ドリンクボトルが頭に当たったのがわかったからだ。

 山野井は相当イライラしているのか、綺羅星を指差してギャーギャーとわめきたてている。

 その光景に部活仲間も取り巻き集団も、ばつが悪そうに黙り込んでいる。


「なんじゃアイツ」

「試合が負けてると、いつもイライラして水咲に当たるんです」

「ほんまもんのクズじゃないか。えっ山野井って綺羅星が超がつく金持ちって知ってるよね?」

「知ってますよ、でも水咲がなんでも言うこと聞くんで、彼女の力も自分の力だと思ってます」


 明君は網目状のフェンスをめりっと強く握りしめる。


「水咲は染まりやすいんですよ。会った時はもっと自分をしっかり持っていて、ダメなことにはダメって言う子だったんですけど、山野井さんと一緒にいるうちに彼女自身も自分は弱いって思い込んでしまったみたいで。だから山野井に何を言われても、ああやって取り繕った笑いしかできないんです」


 確かに綺羅星は体中にスポーツドリンクをぶちまけられたにも関わらず、ちょっとニヤニヤした言い方を悪くすれば、媚びたような笑みをうかべながらドリンクを片付けている。


「そうだな完全にヘラッてるな」

「あんなに人の顔色をうかがうような子じゃなかった……。きっと他の皆も同じことを思っていると思います」


 確かに山野井はイラついた表情を隠そうともせず、サッカー部の仲間は山野井を避けて作戦を考えている。取り巻き集団は心配そうな視線を綺羅星に送りつつも、結局何もしていない。


「山野井に言わないの? もうちょっと彼女を大事にしろとか、空気悪くすんなとか、死ねとか」

「死ねは純粋な悪口ですよ……。山野井さんが水咲とのコネクタになってますから、歯向かえばオレみたいに除名になります。それに彼が強引に水咲に奢らせたりしてるんで、それがなくなるのが嫌だって思う奴もいると思います」


 なんだよ全員同罪じゃねーか、アホくせぇ。


「きっと彼女はちゃんとした人が道を教えてあげれば、もっといい子になるはずなんです。根は優しいですし……」


 明君は悲しそうに、悔いるように俯く。


「君が道を教えてあげればいいんじゃないか?」

「オレには無理です。一緒に甘えて水咲を苦しめましたし。それに……」


 まだ何かあるのかと、俺はげんなりした気分になる。

 しばらく俯いていた明君だったが、顔を上げるとすがるような目でこちらを見てきた。


「あの、三石さんが水咲を助けてくれませんか?」


 何故そうなる。俺は眉をハの字に曲げて、口を栗のような三角形にする。


「やだよ、そんなこじれたコミュニティの修復なんてごめんだ」


 月には綺羅星のことは調べて可能なら説得すると言ったが、予想以上にコミュニティが腐ってる。

 あれをなんとかするには入念が準備が必要だろう。少なくとも今じゃない。


 さて、そろそろ30分くらい経つ。俺は最後の配達物を届けないと。

 人間関係のない勤労は最高だぜ。

 配達用の自転車に座ると、丁度また山野井が綺羅星に持っていたスマホを顔面に投げつけていた。

 遠くからでも聞こえる大きな声で「お前見てるとイライラするんだよ!」なんて理不尽な事を叫んでいた。

 綺羅星の方は頭にスマホが当たったにも関わらず、相変わらずヘラっている。

 虎が自分を犬だと思っていて、人が自分は虎だと勘違いしている。なかなかに珍妙な光景だ。

 ただ一つ言えるのは無性に腹が立つ、ただそれだけだ。

 山野井はもう後半戦が始まるというのに、校舎の方に入っていった。まぁ大方トイレだろう。


「じゃあ明君、俺はこれで。仕事があるからね」


 チリンチリンと自転車のベルを鳴らしながら、俺は桜不二高校の中へと入っていた。

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