第84話 俺にバイトをさせてくれ

 アリスランドから帰った翌休日、喫茶鈴蘭にて――


「ほあー? バイトなら間に合ってるよユウ坊」

「はっ!? なんでだよ婆ちゃん!」


 俺がカウンターテーブルをバンと叩くと、サイフォン内のコーヒーが軽く揺れる。

 対面する婆ちゃんオーナーは、スマホ動画で愛棒を見ていた。


「大体なんで急にお金がいるんだい? あんたそこそこバイトして貯めてたじゃろ?」

「その、交際費がかさんでというか……」


 昨日散財して、貯めてたものはほとんどふっ飛ばした。

 次回デート分を早急に確保しなければならない。


「その顔は女絡みだねぇ。フォッフォッフォッ」

「う、うるさいな。違うっての……」

「とにかく今は別に男手を必要としてないよ」

「なんでだよ婆ちゃん、俺なんでもやるよ? 入浴補助とか、ご飯も食べさせてあげるし」

「あたしゃまだ介護が必要な歳じゃないよ! 失礼な子だね!」

「なんで俺入れてくれないんだよ~」

「新しいバイトが入ってくれたんでね」


 婆ちゃんが指差す方を見ると、そこにはメイド服に着替えた雷火ちゃんの姿があった。

 フリルの付いたエプロンに、ホワイトブリム、モノトーンカラーの清楚な衣装。ここに男性客がいたら、視線が釘付けになっていることは間違いないだろう。


「絶望的に可愛い」


 彼女はにこやかな笑みを浮かべながら、お客さんにコーヒーを運んでいる。


「あんたのいない時、ちょいちょい手伝ってくれてたんだよ。気立てが良くて可愛い子じゃないか。あたしゃ介護してもらうならあの子って決めてんだよ」


 このババアは絶対施設にいれてやるからな。

 雷火ちゃんは俺に気づくと、トテトテとカウンターにやってくる。


「あっ、悠介さん。喫茶店ここは任せてください!」

「ら、雷火ちゃん。なんでバイトを? 君は超弩級の金持ちなんだよ? こんなひからびた喫茶店に居ちゃいけない。カビ菌が移って干物みたいになっちゃうよ」

「とうとう本音が出たねユウ坊」

「その……学校のお友達も皆バイトしてますし、箱入り娘と思われるのも嫌なので。それにわたしも悠介さんを見ていて、自分も額に汗してグッズを買いたいなって思いまして」

「ええ子すぎる」


 多分この子は女神が転生した姿なんだろうな。

 異世界転生ラノベに詳しい俺にはわかるんだ。


「それにここでしたら三石さんのお婆さんのお店ですから、安心できますし。お婆ちゃんのお話も面白いですから」

「ファファファ、ほんとにいい子じゃよ。早く嫁に来てほしいねぇ」

「そ、そんな嫁だなんて……」


 顔を赤らめ、シルバートレイで顔を隠す雷火ちゃん。

 毎度言ってるが嫁に行くのは俺である。


「いや、でも雷火ちゃんに搬入させる気なの? あんな重たいの普通の女の子には持てないよ!」

「祖母上、これをどちらに?」


 カランとドアベルの音がして入り口を見やると、メイド服の火恋先輩がコーヒー豆の入った箱を片手で4箱持っていた。(※1箱12キロ)


「えぇ……(困惑)」

「あんたよりあの子の方がよっぽど力持ちだねぇ。カミナリちゃんのお姉ちゃんは頼りになるねぇ。フォッフォッフォッ」


 バルタンババァめ、雷火ちゃんに変なあだ名をつけるんじゃない。


「火恋先輩、それ重くないですか?」

「あぁ大丈夫だ。鍛えているからね」


 そうにこやかに返すSTR特化の火恋先輩。そのまま彼女はバックヤードに資材を運んでいく。


「ってなわけで、あんたはお払い箱だよユウ坊」

「うぐぐぐ」

「どっちも可愛い子だねユウ坊。今からどっちに介護されるか楽しみでしょうがないよ」


 だから施設行きだって言ってんだろうが。



 畜生と俺は喫茶鈴蘭を離れる。

 その際雷火ちゃんが気を使って「悠介さんがバイトするなら、わたし外れましょうか?」と言ってくれたが、あんないい子から働き口を奪うなんてできん。

 なんだかんだで婆ちゃんの店が安心できるのは確かだし、変な客がいてもバルタン殺法で追い払うだろう。

 ちなみに火恋先輩は、合法的に私物メイド服で働ける店を探してたらしい。

 仕方ないので静さんのお仕事部屋最後の砦へと向う。


 俺はペンタブを持ってお仕事中の静さんに抱きつき、その胸に顔を埋めた。


「聞いてよ静さん、妖怪ババアが俺をいじめるんだ!」

「まぁそれは大変」


 かくかくしかじかでと鈴蘭の様子を伝える。


「かわいそうなユウ君……。お金がいるのね? 10万ほどで足りる?」


 さっと現金を取り出すママ。


「……静さん、それはさすがにダメ人間になっちゃうからダメだよ。前みたいにアシスタントさせてほしいんだけど……」


 そう言うと、静さんは糸目を更に細め「う~ん」と困る。


「と言っても、今お仕事はほとんど終わっちゃってて……」

「そんな~」

「ん~そうね、じゃあデッサンのモデルになってもらおうかしら」

「わかった」


 デッサンモデルとはマンガ家が画力向上の為に行う練習で、美術部なんかがリンゴやバナナ、石膏像を使って行っているアレである。


 静さんは部屋の中にイーゼルを用意し、鉛筆を立てて俺を見据える。

 うむ、プロに描いてもらうというのは緊張するな。


「ユウ君だからかっこよく描かないとね」

「それはデッサンではないのでは?」


 デッサンって見たまんまを描くんじゃなかったっけ?

 俺は立ち姿で、適当にポーズをとる。

 すると静さんは素早い手の動きで、絵を描いていく。

 動いてはいけないという点を除けば、さして苦しくはない。


 30分後――


「できたわ」

「ほんと? 見ても良い?」

「良いわよ。ほら」


 キャンバスを覗き込むと、そこには俺を200%くらい美化した美少年が描かれていた。


「静さん、これはいくらなんでも……」

「気に入らなかった? ごめんね。もうちょっとカッコよく描けばよかったかしら」

「いや、もうちょっとモデルに忠実に描いてほしい……」


 まぁそれで練習になるなら別に良いんだけど。

 もう一枚描くに当たって、静さんから要望が来た。


「そのユウ君、お願いがあるんだけど服を脱いでくれないかしら?」

「えっ、あぁ……」


 人物のデッサンって、普通裸って聞くもんな。

 アニメなどで言うとエスパーなマミちゃんの父親が、娘をヌードモデルに使っていたことが有名。

 今やったら消し炭も残らないくらい炎上しそう。


「ダメ?」

「別にいいけど、パンツ一枚パン一でいい?」

「うん」


 野郎なんでさして裸になることに抵抗はない。

 俺は上着を脱いで、パンツ一枚になる。

 さすがに身内の前とは言え、ちょっと恥ずかしいな。

 そう思っていると、なぜか静さんも服を脱いでいた。


「あの……静さん? なんで脱いでるんですか?」

「ユウ君だけを脱がすと恥ずかしいでしょ? だからお姉さんも脱ぐわ」


 謎の優しさ理論。

 キャンバス越しに下着姿になる画家モデル

 何だこの図は。

 意識せずとも紫のブラが支える爆乳が目に入る。視線をそらそうとするが、静さんが腕を動かす度に胸もプルプルと振動するため、気になってしょうがない。


 やばい、ナニがとは言わないが、隠すものがないせいで地獄だコレ!


 なんとか直視しないよう、頭の中で般若心経を唱えつつ自分の昂りを抑えた。


 更に1時間後――

 俺の精神ポイントをガリガリと削りながら、絵は描き終えてもらえた。

 大して疲れてないが、今晩悶々として寝られなさそう。


「それじゃあユウ君、バイト代だけど……」


 バイト代の前に服を着てほしい。

 彼女は俺に封筒を差し出した。

 後半は別の意味でキツかったけど、実際大したことをしたわけじゃないので500円、いや静さんだから1000円も入ってれば御の字……。

 そう思い封筒を開けると、中には諭吉が3人入っていた。

 「えっ?」と思い静さんの方見ると、彼女は熱っぽい瞳でこちらを見ていた。


「その……ユウ君、また頼めるかしら……。パンツも脱いでくれたら、あと2万上乗せしてもいいけど……」

「いかがわしさが凄いよ静さん!!」


 さすがにこれで3万ももらえないと、お金は全額返却した。

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