第83話 カップルじゃねぇって言ってんだろ!

「俺のことはどうでもいいから、お前の妹の話しようぜ」


 そう言うと、さっきまで優しい顔をしていたひかりは、露骨に表情を曇らせた。


「あの子のことで話すことなんかなんもないわよ」

「そんなことないだろ。一応俺と君が擬似カップルになる原因になってるんだから。君が妹のことをどう思ってるかくらい聞かせてくれ」

「あの子は人に頼ることしかせず、自分で何かを成すということができないの。あたしも人と人が付き合うことに何も文句はないけど、ただ孤独を恐れて盲目的に男にすがるのは愚者がする行いよ。まして金で男を繋ぎ止めるなんて、馬鹿以外の言葉が見つからないわ」


 綺羅星の事を語る月の表情は苦々しい。

 盲目的に男にすがると言っているのは、山野井のことを指しているのだろう。

 俺は綺羅星のことを財布程度にしか思っていない山野井のことを思い出す。

 どっからどう見てもチャラ男のクズなのだが、一つだけ良い点がある。それは孤独な綺羅星を一番最初に仲間に入れてくれた社交性だ。

 だからこそ彼女は酷い扱いを受けても山野井の隣にいたがる。

 コミュニケーション能力の低い俺にはわかる。


「最初に救いの手を差し出してくれた人を振り切るのは、なかなか難しいんじゃないか?」


 前にも言ったが、友達がいない時最初に声をかけてくれる人間は神のように思えるのだ。


「救いが一つしかないと考えている自体浅はかなのよ。あの子は伸ばされてきた手しか見えない。自分から手を伸ばすことができない。それが一番の問題よ。そもそも素行がちゃんとしてたら、元いた朝上女学院学校を追い出されることもなかったのに」

「…………」


 月は孤独になったのは綺羅星が原因。孤独になったとき、自分から助けてと言えない弱い人間が悪いと言ってのける。


「皆が皆強くはないんだ。辛い時に手が伸ばされたら掴んでしまうよ」

「甘えね。強くなれない人間の言い訳よ」


 くだらないと言いたげに、甘えと切って捨てる月。

 ここが彼女と綺羅星の交わらないところだろうな。

 なんでも一人でできてしまうハイスペックな姉には、できない妹の気持ちが理解できない。


「寂しい時に優しくされることは悪いことじゃないと思うけど」

「弱者にとって優しさは毒よ」


 俺はしばらく考えてから、ふと思った事を口に出した。


「でも君、わりかし辛辣なことを言いつつも、なんとか妹をすくい上げようとしてるってことだよね?」


 じゃないと俺を偽の彼氏に抜擢した理由がない。

 ようはなんのかんのキツイことを言いつつも、月は綺羅星の目を覚まさせようとしている。

 それが元からの関係の悪さでうまくいっていないだけ。


「あたしは悪い男に夢中になる妹が許せないのよ。水咲の品格に関わるでしょ」

「もうちょっと素直になれよ。妹のこと心配だし、付き合ってる男悪い男だから別れなさいって」


 そう素直に言えば、綺羅星も耳を傾けてくれるかもしれいないのに。


「なんであたしがそんなこと言わなきゃいけないのよ」


 グリグリと足で俺を踏む月。


「ニヤニヤすんな気持ち悪い。露出狂でマゾって最悪よ」

「誰が露出狂じゃい」

「マゾも否定しなさいよ。じゃあなんで笑ってんのよ」

「いや、やっぱ強い人は優しさも持ち合わせてるんだなって」

「どういう意味?」

「俺は強いだけの人には魅力を感じない。玲愛さんや剣心さんも強いけど優しいんだ。家族を引っ張り上げるくらいの強さを持っている。君にも妹を想うそんな優しさがあるんだなって思って」

「だから違うって言ってるでしょ。悪い男に騙されてる馬鹿な妹が腹立たしいのよ!」

「はいはい、そういうことにしときますよ」

「なんかあしらい方がムカつくわね」


 月はゴールド縦ロールツインテを揺らしつつ、腕組みしながら俺を睨む。


「まぁ安心しろよ、妹の様子は俺が見てくるから。その上で可能なら説得してくる」

「絶対あの子、あんたの言うことなんか聞かないわよ?」

「だろうな、俺嫌われてるし」


 でもだからこそ言えることもあるし、伝えられることもある。


「俺ならグチャ味噌に嫌われても大丈夫だしな」

「……あんた変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「いんや全然」


 綺羅星には、姉ちゃん心配してんぞって、第三者が言ってやらなきゃいけないだろう。

 その上で、君の隣にいる男は君を利用しているだけなんだって伝えてやらないといけない。

 まぁビンタの2、3発は覚悟の上だ。


「なぁ月、今度またここでデートしようぜ」

「は?」

「次はここじゃなくて遊園地の方で遊びたいな」

「???」


 眉を寄せたまま首を傾げる月。

 その時はWデートと行きたいな。



「よし、この話は一旦終わりにして遊ぼうぜ」


 俺はビーチベッドで寝転ぶ月を無理やり立たせ、人工海へと手を引いていく。


「ちょ、ちょっと!」

「ほら下に水着着てんだろ? 脱げ脱げ」

「きょ、今日は泳ぐ気ないの! 脱がさないでよ!」

「ここまで来て何いってんだ」


 俺は月の着ているガウンを脱がすと、上は真っ白いビキニにフロントホック部分を緋色の宝石でつないだセレブ仕様。腰には金色に輝くウェストチェーン。下はマイクロミニのデニムパンツだが、ボタンの部分にキラッと光るダイヤが見える。

 首には三日月のネックレスをぶら下げ、水着なのに全身を宝石で武装していた。


「み、見てないで、なんか言いなさいよ……」

「君脱いだらおっぱいでかいな――おごうぇ!」


 月は体をドリルのように回転させ、俺のみぞおちに蹴りを見舞った。

 お前は格ゲーキャラかと言いたくなる身体能力の高さ。


「キャ、キャノンスパイ――」

「ほんとデリカシーって文字を原稿用紙100枚分書かせたいわね! あたしだって海にいるなら、言ってほしいセリフとかあるのよ!!」

「かわいいよ月」

「今言われると心底薄いのよ! なんでそれを最初に言えないの!?」

「かわいいよ月」

「ボキャブラリー! それ以外なんか思いつきなさいよ! 女の子にとって、男と一緒に海って結構な大冒険なのよ!?」

「おかしい、静さんのマンガにはそう言うと女の子は大体頬を赤らめるって」

「悪いわね、教科書どおりじゃそこまでチョロくなくて! 生憎だけど白馬の王子様を信じるほど夢見がちじゃないから」

「っていうかオタクにそんなリア充みたいなセリフ期待すんじゃねぇ!」


 可愛いね。でもわりかし精一杯なんだぞ!


「ほんといい加減決着つけなきゃいけないわね、オタメガネ」

「メガネかけとらんわ。あぁやってやるよ。とりあえず棒倒しで勝負だ」

「いいわよかかってきなさいよ。渚の棒倒し女王と言われた、あたしの強さ見せてあげるから」


 それから俺と月は棒倒し(○)、スイカ割り(○)、ビーチフラッグ(✕)、競泳自由形(✕)で勝負し結果は2対2の互角。

 ※()内は俺の勝敗。


 

 決着がつかず現在俺と月は大型水鉄砲を手に、ガルルルルとにらみ合っていた。


「あんたのマザコン根性あたしが叩き直してやるわ!」

「マザコンじゃねぇ、シスコンだ!」

「開き直んないで!」

「俺も、君のその至るところに宝石ジャラジャラつけた、成金みたいな下品な格好が気に入らなかったんだ!」

「可愛いでしょうが!」

「君は元がいいんだから、いい素材に蜂蜜ぶっかけるようなことするんじゃない!」

「はいはいありがとうございます。大体こんなキラキラした格好、一体誰の為にやってるか理解してんの!?」

「彼氏役の俺のために決まってるだろうが! それ以外にあんのか!?」

「嫉妬しないでよ! ちょっと嬉しいでしょ!」


 俺と月がののしりあっていると肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには大きなカメラを持ったスタッフと、リポーターらしき女性が苦笑いしながらこちらを見ていた。


「すみません、私ABCひまわりテレビのものですが」

「「なに!?(怒)」」

「ひっ」


 月が言っていたテレビ局の人らしい。しかしそんなこと知ったことかと、水鉄砲にシュコシュコと空気を送り続ける俺と月。


「え、えっと、今ですね”カップル限定”の質問を行っていまして……」

「「誰が!?」」

「えっと、あなた達……」

「「どこが!?」」

「その……息ぴったりなとこが」

「「カップルじゃありませんけど!!」」


 誰がどう見ても痴話喧嘩にしか見えないのだった。

 ちなみにこの様子は全国ネットで放送され、SNSでは#アリスランド#リア充4ねとトレンド入りした。

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