第60話 水咲月はおもちゃ箱に取り残されている
俺はタキシードマスクに着替えて客室へと戻ると、
「変態じゃん!」
真っ黒いタキシードにシルクハット、蝶々マスク姿はただの不審者にしか見えないだろう。
「昔の少女たちは、このタキシードマスクに胸を高鳴らせてたんだぞ」
「いや、あんた足短いし。本物と一緒にしないで」
「もうちょっと手加減して罵倒しろよ!」
さすがの俺も泣くぞ。
あぁくるちぃと腹を抱えて笑う月。
ゲラ笑いする彼女を眺めていると、藤乃さんが忘れ物ですと真紅のバラを俺に手渡す。
そういやタキシードマスクは、バラを咥えてやってくるんだったな。
丁寧に棘は全部処理してくれている。
俺はバラをくわえて、もう一度月に振り返る。
するとひっくひっくと収まりかけていた笑いが再び爆発する。
「もうやめて! 苦しい死ぬ! アッハッハッハッハッハ。バラはダメだって! は、破壊力が、きんもー」
「お前超えてはならないライン超えたなこの野郎!」
「野郎じゃないし! アッハッハッハ」
俺は月に飛びかかって馬乗りになる。
「アッハッハッハッハッハ、顔アップやめて! 助けて藤乃」
藤乃さんはこちらを見て微笑むだけだ。
あの人、主人が馬乗りになられても怒らないんだな。
「折角の機会ですので、三石様しばらくお待ち下さい」
そう残して藤乃さんは一度部屋を出ると、何かを持ってすぐに戻ってきた。
彼の手に握られているのは、レンズからビームがでると言われても納得してしまいそうな、強そうなカメラだ。なんなら三脚までセットで用意してきている。
「コスプレは撮影までがセットと聞き及んでおりますので」
「そうだけどそうじゃない!」
「いいじゃない撮ってもらいましょう」
「正気か!? 自ら黒歴史を残すつもりなのか!?」
「藤乃やって」
「かしこまりました」
俺は不祥事による謝罪会見の如く、凄まじい連続フラッシュを浴びた。
もう好きにして下さい。
「お嬢様、もっとお近づき下さい」
「えっ? こう」
二人で写真を撮ってもらっているのだが、藤乃さんの注文がどんどん俺と月をくっつけようとしてくる。
「お嬢様その位置でははみだしてしまいます。もっと、そうです、もっと重なるように」
撮影者が下がればいいだけの話で、そんな強そうなカメラなのにズームアウトもできないのかと言いたくなる。
「お嬢様、そうですもっと抱きつくように。三石様もっと寄って下さい」
「せっかくだしもっと近づきなさいよ」
「君俺が近づくと顔が半笑いになってるぞ」
「だって顔面白い」
友達に顔面白いねって絶対言っちゃいけない言葉だからな。
「お嬢様それではフレームから落ちてしまいます。三石様、お嬢様を抱っこして下さい」
「落ちるってなんだよ!」
外れるとかズレるなら聞いたことあるけど、落ちるって何だ。お前が少しカメラを下げればいいだけの話じゃないのか。
「いや、藤乃さすがにそれは」
「…………」
なんか俺だけ恥ずかしい目にあうのが腹たってきたな。
こ奴も同じ目に合わせてやろう。
俺は彼女の脚をすくい上げて、お姫様だっこする。
「ちょちょちょちょ! あんた何してんの!?」
「今だ藤乃さん、写真を撮るんだ!」
敵を羽交い締めにしたヒーローの相棒が、今だ俺ごと奴を倒すんだ! と同じトーンで叫ぶ。
するとカシャカシャカシャカシャとシャッター音が響く。
「ちょ、あんたやめてよ! この格好パンツ見えちゃうでしょ!」
「レオタードだからパンツじゃないだろ」
「スカート穿いてたらレオタードもパンツなの!」
『カシャカシャカシャカシャカシャカシャ』
「藤乃、あんたも無言で撮ってんじゃないわよ! 離しなさいキモオタ!」
「離さないよセーラーアース」
「キモいんですけど!」
「とても仲睦まじくて、よい写真が撮れました」
恐らく2,300枚程、俺の黒歴史が記録されたところで撮影はひと段落ついた。
お互いに精神ダメージ100といったところでぐったりとする。
それから夕飯を振る舞ってくれるらしく、金持ちの食事が気になったのでそのまま居座ることに。
「うん、大丈夫だよ。夕飯はなくても……違うよ、まずいからじゃなくて。うん、残しておいてくれたら食べるけど……。女の気配がする? 男の人もいるよ。うん。大丈夫。俺は童貞だよ」
ようやく電話が切れた。
「一体何があったら俺は童貞で電話切ることがあるのよ」
「静さんに夕飯いらないって言っただけだ」
そうしたら、もしかして晩ごはん不味い? 女の子の家? 何時頃帰ってくる? お相手に挨拶しよっか? などと怒涛の質問攻めにあった。
「まるで夫の帰りを待つ新妻ね」
「どっちかって言うと過保護な母親だ」
「静先生と仲良いわね」
「このままじゃ婿に行くって言ってもついてきそうだ」
「静先生の感情ってどっちなのかしらね」
「どっちって?」
「ライクなのかラブなのかってこと。それだけ甲斐甲斐しく世話してくるのは家族以上の感情がありそう」
「邪推だろ」
「そう? あんたの頼みなら、先生キスくらいなら許してくれそうだけど」
「まさか」
と言いつつも、多分本気で頭下げたらBぐらいはいけそう。
そんな考えをした男が、静さんの周りに集まってくるんだろうな。
月と話をしていると、客室に豪勢な料理が運び込まれてくる。
「おぉ、すごい……」
並べられたアワビやフォアグラなど、高級食材の山。
「あんたが金持ちが食ってそうな飯にしてくれって言ったから、それっぽいのを作らせたわ」
「それは凄い。これで削られた精神ポイントを回復しよう」
「ポイント回復ってオタクくさいわね。ま、特にマナーとかないから好きに食べて」
「いただきます」
お言葉に甘えて、特に作法もなくムシャムシャと料理を平らげていく。
あっ、すっごいなにこれ、なんの肉かよくわかんねぇけどすんごくうめぇや。
「今あんたIQ3くらいの顔してるわよ」
ウキウキーニクウマイ。
「いいよな、こんなすごい飯毎日食えて」
「毎日食べないわよ。こんなの食べ続けたら、コレステロールで死ぬわよ」
「でも頼めば出てくるんだろ? 最高じゃん」
「…………」
どこか浮かない顔をする月。
「なんだ食いすぎて飽きたのか?」
「そうじゃないけど……」
「では俺がアワビのオイスターなんとかをいただいてやろう」
俺はフォークで月の皿にあるアワビを突き刺し、そのまま丸かじりする。
「あんたなんでそれとるのよ!? あたしそれ好きなのに!」
「そうなの? 返そうか?」
高級アワビは半月型にかじり取られていた。
「いらないわよバカ! ってかあんた雷火ちゃんたちにもこんなことしてんの?」
「いや、めっちゃお行儀よくしてる。嫌われたくないし」
「あたしなら嫌われてもいいわけ!?」
「そういうわけじゃないが、君は結構めちゃくちゃ言っても冗談ですませてくれそう感がある」
「なによそれ、都合の良い女友達じゃない」
「アワビうめー」
「人の話聞きなさいよ!」
たった二人なのにうるさい夕飯を終え、俺は食後にトイレへと向かっていた。
「こんだけ広い家だとトイレ行くのも一苦労だな」
しかし、よくよく考えるとこれ家デートなんだな。家デートって普通個別ルートに入ったあとでしか発生しないイベントだと思うが。
そんなオタ的なことを思いながら、豪華なホールを見渡す。
そこはガランと静まり返っていて、少しだけ不気味さを感じる。
「なにかお困りでしょうか?」
いきなり声をかけられてビクッとした。
振り返ると、俺と同年代くらいのメイドさんが立っていた。
「えっと、トイレを」
「それでしたら――」
メイドさんにトイレの場所を教えてもらう。
「――を右でございます」
「ありがとうございます。あの……もう一つ質問いいですか?」
「はい、なんでございましょうか?」
「彼女以外の家族っていらっしゃらないんですか?」
「旦那様も奥様もお仕事がお忙しく、なかなかお戻りにはなられないです」
「妹さんも帰ってこない?」
「帰っては来るのですが、明け方だったりと、できる限り月様と合わない時間を選んでらっしゃるようで」
「それはなぜ?」
「顔を合わせると喧嘩になってしまうからです」
「姉妹仲はかなり悪いんですか?」
「そうでございますね。……あまり良好とは」
「なるほど……ありがとうございました」
お礼を言うと、メイドさんは頭を下げてしずしずと下がっていく。
どうやらここの家族は、外観の派手さに反して中身は冷えているようだ。
「妹を更生させてほしいっていうより、仲直りがしたいんじゃないかな」
だってこの家は、彼女一人が住むには広すぎる。
「最初からそう言ってくれりゃ、助けるのに」
妹がバカだから更生させたいって理由より、家族仲を修復してほしいって言われたほうがよっぽどわかりやすい。
「静さんを助けてもらった恩は返すさ」
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