第61話 オタに夢はあるのか?
俺はリムジンで水咲邸から自宅マンションへと送られていた。
今日のお礼に運転席の藤乃さんに声をかける。
「今日はありがとうございました。良いご飯をいただきまして」
「いえ、またお嬢様と遊んであげてください。お嬢様は友達が少ないですので、今日のはしゃいでいる姿は新鮮でした」
「そうなんですか?」
「ええ、あのように照れたり、大笑いしたりしている姿は見たことがありません」
「す、すみません」
「謝ることではございません。お嬢様は立場上、腹を割って話せる人間がいませんので。三石様のことを強く信用しているのだと思います」
「友達でよければいくらでもなりますけどね」
そう言うと、バックミラーに映った藤乃さんは笑顔のまま沈黙する。
「三石様、大変な無礼を承知で申し上げます」
「なんですか? タキシードマスク似合ってなかったのは知ってますけど」
「伊達家との許嫁関係を解消してはいただけないでしょうか?」
突然の申し出に、今度は俺が押し黙る。
「それは、どういうことですか?」
「実は本日お呼び出ししたのは、この話をしたかったのです。お嬢様は三石様との時間が、あまりにも楽しくて切り出せませんでしたが」
「…………」
「本来わたくしが話すべきことではないと重々承知しておりますが、これでもお嬢様に仕えるものとして、お話させてもらってよろしいでしょうか?」
「……はい、どうぞ」
「ありがとうございます。三石様は現在、伊達家の立ち位置が危ういことをご存知でしょうか?」
「どういうことですか?」
「正確には伊達ではなく、伊達玲愛様がですが。玲愛様は、三石様との結婚を進める為に様々な人間を敵に回しています。当然でございますね、世界に名を馳せる伊達の婚約者になれるのです。何年も前から、家ぐるみでそのポジションを狙っていた人物もいたでしょう」
居土先輩みたいなのだな。
「それを”
藤乃さんは緩やかな笑顔のままで否定しない。
「伊達の資産を諦めきれない者や、許嫁候補にすらなれず逆恨みして嫌がらせに走る者。玲愛様は全力で三石様とご家族を守っています。しかし……いつかは力尽きるときが来ます」
「…………」
わかってはいたんだよな。俺の存在がお荷物であることは。
「水咲へお越しください。お嬢様はお喜びになります」
「……水咲のところに行っても、今度は月が同じ目にあうだけでしょう?」
「そんなことはありません。伊達家は三石様に対してメリットを認められませんが、水咲なら大丈夫です」
「どういうことですか?」
「三石様はヴァイスカードのレコードホルダーでございます。ネットでは三石様の復帰を望む声が大きいです」
「たかがちょっとカードゲームが強いくらいで、大企業がメリットを感じないでしょう」
しかも二年も前の話だ。
「他所ではなんの価値もございません。しかし水咲アミューズメントウォッチャーはオタクが武器になる企業なのです」
ゲーム、文庫、玩具、アニメ制作、声優事務所まで設ける大手アミューズメント企業。
アニメを見ていて、提供協力の欄にこの会社の名前が載っていないのを見たことがない。
特にカード事業ではヴァイスカードがメガヒットし、印刷所ではカードを刷っているのか金を刷っているのかわからないと言われる始末。
そんなオタクの夢クリエイションの大企業に入りたがる人間は多い。
どうやら俺は、その切符をもっているらしい。
「失礼ながら三石様は、伊達家との婚約後のビジョンはお持ちでしょうか?」
「多分伊達家の系列会社に入るんだろうなと」
「そのお答えはおそらく当たりでしょう。玲愛様が伊達家直下の会社に、それなりのポストを用意してくれると思います。ですが――」
「お飾りポジションと」
「……そうでございますね。辛辣な言い方をさせていただきますと、三石様の能力では伊達グループについていくことが難しいです」
伊達の会社に入るなんて、多分一流大学を出ても運が絡むくらい難しいだろう。
玲愛さんのコネで入った俺は、お飾り管理職とか、そんな苦労しないポジション。ただ会社にいるだけの社会生活。
エリートニートならぬエリートヒモとでも言うべきか。周りからの評価は、新入社員で天下りというやべぇ奴。
最高じゃないか、楽してお金がもらえる。公務員以上に安定した職に就いて、家に帰れば美人の妻が『ユウ君おかえり~』って。
違うこの人じゃなかった。
「三石様は夢はございますでしょうか? マンガ家になりたい、声優になりたい、ゲームクリエーターになりたい。もし伊達家に入らなかったときの将来の夢はどのようなものでしょうか?」
「…………」
「水咲なら三石様の興味があるアミューズメントに力を入れています。大抵の夢は叶えることができるでしょう。伊達家にそんな自由な未来はあるのでしょうか?」
「…………」
「このままでは三石様は伊達という籠の中で、玲愛様に一生飼われ続けるでしょう。しかも玲愛様は三石様を飼うために、莫大なコストを払い続けることになります。それでも――」
「それでも俺は……雷火ちゃんたちが好きなんですよ。すみません」
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら言うと、藤乃さんは柔和に微笑んだ。
「さしでがましいことを申し上げました。お許しください」
「いえ、なんか神に悪魔にもなれるみたいな話だったので……」
「伊達家の方々は魅力的でございますので、わたくしもつい熱を入れて三石様を水咲に引き込もうとしてしまいました」
「当然ですよ。藤乃さんは月の執事なんですから」
そういえば藤乃さんと月ってどういう関係なのだろうか? 随分仲良さそうだが、恋愛感情は芽生えたことがないのだろうか?
「あの、藤乃さんは……その、
「取り繕わなくても結構ですよ。私とお嬢様はあまり年が離れていませんので、そう言った質問がよく来ます。単刀直入に言うと、私は男色家ですので、あまり女性というものに興味がございません」
「なるほど…………えっ?」
「私は■イですので」
「うわーー、聞きたくなかったです!」
「安心してください。私のストライクゾーンは、年下で平均より下目の顔ですので」
俺ドストライクじゃね?
オイィィ! 早くおろしてぇ!
その願いが通じたのか、リムジンは俺のマンションへと到着。
逃げるようにして車を出た。
「お、送ってくれてありがとうございました! 月にもありがとうと伝えて下さい」
「かしこまりました。またお越し下さいませ」
二度と行かん。
◇
悠介が帰った後の水咲邸で、月は彼が座っていたソファーにうつ伏せで寝転んでいた。
「お嬢様、好きな人が座っていた椅子に頬ずりするのはやめなさいと何度も言っているでしょう」
送迎を終えた藤乃が戻ると、主人の奇行が目に入り流石に注意する。
月は頬を膨らませながら、顔をあげた。
「……………………うぐぐぐ」
「三石様と直にお話してみてどうでしたか?」
「好き」
ちょっとむくれながら答えを返す月。
「相手を惚れさせて、ボロ雑巾のように捨てる計画はどうなされたのです?」
「っさいわね。頓挫よ頓挫」
「素直にご自分から告白されてはどうですか?」
「無理よ。彼伊達家に対して遠慮が見える。完全に彼女持ちの男と話してる気分だったわ」
「身持ちが固いですね。私の好みでございます」
「あんた頼むからライバルにならないでよ」
「しかし、これでは彼のハーレムに入ることすら難しいでしょう」
「この水咲月がハーレム要員にすらなれないなんて……。藤乃、あんた送ってる最中いらないこと言ってないでしょうね?」
「その”私が好きってこと言ってないでしょうね?” と言いつつも、ちょっと言ってほしそうにする顔はおやめください」
「そんなんじゃないわよ」
「ほんの少しだけ揺さぶりをかけましたが」
「どう……だった?」
「お嬢様一人では少々旗色が悪ぅございますね」
肩をすくめる藤乃。
「やっぱりかー! くぅ、どうしようどうすれば勝てると思う?」
「まず素直になることが先決で――」
藤乃が話していると、誰かが帰ってきたのか玄関が開いた音が聞こえた。
月はそれが誰だかすぐにわかった。
「あのバカ、何時まで外ほっつき歩いてんのよ」
彼女の顔は浮かれた少女から、厳しい姉へとかわる。
「
『っさいな! 月には関係ないっしょ!』
あんのバカぶん殴ってやると言わんばかりの剣幕で、玄関へと向かっていく月。
「お嬢様お待ち下さい!」
「止めないで藤乃!」
「まだ格好が
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