第271話 ストッキング
「自分は本日付で、三石様の専属メイドとなりました真下――」
「帰って!」
「帰りません!」
今現在玄関先で真下さんが三指ついて頭を下げており、右足を捻挫している俺は、その姿を匍匐状態で見上げる。
「前にも言ったけど、俺は同年代の女の子に命令を出したり、自分の世話をさせる気はない。ってか、君ここに住むつもりなの?」
「はい専属ですので。
「婆ちゃんなんて?」
「死ぬ前にハワイ旅行が行きたかったって喜んでいました」
真下さんは、親指と人差指で丸を作って金のジェスチャーを行う。
どうやらあのババア、ハワイ旅行で買収されたらしい。
「ぐっ、あの強欲ババアめ……」
「あとユウ坊にメイドがつくとか面白そう、とおっしゃられていました」
そっちが本音だな。
「見たところ三石様は、介護が必要かと思われますが」
「確かに今ケガで動けないが、別にメイドに世話してもらうほどではないよ」
「ご無理をなさらず。自分は専属ですので」
「専属って、月の藤乃さんみたいなもんだよね?」
「はい、24時間主人をサポートする専属の従者です」
真下さんは自分の両頬を人差し指で突き、萌えポーズをとる。
かわいい。じゃない。
「帰って! そんなの結婚と一緒じゃん!」
24時間女性がついてまわるとか、自分の嫁でも大変だろ。
「安心して下さい。掃除、食事、お風呂、排泄、全てをお世話致します」
「君は自分と同年代の異性に、トイレを手伝ってもらいたいと思うのか」
「三石様、自分はあなたに嫁ぐつもりでやってまいりましたので問題ありません」
「余計タチ悪いわ」
「もしお役に立たないと思いましたら、遠慮なくクビにしてもらって構いません。恐らく水咲がかわりの専属を送ってくると思います」
うっ……真下さんをクビにしたところで、別の人が来るだけなのか。
ゴリマッチョの執事にかわる可能性もあるってことだな……。
「どうか、自分の働きを見てから判断してもらえないでしょうか?」
「んん~……」
「せめてケガが治る間だけでも」
四つん這いでズイズイと顔を近づけてくる彼女の目は、本当に真剣で、まるで拒否すると死んでしまうかのようだ。
「……わかった。とりあえず俺は専属とかじゃなくて、メイドサービスを利用しているという気持ちでいるよ」
「はい、それで構いません!」
真下さんは手をパンと叩き、屈託なく笑う。
その後、彼女はアパートに自分の部屋を設置すると、早速掃除などの家事サービスの仕事を始める。
彼女の手際は良く、見たこと無いコンプレッサーみたいな洗浄器具を使って、頑固な汚れも綺麗にしていく。
「……メイドって凄いんだな」
「~~♪~~♪」
さすがプロ声優、鼻歌を歌ってるがその歌が超うめぇ、ほぼライブである。
メイドさんが家事をしているというのは、オタクにとって感慨深い光景だ。
この光景を写真で撮っても良いだろうか? 俺はスマホをいじってるように見せかけて真下さんにカメラを向けると、それに気づいてピースサインを送ってくる真下さん。
ピースしているということは撮ってもいいということなのだろうか? なんて悩んでいると、指が当たってパシャッと一枚撮れてしまった。
「ご、ごめん。削除しとくよ」
「いいですよ、メイド服って萌えですからね」
自分でもメイド服の可愛さは意識しているのか、短いスカートの裾をぴらっとつまむ。一瞬白いガーターベルトが見えて、俺の体温は上昇した。
この人、天然のアイドル気質かもしれない。
そんなことを思っていると、俺の腹がぐるるるっと強烈に鳴った。
「もう昼の2時過ぎてるもんな。腹減ったな」
「三石様、もしかしてまだ昼食をとってなかったのですか!?」
「えっ、うん」
「申し訳ございません、すぐに用意します! 三石様はお部屋でお待ち下さい!」
真下さんは大慌てで掃除用具を片付けると、自室に戻っていった。
俺も言われた通り自分の部屋で待っていると、彼女は20分ほどで湯気が上がる土鍋を持ってきた。
「すみません、引っ越し直後で食材があまりなかったもので。卵粥になってしまいましたが、大丈夫ですか?」
「いや、全然なんでも大丈夫だけど」
俺は鍋を乗せたお盆を受け取ろうと手を伸ばすが、真下さんは目の前でしゃがみこむと自分の膝の上にお盆をのせ、レンゲでお粥を掬う。
フーフーと吐息で冷まして、あーんスタイルで迫ってくる。
「はい、どうぞ」
「病人じゃないし一人で食べられるよ」
気恥ずかしさから視線を逸らしてしまう。
「あぁ三石様照れてますね。でも食べないと冷めちゃいますよ」
あくまでこのスタイルを崩す気はないとレンゲを寄せてくる。
観念してもそもそと食べはじめると、真下さんは喜んで次から次へと、せっせと口の中にお粥を運んでくる。
「美味しかったよ。ごめんちょっと残しちゃった」
「いえ、自分も多く用意してしまいました。食器片付けますね」
土鍋を片付けようとした時、真下さんは鍋をとり落としてしまう。熱い鍋は、丁度真下さんの白い膝の上に直撃する。
「あつっ!」
「大丈夫!?」
俺は飛び上がって彼女の膝を確認すると、丁度ニーソと膝の絶対領域の部分が赤くなっていた。
俺は自分の捻挫なんか無視して、すぐさま彼女の体を膝から担ぎ上げ、急いで風呂場に走る。
「ふえっ? ええぇぇっ!?」
真下さんは困惑しているが、火傷が痕になったら大変だ。初期対応の遅れが、火傷の深度を深くして痕が消えなくなってしまう。
すぐさま風呂場に入り、彼女を浴槽のへりに座らせシャワーを膝にかけて温度を下げる。ニーソを脱がしている暇はないので、そのままびちゃびちゃにしてしまう。
「す、すみません」
「いや、それより大丈夫? 痛む?」
「いえ、痛みも熱さもないので……」
しばらくそのまま水をかけ続け、完全に表面の熱がとれたくらいで俺はガーター付きのストッキングに手を伸ばす。
「へっ? えっあの、その……」
「靴下脱がすよ」
別に卑猥な気持ちは一切ない。単純にストッキングの下も火傷している可能性がある。
「は……はい……」
赤くなって消え入りそうな声で頷く真下さん。
ガーターベルトからストッキングを外す。
勢いよく脱がすと、水によってふやけた皮膚を破いてしまう可能性があるので、俺はゆっくりとめくるようにストッキングを脱がしていく。
幸い火傷は無いようで、綺麗な白い脚が眼前に現れる。
ストッキングが丁度くるぶしにさしかかったくらいで、俺は目の前の女性が実はかなり恥ずかしい状態でいることに気づいた。
片足を折り曲げ、身をよじりなんとか見えないように頑張っているのだが、彼女はミニスカで座っている。
俺はその対面で脚を上げさせながら靴下を脱がしている。
この時、三石悠介の目に飛び込んでくる白い三角形の面積を求めよ。
「つっ!?」
急いで顔をそらして見ていないアピールをするが、その行動自体がもう見たって証だった。
「ごめん」
「いえ、医療行為ですので……」
意図したわけではなかったのだが、唐突なラブコメ的展開に二人で顔を赤くしていると――
「ただいまー悠君」
「悠介さんバイト終わりましたー」
帰ってきた雷火ちゃんや静さん達による、異端審問会が開かれたのは言うまでもない。
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真下一式ビジュアルイメージver2
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