第270話 専属

 専属メイドは、主人の全ての要望に応えなくてはならない。

 専属メイドは、主人の命令を拒否してはならない。

 専属メイドは、主人を嫌ってはならない。

 専属メイドは、主人に慕情を抱いてはならない。


 一式は専属メイドのルールを読み上げると、水咲遊人から手渡された契約書に拇印を押す。


「これで今日から君の主人は三石悠介となった。僕の命令より彼の命令が優先される。いいね?」

「はい、心得ています」

「正直、君がやってくれるとは思わなかったよ」

「自分は……三石様を傷つけました」


 一式は、悠介が伊達から追い出されるきっかけとなった、カラオケ店での出来事を気にしていた。

 あの一件から距離感がつかめなくなり、会話をすると飲み込んだ小骨が胸をチクチクと突き刺すような痛みが走る。


「やらせた僕が言うことじゃないけど、そこまで罪悪感感じなくて良いと思うよ。君がやらなかったとしても、彼は同じ結末伊達追放になってたと思うし」

「三石様はモルモットのようですね」


 一式の声は、悠介の立場を上げたり落としたりしている大人を軽蔑するような棘がある。


「そう睨まないでくれ。僕も頼まれた立場だ。本当は伊達さんからの約束を果たしたらポイ捨てしようと考えてたけど、今はちゃんと彼を迎え入れようとしている。伊達のすごく怖いお姉さんからも、ちゃんと三石君は水咲で引き取りますって言ったんだよ?」


 その結果、伊達剣心、伊達玲愛、水咲遊人のもつれた糸はさらに深く絡まることになる。


「それより僕は君が心配だ。専属メイドは、ただのメイドじゃないことはわかっているよね?」

「はい」

「場合によっては、一生を添い遂げる覚悟を持って奉仕にあたらなければならない」

「はい」


 深く頷く一式だったが、遊人は眉を寄せる。


「君、ほんとに大丈夫? 君があの捏造写真のこと言っちゃうと、わりと水咲はピンチに陥るよ。ちゃんと嘘を貫き通せる?」

「はい。自分からあの写真のことを言うつもりはありません。……主人に嫌われたくありませんから」

「…………いいだろう。彼の世話、よろしく頼むよ」



 俺は自分の右足に巻かれた包帯を、恨みがましい目で見やる。

 時は遡ること4時間前、前回スズメバチの巣を発見し駆除していたところ、屋根にでかい穴を見つけてしまったのだ。

 このまま放置していたら穴が貫通してしまうので、補修を行ったのだ。

 その時うっかり足を滑らせた……のではなく、補修が終わって脚立から降りてくる際、最後一番下の段からぴょんと飛び降りたのだ。

 その時足首をグキッとやった。まさか地上30センチの高さで怪我するとは思わなかった。

 一応病院に行ったら、骨に異常はないが運動制限が必要とのこと。つまりは動けない。


「はぁ……うっそだろ」


 今日は静さんと真凛亞さんは編集社に行ってお仕事、雷火ちゃんと火恋先輩はバイト、成瀬さんは珍しく看護学校行ったしアパートには俺一人。

 別に熱出てるわけじゃないし、片足が死んでるだけでトイレも行けるから、別に誰もいなくても問題ないのだが……。


「うぉーおもんねー!!」


 大人しく寝てるしかないので、じっとしているのだが無音というのは余計に人を寂しくさせる。

 だが俺はこんなときの過ごし方を心得ているのだった。

 電源入れっぱなしのパソコンをカチカチと操作すると、すぐにお目当てのサイト『声泉』につながる。

 それはインターネットラジオをまとめているサイトで、主にアニメ声優がパーソナリティとなって放送しているラジオを聞くことができる。


「さて、番組何にしようかな。杉井智弘のアニメでバビューンか、それとも女帝のハートフルステージか……」


 考えたがランダム再生ボタンがあったので、ランダムをポチっと押す。

 するとすぐに軽快なオープニングミュージックとともに、パーソナリティの紹介が始まる。


『ガンダムEXEラジオ、進藤リナ役の真下一式です。少しの間お休みしてすみません。今週からMCに復帰しましたので、皆様またよろしくねー』


「おっ、真下さん声優復帰したのか」


 体調悪くしてたのか、しばらく休むって言ってたもんな。

 早めに復帰できてよかったと思う。心なしかちょっと声が低い気がする、やっぱ喉を痛めてたんじゃないだろうか。

 しばらく彼女のトークを聞いていると、玄関からキンコーンとベルが鳴る。


「ぐっ、この状況で来客は結構きついな」


 俺は匍匐前進しながら玄関へと向かう。


「は、はい、少々お待ちを」


 玄関に出るのに手間取っていると、扉からなぜかガチャガチャと音が鳴る。

 なにしてんだ? と思うと、鍵を開けてないのに扉が開いた。

 泥棒かと思ったが、そこに立っていたのはモジャモジャ執事こと藤乃さんだった。


「こんにちは三石様。おやおや、イモムシの真似ですか?」

「足捻挫して、今立てないんですよ」

「ではわたくしも、一緒にイモムシをさせてもらってよろしいですか?」

「いいわけないでしょ、男二人で廊下這いつくばって移動するって気持ち悪いでしょ。ってか当たり前のように人の家の鍵開けてこないで下さいよ」

「すみません。三石様の鍵は、スマホのロック番号含め全て手中にありますので」

「俺にプライバシーはないんですか?」

「今日来たのは大事なお話があるんです」

「俺の話聞いてくれないな」

「なんと……この度三石様に専属がつくことになりました!」


 藤乃さんはどこから取り出したのか、パーンっとクラッカーを鳴らす。


「専属?」

「はい、三石様には水咲家から選りすぐられた使用人がつきます」

「このボロいアパートに執事かメイドがつくってことですか? 冗談でしょ、バカにされますよ」

「三石様も水咲の要人でございますので、専属がつくのも当たり前かと」

「俺専属の使用人とか、死ぬほど生産性ないですよ」


 俺の使用人になる人可哀想って自分で思うもん。


「三石様、専属が誰になったと思いますか? ヒントは”ふ”から始まり”の”で終わる3文字の人間で、あなたもよく知っています」


 3文字で、ふから始まってので終わる『ふ○の』って、目の前の話聞かん執事では?


「ヒントは真ん中に”じ”が入ります」

「結構です、帰って下さい! 断固拒否します!」

「拒否権はございません。ちなみに水咲の専属契約は期限がなく、生涯のサポートをお約束いたします」

「結構です、帰って下さい!」


 この人が一生俺のスタンドみたいに、背後に立ち続けるとか嫌すぎる。


「自分で言うのもなんですが、わたくしわりと有能な部類でございますが」

「有能かもしれないけど、イケメンの押し売りやめて下さい! あなたが隣にいると、俺のしょぼさが際立つので!」

「では誰ならよろしいのですか?」

「誰って……そりゃ美女メイドでしょ。真下さんみたいな」


 藤乃さんは、俺の答えを聞いてニマっとした笑みを浮かべると、パンパンと手をたたく。


「良かったですね、ご指名ですよ」

「?」


 玄関扉に隠れていたメイド服を着た少女が顔を出す。

 セミロングの髪にくりっとして少しだけ目尻の下がった瞳。

 モノトーンのエプロンドレスに包まれた胸部は発育がよく、グラビアアイドルのコスプレに見えてしまう。

 スカートはミニ丈で、ある種邪道と言われるミニスカメイド。

 肉感のある脚を包む、ガーターベルト付きのストッキングに光沢のある黒のパンプス。

 このボロアパートには似つかわしくない、高級感溢れるメイド。

 彼女の手には大きなボストンバッグが握られており、まるで引っ越ししに来たみたいじゃないか。


「本日付で専属メイドとして派遣されました真下一式です。よろしくお願い致します」


 真下さんがぺこりと頭を下げると、シルクのような横髪がサラサラと流れる。


「では三石様、これより真下が24時間サポートを務めさせていただきます。何かありましたら彼女に」

「そんなこと急に言われても困る!」


 俺の悲鳴を無視して、藤乃さんは去っていく。

 残されたのはメイドと足捻挫したオタクだけ。


 あっ、これは波乱を呼ぶなと理解した。






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