第269話 玲愛VS遊人
水咲遊人は社長室にて、突如かかってきた玲愛からのZOOMでの会議通話の応対を行っていた。
WEBカメラ越しに映る美女は、とても20代前半とは思えないほど貫禄があり、いざ実際対面で話すとプレッシャーを感じることだろう。
「どうしたのかな玲愛嬢?」
『朝早く、ご無礼失礼します』
「ってか君、今どこなの? 日本じゃないよね?」
彼女の背景に映る壁や調度品が、どう見ても日本のそれではない。
『諸事情で、海外から帰国できずにいます。今はカナダです』
「ならゆっくり休養でもとればいいのに。たまには休みも必要だよ」
『そういうわけにもいきません。本題に入らせていただきます。三石悠介について、お話がしたいのですがお時間よろしいですか?』
やっぱり動いたか、来るにしては少し遅いなと遊人は思う。
「いいよ、話してみて」
『ありがとうございます。先に結論から言わせていただきますが、三石悠介を返していただきたい』
「返すも何も、僕は人質にとった覚えはないし、許嫁の移譲はそちらの頭首である伊達剣心さんからのご提案なんだよ」
『そのことに関しては深くお詫びいたします。あれは剣心の独断であり伊達の総意ではございません』
「不思議なことを言うね君は。頭首の言葉というのは、どんなことであっても総意であるはずだよ。剣心さんもそれを自覚して発言を行っているはずだろう? まして訂正をするのが本人ではないとなると尚更だ」
『申し訳ございません。今回の件は許嫁選定担当の私を通っておらず、許嫁移譲は無効と考えています。お恥ずかしい話ながら、私が国外にでた瞬間強行したようで、事実関係を把握していませんでした』
「そんなことを言われてもねぇ?」
遊人は、ぴらっと剣心の署名捺印入りの契約書を取り出す。
そこには正式に三石悠介は、伊達家許嫁から解任されたと書かれている。
「この契約書を破棄すると剣心さんは言っているのかい?」
『それはまだですが、日本に戻ってからすぐにでも撤回を――』
「じゃあまだ有効ってことだよね?」
『……はい』
「なら君がいくら間違いだと言ったところで、この紙の効力の方が上だ。私には君の方が独断で動いているように見える。伊達の総意に背いて行動しているのは君じゃないのかい?」
遊人は暗に、伊達と水咲の間に亀裂を入れるようなことを、頭首でもない君がやってもいいのか? と聞いているのだった。
だが玲愛はその質問に対して
『問題ありません。この件に関する信用問題は、全て私が請け負います』
彼女は水咲からの批難も、伊達からの批難も全て自分一人で引き受けると言ったのだ。
相当な情と覚悟。全てを敵に回しても、三石悠介という男を取り戻しに来ている。
(クールな顔してベタ惚れじゃないか)
遊人は聞こえないように小さく呟く。
「よろしい、ならば君からの三石悠介に関しての異議申し立ては受け付けよう。だが答えはかわらない。彼は返さないよ。彼は娘たちにとって重要なファクターだ。手違いだろうが勘違いだろうが返却はしない」
当然遊人は引き渡しを拒否する。
向こうがミスを犯したというのならば、最大限補償を引き出すのが商売人というものだ。
「玲愛嬢、僕は伊達家から三石悠介を買った客だ。商品にミスがあったから返品して下さいと言っても、それは通らないよ」
『水咲さん、ご理解していただきたいのは悠介は人でありモノではない。彼はこの件に関して私に助けを求めてきている。私は彼のフィアンセとして、是が非でも取り返さなければいけない』
「さっきも言ったが、彼を放り出したのは伊達さんだ。こちらも三石悠介を引き取るにあたってコストを割いている。その分はどうしてくれるんだい?」
悠介に対して割いたコストなんて大したものではないが、少ないものを大きく見せるのが商人である。
さて君は私に何を補償する? と聞くと、驚きの答えが返ってきた。
『水咲傘下の不動産部門を伊達で買い取ります』
「!」
水咲子会社の不動産事業部は、各主要都市にアキバと同様のオタク街を作るために立ち上げたものの、土地の買収に手こずり盛大にずっこけてしまっていた。
大型都市事業は、今現在巨額の赤を生み出すだけの負債と化している。
玲愛は、その赤しか産まない事業部を買い取って立て直してやると言っているのだ。
「威張ることではないが、玲愛嬢、ウチの不動産の赤は数十億じゃきかないよ?」
『構いません。ウチなら、いえ私なら再建できる。あなたが求めている第二アキバ都市計画を引き継いでも構いません』
「…………」
『日本アキバ化計画……それがあなたの夢でしょう? アキバというと語弊があるのか。サイバー都市計画といった方がいいですか?』
「…………」
遊人は鋼鉄アトムやアキラ、甲殻機動隊のようなサイバーファンタジー的世界に強い憧れがあり、ドライモンがやってきた夢のある未来世界がいつかやってくるものだと信じていた。
しかし現実の科学は遅々として進まず、恐らく50年後も車は空を飛ばず道路を走っていることだろう。
ならばその夢を現実にしてやろう、そう志したのが都市計画の経緯である。
玲愛はそんな水咲の野望を理解した上で、事業を買い取っていいと言っているのだ。
遊人からすると、悠介一人を解放する為に伊達の実質的頭首は水咲が失敗した事業を全部やってやると言っている。
(何者なんだあの男は……)
破格の条件に今すぐのしつけて返してやりたいところだが、これほどの条件に合う三石悠介の不気味さと、娘との約束が天秤に乗りバランスが拮抗しだした。
遊人の唸り具合を見て、玲愛はまだ身代金が不足しているものと勘違いした。
『伊達の持っている半導体の生産工場を、三年間無償で貸し出しましょう』
遊人は玲愛の譲歩に更に顔をしかめる。ゲーム会社としてその提案は喉から手が出るほどの条件。
恐らく彼女の接触が遅れたのは、これらの条件を用意していたためだろう。
彼女の補償額は既に100億を軽く超えている。
それに対する見返りが少年一人の身柄を返すだけなのだから、釣り合っていないにもほどがある。
(いや、伊達にとって跡取りを作る種馬と考えれば100億も安いか。しかしサラブレットを買うならまだしも、駄馬に普通100億出すのか?)
伊達玲愛の交渉術は基本譲歩せず、この条件を飲めなければ「よろしいならば戦争だ」と叩き潰してくると聞く。
それが今現在これでもかと譲歩を続けるのは、彼女にしては珍しい余裕のなさからきているのかもしれない。
恐らくまだゴネれば譲歩案が出てくるだろうが、伊達と仲良くしたいのは水咲も同じである。
(強欲は身を滅ぼすか)
剣心が新たな許嫁を用意する時間は稼いだはずだ、と天秤が返却に傾いた瞬間、遊人のスマホが鳴り響いた。
『どうぞ』
玲愛は通話にでることを促す。
「すまないね……」
通話に出ると
この子がスマホに電話をかけてくるときは、大体お金の無心だったのだが最近ぱたりとやんだ。
それと同時期くらいに月との喧嘩もなくなり、とても素直になったと思う。
『パパ、ダーリンがね、Gガンニョムのガンプラ買い占められて悲しいって。なんとかしてって』
非常にわがままで尖っていて、愛を求めて常にイライラしていた。
だが娘は優しくなったと思う。話題もとても平和なものになった。そしてそれと同時期に現れた言葉は「ダーリン」だった。
「あぁ任せなさい、転売ヤーはパパが皆殺しにしてあげよう」
『ありがと! じゃあね!』
スマホを切ると、また間髪入れずに電話が鳴る。
遊人は玲愛にもう一度すまないと断って電話にでると、今度は一番上の
『あの……とうさん、聞きたいことがあるんだけど』
「なんだい?」
『セーラーオシリスってなに?』
「セーラーオシリスとは、セーラーファラオに出てくる12番目のアテムだ。最初は敵だったが、後に仲間になる。それがどうしたんだい?」
『いや、兄君がそれにボクが似てるって言ってて。でもアマプラ見てもないんだよね』
「あれは権利問題で配信できないんだ。今度パパが録画したやつをあげよう」
『ん……じゃあ、今度取りに行く。……ありがと』
お願いをすることに慣れていない天の言葉はたどたどしくて、こちらを伺うように聞いてくる。全ての能力が高く、他人の助力を必要としない子だったが、この子もかわったなと思う瞬間だった。
通話を切ると、すぅっと遊人は大きく息を吐き、デスクに肘をついたゲンドウスタイルでもう一度玲愛に向き直る。
「三石悠介……彼のことなんだがね」
『はい』
「やはり返すことはできないよ」
『そうですか、では……』
玲愛が新たな譲歩内容を話そうとしたが、遊人はそれを遮る。
「いや、すまない玲愛嬢。どれだけ積まれても彼を返すわけにはいかない」
『何故です?』
「娘の為だ」
最初とはまるで別人のような鋭い眼光で、父の顔となった水咲遊人。
玲愛はこれが彼の本気の顔かと理解した。
『どうしても返してはいただけないと? 都市計画はあなたの夢でしょう?』
「僕は自分の夢ばかり追い求めて、家族をないがしろにしてきた。僕の夢はオタクを幸せにすることだが、自分の家族を幸せにできない人間に夢を語る資格はないと思ってね」
娘たちがかわったように、遊人自身もかわりつつあった。
玲愛はそれで悟った。この人は社長から父になったのだと。
こうなってしまっては、買収は不可能。ならば敵対する以外に手はない。
『水咲さん、私は絶対に何があっても悠介を取り返します。早い段階で返してくれた方が、お互いの為ですが』
「悪いが脅しても無駄だよ。僕は三石悠介を返さない」
玲愛はその決断に対して不快感を感じなかった。
そう、遊人は例え相手が伊達であろうと全力で悠介を守ると言ったのだから。
玲愛は一つ不敵な笑みをこぼした。
『私が思っていた以上に水咲さんの決意がかたいようなので、少々準備が必要になりました』
「そうかい? 好きに奪ってみたまえ」
『その言葉お忘れなきよう』
玲愛は一礼して通話を切った。
テレビ通話が終了した後、遊人はどっと疲労感に襲われた。
伊達の次期頭首のプレッシャーは半端なものではなかった。
少しでも弱みを見せた瞬間、一瞬で喉笛を食いちぎられそうな迫力があった。
「あれは虎だ。伊達の白虎」
真っ黒になっているPCの画面を見ると、反射した自分の顔に脂汗がどっと吹き出ている。
本当なら剣心よりも恩を売っておきたい人物だったが、こうなっては仕方ないと覚悟を決めると、また社内電話が鳴り響いた。
「もう、次は何?」
『ヴァーミットゲームの摩周代表がお見えになられていますが』
「チッ」
遊人は露骨に舌打ちをする。また敵かよと思ったが、こっちはイラ立ちだけを覚える人物がやってきた。
「通していいよ」
電話を終えると数秒後に、ウシガエルのようにでっぷりと太った、ちょびヒゲの中年男性が扇子を片手に入ってきた。
「今日もあっついなぁ~。遊やん見たで~水咲の株価爆上げやないか、景気よくて羨ましいわ~」
「この季節に暑いって言ってるのは君くらいだよ。で、何? 今日ヴァーミットさんと話する予定なかったんだけど」
「冷たい、あいかわらず冷たいな~遊やんは~」
ガハハハと笑う摩周を無視して、遊人は携帯ゲームの電源を入れた。
―――――
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