第245話 TUNDEREIA Ⅲ

 翌日――


「王子が風邪ひいたからデートは待ってほしい? だと」


 デネブの代理人から入った電話でそう伝えられると、玲愛は露骨に表情を歪めた。


「それでは今回は縁がなかったということで……」


 玲愛はさっさと電話を切ってしまおうとしたが、すかさず巴が奪い取る。


「はい、待ちます! 待ちますとも! えっ? できれば王子を見舞ってほしい? 行きます行かせますとも!」


 巴は無理やり快諾すると、通話を切った。


「あんた王子が風邪ひいてるって言ってるのに、なに面接結果みたいなこと言ってんのよ」

「本当のことだろう、私はこれ以上待ちたくない」

「いいからさっさと行ってきなさい、風邪の男なんかちょっと看病すればコロッと落ちるわよ」

「落ちてくるな、蹴り飛ばすぞ」

「いいから行く!」


 玲愛は顔をしかめながらも、巴と共にデネブが宿泊している高級ホテルを訪れた。


「で、あんた何そのゾンビ映画に出てきそうな防護服? どこぞの長官がそんなフルアーマー姿で、ただちに影響はないとか寝言言ってたの思い出したけど」


 バイオハザードマーク付きの、ウイルス防護服に身を包んだ玲愛を見て、巴は呆れた視線を送る。


「風邪がうつったら困るだろう。空港の検疫に引っかかって、これ以上帰国が遅れたら私は怒る」

「酷い扱い」


 小さくため息をついた巴だったが、ホテルに連れてこられただけでもよしとすることにした。


 ボディガードから流石にフルアーマーはダメと言われて、しぶしぶ防護服を脱いだ後、王子の宿泊しているVIPルームに通される。

 部屋は金銀鮮やかな豪華な調度品で埋め尽くされていた。

 ここが一泊いくらなのか巴には気になるところではあったが、なんの躊躇いもなく玲愛は中へと入っていく。


「いるか?」


 寝室にズカズカと入ると、キングサイズのベッドの上で顔色の悪い王子が横になっていた。

 周りを数人の女性が取り囲んでおり、恐らくデネブの200人の嫁のうちの誰かなのだろうと察しはついた。


「ミ、ミスレイア? これは恥ずかしいところを……」


 デネブは玲愛が来ることを聞かされていなかったようで、慌てて起き上がろうとする。だが。


「寝てろ」


 玲愛は半身を起こしたデネブの肩を掴むと強めに押し倒した。一瞬寝室の前にいたボディガードと、嫁どもが動きかけて巴は肝を冷やした。


「どうやら仮病じゃないらしいな」


 そう言いながら、近くのショッピングセンターで購入した風邪用品を取り出し広げる。

 さっとデネブの頭に冷えピタを貼り付け、首にマフラーを巻き、窓の外から雪を雑に調達すると、氷袋に入れて枕の下に敷く。


「ミスレイア一体何を……」


 玲愛のてきぱきとした動きに驚く一同だったが、デネブは再び起き上がろうとする。


「す、すまないミスレイア、気持ちは嬉しいが君に移ってしまっては申し訳が立たない。すまないがすぐに出て行ってほしい」

「うるさい黙れ」


 病人のくせによく舌が回ると思いながら、その口に新品の体温計を差し込み黙らせる。


「37.8度か。インフルエンザではなさそうだな。巴こっちに来い」


 玲愛は鞄からごそごそと卵や米を取り出しながら、寝室を出て隣室に移動する。


「一体何する気?」

「そっちの鞄からコンロを出してくれ」


 巴がカセットコンロを設置しながら、並べているもので何をしようとしているか察する。


「料理するの?」

「病人食なんてものホテルが用意するわけないだろ」

「普通室内でコンロなんか使っちゃダメだと思うんだけど」

「堅いこと言うな、窓を開けてれば問題ないだろ」


 カンカンと慣れた手つきで卵を割って、おかゆを作っていく玲愛。


「慣れてるわね、普段料理するの?」

「全然、大体妹か家政婦がやってくれる」

「じゃあなんでこんなにできるの?」

「女の修行は母から受けた。今は男が家事することも多いが、それを言い訳にして女ができなくていいわけじゃない」

「耳が痛いわ」


 嫁達は何をしているんだと困惑していたが、料理だと理解し、ますます困惑していた。


「できた」


 熱くなった鍋を持って寝室の方に運ぶと、匂いに誘われてかデネブは半身を起していた。


「そ、それは日本の料理なのかい?」

「違う、リゾットだからイタリアだ」

「嘘つかないの」


 巴は玲愛の天邪鬼ぶりに呆れる。鍋をデネブの方に持っていこうとすると、嫁の一人が立ちはだかった。


「申し訳ありません。王子が口にするものは、私達が入念な検査をしたものと決まっています」

「ほぉ病人の前で突っ立ってるだけの役立たずが、私の前に立つのか?」


 玲愛の切れ長の瞳がキラッと光ると、嫁の一人は謎のプレッシャーを感じて一歩後ずさった。


愛玩犬ペットは大人しく座ってろ」


 犬扱いされて本来なら頭にくるところだが、何故だか逆らえない謎のオーラのせいでまた一歩嫁は後ずさった。


「やめないか、ミスレイアは毒を盛るような人間じゃない」

「しかし……デネブ様」

「僕が良いと言っているのがわからないのか?」

「わ、わかりました」


 立ちはだかった嫁がしぶしぶ諦めると、玲愛はデネブに鍋が乗ったトレーを手渡し、ベッド横の椅子に腰かけた。


「食べさせてはくれないのかい? あーんまでが日本の看病だと聞いたことがあるが」

「なにがあーんだ甘えるな阿呆が。自分で食うか周りにいる女を使え。私はお前の母親じゃない」


 そう言って足を組んでスマホを操作し始める玲愛。


「(Ohわかってるよ、これがジャパニーズTUNDEREってことはね。なんて破壊力なんだ。君の為なら200人いる僕の嫁を100人にしてもいい)」


 なにやら一人でニヤニヤしている王子を、気持ち悪っと思いながら玲愛はメールの問い合わせを行う。しかしながらメッセージはありませんと表示されてしょんぼりする。


「はぁ……」

「(なんて物憂げな表情なんだ。美しい美しすぎるよミスレイア。その横顔はミロのヴィーナスだ。君の横顔は重要指定文化財だよ)」


 デネブが頭の悪いことを考えながら食べ終えると、玲愛はてきぱきと食器を片付けた。


「とても美味しかったよ、僕の専属シェフなんかよりずっと美味しい」

「病人食でそんなに味の差が出るわけないだろうが」


 玲愛は嫁数人を呼び出して、氷枕のかえ方や、汗をこまめに拭くことなど看病の仕方を伝えると部屋を出た。


「彼女はもう行ってしまったのかい?」


 デネブが聞くと、嫁は首を振る。


「今日は本気でやることがないから、ここに泊まってやる。何かあったら言えと、なんて不遜な人間なんでしょうね」


 彼女の態度に嫁達は怒っていたが、当人は。


「ジャパニーズTUNDERE、なんて凄い威力なんだ。僕の嫁を50人にしても君がほしいよ……」


 熱にうかされていた。



 翌日――


 デネブの体調を見に来た玲愛だったが、そこには起き上がり体操をしている青年の姿があった。


「やぁミスレイア、君のおかげで体調はよくなったよ。君を待たせるのも悪い、今日デートに行こう」

「誰が起きていいと言った、このボケが」


 王子の足をスパンっと払うと、ベッドの上に倒しその上に布団をかける玲愛。

 昨日と同じ手順でさっと朝食を作りながら、王子を検温する。


「37度丁度か。下がるには下がったが、まだ微妙なところだな」


 デネブの頭に玲愛の冷たい手が触れると、心臓がバクバクと激しい鼓動を鳴らす。


「チッ、また上がってきたんじゃないかお前?」

「あ、あぁ……」


 それは君のせいだとデネブは言えなかった。


「明後日の飛行機しかとれなかった。どこかに行くなら明日付き合ってやる。今日も寝てろ」

「…………君はなぜそんなに優しいんだいミスレイア? たかだか二日前にあった僕を……。僕が王子だからかい?」


 容姿は全く似ていないが、デネブに少しだけ悠介を重ねていたことを感じて、玲愛は一瞬だけ口ごもった。


「優しい? 笑えない冗談だ。お前の相手をしているのはフェードル先生への義理と、帰国まで時間ができたからにすぎない。あまり勘違いするな」

「…………」

「そうしょげた顔をするな、お前は王子なのだろう? 人の前に立つものが弱さを見せるな」


 くしゃっとデネブの髪をなでると、玲愛は部屋をあとにした。


 警備も嫁も部屋から遠ざけたデネブは、真っ赤な顔を布団で隠していた。


「ミスレイア、僕は本気で君に恋をしてしまったのかもしれない。今いる嫁を30……いや10人にしてもいい。君が……好きだ」

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