第244話 TUNDEREIA Ⅱ

「紹介しよう、デネブ・クラウス君だ」


 王子はゆっくりと頭を下げた。


「彼は中東にあるモルデイブムカチャッカ共和国の第二王子でね、現在200人目の花嫁を探している」

「に、200?」


 あまりのスケールの大きさに玲愛と巴は絶句してしまった。


「彼の国では、優秀な女性を花嫁に迎えることは何よりも幸福と言われている。彼と一緒になって不幸になった女性は一人もいないと聞いているよ」


 ワッハッハッハと大きく笑うフェードルであったが、二人ともさすがに200はないだろうと唖然とする。


「初めましてミスレイア、僕はデネブと言います。貴女と出会えてとても光栄だ」


 デネブは玲愛の前で跪き、自然な動作で手の甲に口づけしようとしてきたので、キスされる前に手をさっと避けて腕を組んでガードした。

 本当ならビンタの一発でも見舞いたいところだが、恩人の紹介とあってはさすがに手が出ない。


「私に触るな」

「フフッ固い女性だ。私はそんな女性も好みです」


 玲愛はギャーースと悲鳴を上げたかった。

 大体の男は、拒絶と共に絶対零度の冷気を放出してやれば引き下がるのに、デネブはウインクしながら舌をチロりと覗かせる。


「ス、スーパーセクスィ……アラビア系王子様も素敵ね」


 巴は瞳をハートにして一発で落ちそうだったが、玲愛は「死ぬほどキモイ」と鳥肌をたたせていた。


「とても美しい。ミスレイア、貴女を今すぐにでも私の花嫁に迎え入れたい」

「笑わせるな、私が200位で満足すると思っているのか? これだから頭ハッピーセットな王子は困る」


 玲愛はこのまま気に入られてしまうのはよくないと思い、フェードル先生のこともあるが、穏便に嫌われようと思った。


「失せろ目障りだ」


 玲愛は凸指をたてて、穏便()に嫌われる外交術を使った。

 だが


「気位の高い方だ、とても気に入りました」


 あるぅぇーー? と玲愛は言いたかった。

 なんだこいつは? 罵られると喜んでしまうタチなのか?

 仕方ない、バカでもわかるように今度は丁重にお前のことを嫌いだと言おう。

 そう思い不機嫌さマックスの表情で、デネブに向き直る。


「ミスターデネブ、私はあなたに好感をもたない。日本では花嫁は基本的に一人の男性につき三人までと決まっている」

「えっ、あたしの知ってる日本と違うんだけど?」


 巴がすかさず突っ込んだが、玲愛はそのまま続ける。


「200人もの女性一人一人を幸せにできているとは到底思えない。その中に私を加えたいというのは、私を不幸にしたいと言っているのと同じだ」

「違いますミスレイア、彼女たちは僕と婚約できることに幸せを感じています。王子と結婚できるというのは、それだけで一生を何不自由なく暮らせるということです」

「それはお前が幸せにしているのではなく、お前に付随している権力で生活が豊かになっているだけだ」

「ちょ、ちょっと玲愛」


 どんどん言い方がきつくなっていく玲愛を、冷や冷やしながらなだめる巴。


「そうでしょうか? 人は生まれつき不平等だ。持つもの持たざるものがいることは変えようのない事実。ですが、持つものから求愛される事は幸せなことではないでしょうか? 言い方は悪いですが、王から結婚を申し込まれて喜ばない女性がいるとは思えません」

「ここにいる、私がそうだ」


 玲愛は腕を組み、仁王立ちしながら首を傾けると、光沢のある美しい長い髪がさらりと流れた。


「僕が直接幸せにしてみせます。ご安心を」

「私がお前なんかに幸せにできるものか、このバ……むぐぅっ」


 バカ王子と言いかけたところで、玲愛の口は無理やり巴に塞がれる。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいねぇ~」


 巴は玲愛を引きずって控室に戻る。


「なんだ、私の話はまだ終わっていないぞ」

「やめてよ! どこぞの国の王子にバカって言うのは! こんなところで戦争の火種つくらないで!」

「バカにバカと言って何が悪い。恐らく育ちがよくて、誰もバカと言ってくれなかったのだろうバ可哀想」

「悪いわよ! よくそれで今までもめごと起きなかったわね」

「名誉棄損で起訴されたことは山ほどあるが、全部逆転勝訴してきた」

「そこで勝ち誇った顔しないで! 相手王子だから! その気になったら王でてくるから! てか恩人の紹介なんでしょ? ちょっとは気使いなさいよ」


 それを言われると弱い玲愛だった。


「何を言われても私はなびかないから、この時間事態無駄だと思うのだが」

「じゃあそれを言ってきなさいよ」

「わかった。時間の無駄だバカ野郎って言ってくる」

「おいぃぃぃぃぃ! バカ野郎いらないから! もっとオブラートに包んで! 向こうは繊細なんだから!」


 やかましい巴に顔をしかめる玲愛だった。


「穏便に、丁重に、お誘いの一つくらい軽く受けてから断りなさい。それが大人のマナーよ」

「めんどくさいな。バカ王子で一発解決だろうに……」

「そしたら解決できない国際問題ができちゃうかもしれないでしょ!」


 国際問題なんぞ知ったことではない玲愛だったが、確かにフェードル先生の紹介を無下にするわけにもいかない。


 二人が控室から戻ると、フェードルがにこやかな顔で手を振る。

 あの顔は面倒なことを言ってくると玲愛は察した。

 大体あの人がこれから良いこと言うぞって顔してるときは、毎回いらないことを言ってくる合図だった。


「ミス玲愛。明日デネブ君とデートすると良い。君も近々帰国するのだろう? それなら早く仲良くなった方がいいと思うんだ」

「嫌です、一刻も早く帰ってモフモフしたい男がいるので……むぐぅ」


 再び巴に口を塞がれる。


「はい~1日くらい喜んでお付き合いいたしますわ~」


 玲愛のかわりに巴が返答をかえすと、フェードルはそれは良かったと膨らんだ腹を揺らしながら大笑いした。


「ビジネスパートナーの件も前向きに考えていただきたい。僕が直接指揮している会社があります、ミスレイアに一つの損がないような条件をだすよ」

「王子に借りを作ると怖いからな、考えさせてもらう」



「お前のせいで帰国が一日伸びたじゃないか」


 帰りの車内で、玲愛は巴に愚痴っていた。


「あんた男の誘いを断るときに、他の男の話を使うってご法度だからね。大人なら優しい嘘つきなさいよ」

「くだらん。私は真実を話して王子から誘われなくなる、王子は真実が知れて無駄な時間がなくなる」

「win:winの関係みたいに言わないで。大体そういう人ってプライド高いんだから、躍起になってあなたのところに来るかもしれないわよ」

「それは嫌だな……。しかし口で言ってわからないなら、一発殴って目を覚ませてやるのも優しさか」

「絶対ダメだからね。そんなことしたら、三石君のことを逆恨みする可能性だってあるんだから」

「それは許さないぞ、あいつに手をだしたら私は王子だろうが王だろうが父親だろうが殺すからな」

「はいはい、ご馳走様」


 軽く巴にあしらわれて唇をとがらせる玲愛だった。

 デネブの企業をタブレット端末で再チェックして、自分の見落としに気づく。


「さすが石油王子、私の欲しかったエネルギー部門も持ってると……」


「チッ良いカードを持っている」と舌打ちする玲愛だった。


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