第58話 オタと月光伝説

 リムジンは高級住宅街へ到着すると、緩やかに停車した。

 後部座席のドアが藤乃さんによって開かれると、俺は水咲家へと降り立つ。

 目に入った建物の印象は城だった。中世の物語に出てくるような、尖んがり屋根にブロックを敷き詰めて作られた城。映画のセットにでも使われそうなくらい西洋的な雰囲気が漂う。

 ただ――


「尋常じゃなく周りから浮いてるな……」


 住宅街にしてはあまり密集していない土地ではあるが、それでも城はさすがに浮く。

 城もさることながら広い敷地内を見回すと、綺麗な青い芝生が一面に敷き詰められ、バラが咲き誇るバラ園が見えた。

 タキシードにエプロンをつけたダンディな庭師風の男性が、大きなハサミでちょきちょきと庭木の手入れを行っている。


「す、住む世界が違う」


 伊達家が純和風のお屋敷だとしたら、こっちは純洋風の洋館というに相応しいだろう。ただ気になったのが、ところどころに人間サイズの彫像が置かれている。どれも知っているマンガやアニメのキャラクターだ。


「ぴ、ピンキーモモじゃないか、古すぎる。こっちはかぼちゃパインのエムちゃんじゃないか? あっ、これヴィヴィヴィの下駄郎だ」


 古いマンガやアニメのオンパレードかと思いきや、急にリアルなバッドメンやアイアンメンなどのリアルなアメコミヒーローの像が現れる。

 彫像に統一性がなく、とにかく好きなもんを並べたオタク特有のカオス感がある庭だ。


「なんか凄いね。有名マンガの博物館みたい」

「全部パパの趣味よ、気にしないで」


 気にしないでって、下駄郎の目ん玉オヤジが電飾で七色に光ってるし、無視しろってのは無理があるだろ。


「近所から怒られない?」

「クレームは来てないけど不気味がられてる」


 そりゃ夜中に、こんなピカピカ光る像を見たら気味悪がられるだろう。


 二人で庭園を抜けて、屋敷へと入る。内装は意外とまともで……って思ったら、天井のシャンデリアにジャックランタンがぶら下がっている。


「お父さんって、水咲アミューズメントウォッチャーの社長さんなんだよね?」

「ええ、筋金入のオタク。母はイギリス人オタクで、父とはコミケで結婚」

「正しくオタ婚だ」

「あたしオタク大嫌い。この家も大大大嫌い」

「なぜに?」

「パパのおもちゃ箱の中で暮らしてる気分だから」

「なるほど」

子供あたしたちの事も、玩具と同レベルにしか思ってないわ」

「そんなことないと思うけど……」

「だってあたしの名前、本当は月って書いてムーンライトって読ませようとしてたのよ」

「キ、キラキラネーム」

「妹は綺羅星でスターライトにしようとしてたし」

「よく普通の名前にしてくれたね……」

「役所の人が止めたの」


 役所の人ナイス。水咲ムーンライトはシュール過ぎる。

 

「この名前、多分学校でいじめられますよって」

「ぐぅの音もでんくらい正論すぎる」

「セーラー○ーンはネタが古いって」


 違う止めるとこそこじゃない。


「ママもパパに乗っかるからタチが悪いの。名前候補の中には羅夢ラム努論女ドロンジョなんてのもあったのよ。とても自分の子供につける名前とは思えないでしょ?」

「そ、そうだね」


 オタが考えるキラキラネームに苦笑いが浮かぶ。

 俺ももし子供が産まれたとき、変な名前つけないように気をつけよう。

 ホールを抜けて客室に案内されると、月は着替えてくるから待っててと残して姿を消した。

 客室に来る前に、他の部屋がチラッと見えたのだが、どこも凄い作りだった。

 等身大のフィギュアが並んでる人形部屋だったり、ガンプラやチビ四駆で埋め尽くされた模型部屋、コスプレ用と思われるコスチュームが大量に置かれた衣装部屋。

 オタク天国のような場所ばかりだったが、通された部屋は以外にも普通で、装飾こそ豪華だがオタクアイテムは一切おいていない。


「さすがに一般人を通す部屋をオタ部屋にはしないか……」


 調度品は、液晶テレビとゼブラ柄をした毛皮でモコモコのソファー。大理石っぽいグレーの石でできたオシャレな机がある。

 俺がソファーに腰掛けると、ふわふわさがやばかった。

 座る度にグニュグニュと形を変える。リムジンのも凄かったが、こっちはスライムに乗っている気分だ。無性に揉み揉みしたくなる。


「ええんか、ええのんか、ここがええのんか?」


 変態の如くクッション部分を揉みしだいていると、机の上にカチャリと音をたててティーカップが置かれた。

 慌てて自分の世界から帰ってくると、藤乃さんがにこやかな笑みをたたえながら紅茶を置いていた。


「アッサムでございます」

「あっ、すみません(超小声)」


 小声にもなるだろう。あんな頭おかしいと思われるところを超イケメンに見られたら。

 燕尾服に黒ネクタイをした、イケメン執事ドラマにでも出てきそうな、爽やか青年藤乃さん。

 彼は俺に一礼すると、一歩下がってナプキン? タオル? みたいな白い布を腕にかけて待機している。


「………………」

「………………」


 気まずい。年齢差が大きければ無視することも可能なのだが、そこまで差があると思えない人が、こちらの様子を伺っているというのは緊張してしまう。


(向こうは仕事なんだよな……)


 わかってはいるのだが、どうにも落ち着かない。

 フツメン以下の生き物は、無条件でイケメンとタイプ相性が悪い。

 俺の人生そこまでイケメンに関わってきたわけではないが、同学年でも何故か敬語を使ってしまったり、ほぼ必ずと言っていいほど君付けになる。本能的にあのカテゴリーに勝てないと認識しているのかもしれない。


 ブサメン、フツメン達がやっかむのには理由がある。

 ※ただイケと言う言葉をご存知だろうか?

 イケメンであれば、ギャルゲをやろうがエロゲをやろうが「異性に興味があるのね男らしい素敵!」となるが、ブサメンが同じことをやれば「キメーんだよ! タクくせぇこと学校で話してんじゃねーよ!」と怒られる。

 イケメンがやるから許されるだけという意味である。

 また俺は、昔学校で普通にパンを食ってただけでキモイと言われた事がある。

 それは隣にイケメンの友人がいたからだと今でも思っている。

 ここまでくると極端ではあるが、居土先輩の件もあるので俺はイケメンを警戒している。


 ティーカップに口をつけながらこっそりと藤乃さんを伺う。

 だがチラ見してるのがバレて、彼の顔がふわっと笑顔になる。やめてくれ、惚れてまうやろ。

 イケメンのタチの悪いところは、世界の好意を享受してきた為、性格までいいパターンが多いのだ。

 逆にブサメン達は謂れ無き罪を背負わされ続けてきた為、卑屈な人間が多かったりする。見た目も性格も負けたら完敗じゃないか。どうしたらいいんだ。

 居心地の良い部屋で居心地の悪さを味わっていると、部屋の扉が開かれて、ようやくひかりが帰ってきてくれた。


「ま、待たせたわね」


 俺が彼女の方を見やると目を見開いた。

 ひかりは恥ずかしげにフンとツインテを弾く。

 その格好が真っ白なレオタードにセーラーカラー、極短のスカートを穿いたセーラーの戦士的な格好をしており、まさしくムーンライト伝説だったのだ。


「あ、あんたコスプレが好きなんでしょ?」

「ネタが古いんだよ!!」


 どうやら雷火ちゃんたちがコスプレしていたのを見て、変な影響を受けてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る