第392話 Xデー 前編

 冬休み――冬コミ用の同人ゲームのマスターアップを終えた俺は、ファミレスにて男友達の相野と入江と会合をしていた。


 昼食のデミグラスハンバーグセットのプレートは片付けられ、テーブルの上には飲みかけのメロンサイダーとコーヒー、しなしなのポテトの皿だけが残る。

 昼食時を過ぎた店内には、あまり客はいないものの俺達と同様高校生の姿がチラホラ見える。

 相野は窓から休みで浮かれる街並みを見やると、両手を組んだ碇ゲンドウスタイルで対面の俺を見やる。


「今年もこの季節がやってきたな……エックスデイ」

「だべ」

「もうよくないか? クリスマスを死ぬほど目の敵にするの」

「黙れ悠介、お前はそっち側に行ってしまったからだ」

「なんだよそっちって」

「性の6時間肯定派だ」

「裏切り者だべ」


 今年も発足したクリスマス中止委員会。

 これもいい加減こすりすぎて寒くないか? と思う。


「でも確か日笠が、クラスの連中誘ってクリスマスパーティーやるって言ってなかったか?」

「ふん、あんなクリスマスにかこつけた陽キャの乱交パーティー誰が行くかよ」

「だべだべ、オデたちには侍の魂があるべ」

「ほんとうは?」

「「めっちゃ行きたい」」


 ただ単に誘われてないだけらしい。


「じゃあ誰かと過ごせば良くないか? お前の好きな山岸とか」

「クリスマスデートに誘える根性があるなら、ここでお前らとクリスマス中止委員会なんて開いとらんわ」

「ヘタレめ」

「お前だってオレの立場ならそうなる」

「それがハードル高いなら、少数で集まったらどうだ? お前と入江と、山岸とあと誰か」


 相野は林間学習のあと、ちょいちょい山岸と話しているところを見る。

 まだデートに誘うってほどではないにしても、認知くらいはされているだろう。


「これはウチにいるMutyuber談だが、わりと女の方もクリスマスまでに男を作りたいと思っていて、この時期デートを受ける敷居が下がるらしいぞ」

「つまり山岸とクリスマスデートのチャンスってわけか……。なぁ悠介、クリスマスプレゼントって何贈るべきだと思う?」

「そりゃ女の子の好みがあるだろ。何贈ろうと思うんだ?」

「もしオレが山岸に贈るなら、バラの花束かな。高級なレストランで粉雪を眺めながら、真紅のバラを渡したらロマンチックじゃないか? あなたの年の数だけバラを包みましたって決めるんだ」

「関係性がそこまで高くない男子からバラ貰ってもな……」

「正直キモいべ。しかも年の数って節分じゃないべ」

「17、8本の花束だとスッカスカだぞ」


 批判を受けて、相野は口をへの字に曲げる。


「不評だな。じゃあ香水とかどうだ? 女子はアロマとか匂い系好きだろ? 君の匂いをイメージした香りだよって言えばイチコロだろ」

「香水は好き嫌いわかれるぞ」

「だべ、くっせぇ臭いの香水ならそのままメルカリ行きだべ」


 あと君の匂いとかいうのもキモいからやめたほうがいい。


「なんだよお前ら、文句ばっかじゃねぇか。大体悠介、お前はクリスマスプレゼント何にしたんだ?」

「エロいコスプレ」


 相野は激しくテーブルに頭を打ち付ける。


「こっちが全年齢規制だらけのギャルゲの話してるのに、エロゲの話してくんじゃねぇよ。すぞ」

「全くだべ。ミニ四駆の話してるオデたちにフェラーリの乗り心地話してくるんじゃねぇべ」

「聞いてきたのはお前らだろうが」

「ってか悠介、オメェあんだけ女の子いたらクリスマスどうなるんだべ?」

「それが困ってるんだよな……。ここ最近これみよがしに机の上に避妊薬が置かれてたりしてな……」

「なんだよそのエロい展開、最高じゃん」

「11人おるんやぞ。クリスマス明けたらミイラになっとるわ」

「オレも干物にされるくらい搾り取られてぇよ」

「静さんのスマホの検索欄に、子供の名前・男・女・画数・風水の履歴が入ってるんだぞ」

「クリスマスプレゼントをクリスマスに作るのも悪くなくない?」

「来年からは悠介がサンタになって赤ちゃん喜ばせるべ」

「人ごとだと思って」


 相変わらず男で集まると下品な話になる。

 そんな話をしていると、ドアベルを鳴らして男女が入店してくる。

 俺の座ってる位置から、ちょうど入ってきたのが相野の片思いの相手だと気づいた。


「おっ、山岸だ」

「マジかよ。クリスマス前に運命としか言えないな。すまん入江、オレも悠介側に行くわ」

「ちょっと待つべ、男連れだべ」

「なんだと!?」


 相野はくわっと後ろを振り返ると、多分50歳くらいのスーツ姿の男性が山岸の隣にいるのが見えた。


「あぁ、パパだろ多分」

「まぁ確かに彼氏って歳ではなさそうだな」

「でも腕組んでるべ。あの年代の女って基本父親と仲悪いべ」

「仲良い家族もあるだろ」


 俺達はスマホを見るふりをしながら、山岸の動きを観察する。

 二人は空いている四人席に隣り合って座る。


「おい、普通親と隣同士で座るか?」

「ファザコンならありえるだろ」

「クソイチャイチャしてるべ。あれ絶対親子じゃないべ」


 入江の言う通り、ベタベタ感が親子ではなく男女のそれである。


「ありえないだろ、50のおっさんと女子高生だぞ。犯罪だろ」

「別に付き合うだけなら犯罪じゃないしな」

「これ、パパはパパでもパパ活の方だべ……」


 俺と相野は入江の口をおさえる。


「しかし相野、入江の言う通りクリスマスや正月の入り用になるこの時期に、山岸がそういった行為をしていても不思議ではないぞ」

「彼女はそんなことしない。家計はちょっと苦しくて、下に弟二人いるらしいけど、絶対そんなことはしてない」


 めちゃくちゃ疑ってるやないか。


「弟のクリスマスプレゼントを買うために、お姉ちゃんはおっさんと……って展開じゃないのか?」

「断じて違うが、その展開は若干興奮する」


 ちなみに相野の性癖の中にはNTR願望がある。

 それから俺達は何度かトイレを装い、彼女たちの隣を通り過ぎる。

 そこで聞こえてきたのは、クリスマスどこ行くか、プレゼントバッグほしいなどなど。


「これもう確定だべ」

「いいのか相野、山岸のパパ活が学校にバレたら最悪退学だぞ」

「だべ、しかもファミレスなんて目立つとこ来て」

「ここはお前が言ってやるべきじゃないか? そういう援助交際はよくないって」

「それで山岸は目を覚まして、お前のこと好きになるべ」

「本当か?」

「あぁ男見せてこい」


 相野は「ちょっとヒーローに……なってきますか」と前髪をフッと吹き上げて席を立つ。


 数分後――

 相野は俺達の席に戻ってきた。


「どうだった?」

「びしっと言ってやったよ。そんな愛のない援助交際やめろ。今やめるなら見なかったことにしてやるって」

「それで、向こうはなんて?」

「ちゃんとお付き合いしてて、親にも知らせてるって。親とのラインも見せてもらった」

「山岸がオッサン趣味だったってことか?」

「まぁそういうことだな。男の方は会社経営者らしい」

「年の差いくつだべ?」

「相手49だって」

「下手すりゃ、自分の父親より上だろ」

「30歳以上離れてるべ」

「彼と付き合ったら、同年代の男なんて全員ガキに見えるって。男の方も清い付き合いをしている、心配させてすまないって。感じの良い人だった」

「さすが経営者、出来た人だべ」

「多分人格者なんだろうな」

「人格者は女子高生に手を出さない!」


 珍しく相野の言葉に何も言い返せなかった。


「なぁ悠介、昨今負けヒロインって言葉が流行ってるが、負けた男はなんて呼ばれるんだ?」

「そりゃ負け犬だろ」

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