第393話 Xデー 後編

 12月24日――三石家アパートにて


 夜のクリスマスパーティーに向けて、俺は談話室の飾りつけをしていた。ツリーを設置している最中、外からザーザーと雨の音が聞こえてくる。


「今年のクリスマスは大雨か」


 スマホで天気予報を見てみると、夕方には大雨になって所によっては強い風が吹き荒れるとのこと。

 それから夜になると雨が雪にかわり、気温は0度以下になるらしい。


「う~む、嵐のクリスマスか」


 相野たちクリスマス中止委員会の働きが功を奏したのかもしれない。

 仕事に行った玲愛さんや月達、ちゃんと帰ってこられるといいんだが。一式たちも声優なので、この時期は忙しい。アミューズメント業界にとってもかき入れ時なのだろう。

 アパート内にいるのは俺、静さん、成瀬さん、真凛亞さんのいつもの三石家メンバーである。


 時刻は夕方を過ぎて、薄暗くなってきていた。

 予報通り雨が窓を激しく叩き、ゴォゴォと風も吹きすさんでいる。

 飾りつけを終えた俺はキッチンに向かうと、サンタコスを着た静さんがターキーを焼いている最中だった。


「いい匂いだね」

「あっ、悠君。もうちょっと待っててね、後1時間半くらいで焼き上がるから」


 電気オーブンの中で、ターキーが赤い光に照らされている。

 それをしばらく眺めていると今頃起きてきたのか、どてらを着た成瀬さんが二階から降りてきた。


「うぇー寒い寒い寒い」

「今起きたんですか?」

「今日明日と休む予定だから、その間の動画作ってた」

「やっぱMutyuberって、クリスマス配信休むと怒られるんですか?」

「まぁアイドル売りしてるやつは荒れるんじゃね? その日はその配信者とすごそうと思ってたのに、って考えてた視聴者もいるだろうし」

「そういうのって厄介視聴者ってやつじゃないですか?」

「仕方ねぇよ、熱心に追っかけて見てくれてる視聴者からしたら、クリスマスは当然何かするよね? って心理になるのはわかる」

「成瀬さんとこは?」

「あたしはずっと男いるって言ってるし。クリスマスは男と過ごすからやらないって配信で言ってる」

「男らしい。でもそれって視聴者かわいそうじゃないです?」

「男いるのにいないフリするほうが可哀想だろ。バレたときクソ荒れるだろうし」

「確かに」

「それにウチの視聴者、あたしが何日でフラれるかで賭けしてるからな」

「たくましい」


 そんな話をしている時、突然ブツンと音がして周囲が真っ暗闇になる。


「えっ、停電?」

「あらあらどうしましょう」

「あまり動かないようにしよう、キッチンだし危ないよ」


 何も見えないまま手を伸ばして周囲を確認していると、何か柔からなものを掴んだ感触があった。

 なんだこれ? と思っていると成瀬さんが呆れた声をあげる。


「なにドサクサに紛れて乳揉んでるんだ」

「すみません、何も見えなくて。悪意はないんです」


 慌てて手を離すと、今度は別の大きな柔らかいものに触れる。


「やん、悠君それはお姉ちゃんの」

「あぁごめん!」

「お前ごめんと言いながら、あたしの乳まだ触ってるんだが?」

「すみません、ちょっと暗いんで、あまり動くと危険ですし」

「手は動きっぱなしだけどな」


「ったく」と呆れながらスマホのライトをつけた成瀬さんが、窓を開けて外を見渡す。すると街灯含め全ての電気が落ちて暗闇が広がっていた。


「ダメだこりゃ、停電だ。てかすんげー雪降ってんぞ」

「どうしましょう、電気が使えないと料理ができないわ」


 電気オーブンも止まってしまい、ターキーも闇の中だ。


「まぁしばらくしたら復旧するんじゃない?」


 そう楽観視したが、1時間経っても復旧せず。

 地元市役所のホームページを確認すると、突風にクレーン車が煽られて横転。その時、電柱を複数本なぎ倒してしまい、市内に大規模な停電が起きているとのこと。


「復旧の目処はたっていないと」


 次いで玲愛さんたちから続々とラインが入る。どれも停電で電車が動かないや、会社から身動き取れなくなったなどである。


「皆大丈夫かしら」と静さんが心配する。


「伊達家も水咲家も固まって動いてるから、誰か一人だけ孤立ってのはないと思うけど」


 玲愛さんに至っては、ヘリをチャーターするとか言い出していて金持ち怖い。


「ホワイトクリスマスどころかブラッククリスマスじゃねぇか。てか寒すぎる、死人が出るぞ!」


 成瀬さんの口から白い息が漏れている。暖房が消えてしまい、アパート内の気温がガクッと下がった。


「どうしよう、どこか電気のあるとこ探す? ホテルとか」

「悠君、この大雪の中じゃ危ないわ」

「それにどこもクリパでいっぱいだろう。新規なんか入れてくれないぞ」


 ならばこの寒い暗闇のアパートでなんとかするしかあるまい。


「よし、じゃあ全員の布団と毛布を談話室に持ってきて。あそこなら囲炉裏がある。静さん大変だけど、囲炉裏であったかいものって作れる?」

「そうね、ターキーは諦めて、お正月用の鍋物を出すわ。そっちの方が温まれるし」

「ありがとう」


 そういや真凛亞さんもアパートで仕事してたはずだけど大丈夫かな。

 俺は二階の彼女の部屋へと入ると、電気のついていないパソコンの前で頭を抱えていた。


「真凛亞さん」

「ゆう君……データ飛んだ死にたい」

「ご愁傷さまです。バックアップは?」

「多分ある。3時間くらいのロールバックだと思う」

「ま、まぁそれくらいで済んだと思って、下来てください。集まって食事にするんで」

「うん……連れてって」


 俺はミノムシみたいになってしまった真凛亞さんを引きずり、談話室へと戻る。


「おうあっちゃん、ってどうしたんだ?」

「エロマンガの作業データ飛んで、さなぎになってしまいました」

「あっちゃんが現実逃避するときのフォームだな。ほっときゃそのうち治るだろ」


 それから俺達は談話室の囲炉裏に火を灯す。暖かなオレンジの光が木炭から漏れる。

 これで大分暖かく……


「いや、全然寒いが!」


 成瀬さんの言う通り外は雪が舞い飛ぶブリザード。気温も0度を下回っている。ここまで寒いと囲炉裏だけの力では足りない。

 俺は管理人の婆ちゃんに、ラインでなんか暖房器具ないかと聞いたら、倉庫に石油ストーブがあるらしい。

 大吹雪の中、倉庫から古びた石油ストーブを発見し、談話室の隅に設置。

 幸い灯油は入っており、点火には成功する。


「なんか、弱々しい火だな……」

「しょうがないですよ、婆ちゃん曰く50年くらい前のストーブらしいんで。火が付くだけ奇跡です」

「昭和レトロ臭が凄いもんな。うぅ~寒い~」


 成瀬さんは大福を湯たんぽがわりにしているが、大福は迷惑そうに「うな~」と鳴きながら身を捩っている。


「はーい、お鍋出来たわ。温まるように海鮮チゲにしたわ」


 静さんがでかい鍋を囲炉裏の上に乗せる。グツグツと湯気のあがる真っ赤な鍋は、唐辛子と海鮮の良い匂いを漂わせる。

 本当は玲愛さんたちを待って食べたいところなのだが、停電で帰れない為先に食べさせてもらうことになった。


 暖かな夕食をとると、体温が上がり寒さはかなりマシになってきた。

 ……というのは30分ほどの話。また体温が下がってきて、今は皆で毛布をかぶってブルブルしている。


「うぇ~寒いー」

「ストーブの火が、か細いですね」


 オンボロストーブに文句を言っても仕方ないが、この弱々しい炎にどれほどの暖房効果があるのか。


「ほぼ雪山で遭難したみたいになってるな」


 成瀬さんの発言に、真凛亞さんはピンと閃く。


「雪山遭難といえば……全裸で抱き合うと保温になる」

「あれ、服が濡れてる時限定らしいですよ」

「ぬっ、ゆう君それじゃエロい展開が起きない」


 まぁまぁエロ漫画の導線としてはありなのかもしれないが。

 電気のつかない真っ暗な中、囲炉裏とストーブの明かりを眺めるしかない俺達。電気がないと何もできないなと思っていると、玄関の振り子時計からボーンボーンという音が聞こえてくる。現在午後9時ちょうど、世間は性の6時間に突入ですと。

 今年は酷いクリスマスだなと思っていると、静さんがおずおずと声をあげる。


「ゆ、悠君、試して……みる?」

「えっ、何を?」

「その、裸で抱き合うっていう」

「いや、でも別に濡れてるわけじゃないし脱ぐと寒いよ」

「……動けば……よくないかしら?」


 囲炉裏の火に照らされた静さんの顔が異常に赤い。

 裸で抱き合って動く+性の6時間エンペラータイム

 その場にいた全員が意味を理解しており、どこか気まずい雰囲気が漂う。


「きょ、今日は不慮のトラブルだし、また今度がいいんじゃないかな。ねっ成瀬さん」


 助けを求めるように振ると、彼女は横髪を指でクルクルと弄りながら赤面していた。


「まぁ……こういう時じゃないと、いつまでもズルズル先延ばしになりそうだし。クリスマスってのも悪くないんじゃないか?」

「真凛亞さんは困りますよね? お仕事もありますし」

「原稿多分落としたし、この現実を忘れさせてー」


 あかん、誰も反対してくれない。


「いや、よく考えて下さい4人いるんですよ。もう言葉濁さず言いますけど、クリスマス4Pは乱れすぎでしょう!?」

「「「…………」」」


 あれ、なんで誰も返答してくれないんだろう。


「じゃあ……始めるか」

「そうね」


 彼女たちは俺の問いかけを無視して、服を脱ぎ始める。

 薄暗い中、シュルリシュルリと衣擦れの音が響く。

 囲炉裏のオレンジの火が照らす中、静さんたちの肌が露わになっていくのはシンプルにエロかった。


「んなー」

「大福、お前はこの布団の中にくるまってなさい」

「なー?」


 すまない相野、30歳まで童貞貫いて魔法使いになろうなって約束した仲だが、今宵その約束を破ることになる。

 彼女たちは着ているものを脱ぎ捨て、布団を被る。

 むき出しになった肩と大きな胸の北半球が見えて、思わず視線をそらす。


「…………」

「「「…………」」」


 誰も喋らず、囲炉裏のパチパチという音だけが響くのが、これから始まるという生々しさを感じる。

 俺も覚悟を決めるしかないと、トレーナーを脱ぐ。

 筋トレしていて良かった、だるんだるんの腹じゃなくて良かったと心底思う。

 さっきまで滅茶苦茶寒かったのに、今は上半身裸なのに暑いくらいに火照っている。


「誰から……いきます?」

「悠君の好きな順番で……」


 いっちばん困る。が、まぁもう後は流れだ

 すると真凛亞さんが「はい」っと手を挙げる。


「なんでしょう」

「エロ漫画家として録画してていい? スマホで」

「ダメです」


 エロ漫画家、自分の性体験ですら資料にするの頭飛んでる。

 若干緊張もほぐれたので覚悟を決めて――


「ただいま帰りましたー」

「凄い雪だよ。雪国みたいに積もってるよ」

「雪程度で、私の帰宅を妨げられると思うなよ」


 玄関から雷火ちゃん、火恋先輩、玲愛さんの声が聞こえてきた。

 俺達はビクっとして、20分くらいかけて脱いだ服を20秒くらいで着る。

 間一髪着衣が間に合ったところで、雷火ちゃん達が談話室へと入ってくる。


「戻りましたー」

「そ、外吹雪いてるのに帰ってこられたんだね?」

「はい、姉さんがスノーモービルを出してくれて」

「スノーモービル? あれって公道走っていいものなの?」

「本当はヘリを使う予定だったんですけど、吹雪で飛べないってことで、仕方なく陸路を走ってきました」

「えっスノーモービル運転してきたの?」

「いえいえ、ちゃんとプロドライバーの方に運転してもらってですよ」

「へー、金持ちに常識で物を考えるのはやめるよ」

「姉さんが我々が帰らないと、ひょっとしたら家で悠介さんとママ先生たちが性の6時間を始めてるかもしれないって。そんなわけないですよね」


 笑いながら言う雷火ちゃんだが、あまりにも図星で、アパートにいた全員が視線をそらす。


「帰ってきてくれて嬉しいんだけど、停電してるから寒いよ」

「大丈夫です、わたしこんなこともあろうかとアパートの地下に、チャリでこいで発電する発電機を設置しておいたんですよ」

「な、なるほど用意が良い」


 俺は自ら志願して発電役となり、性の6時間が過ぎるまで電気を作り続け、アパートの暖房を稼働させた。

 今年のクリスマスは、どうやら朝までチャリ漕いで終わりそうだ。

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