第236話 マスターアップ

 そこから更に数日後、ラスボスのモデルが完成し、ようやく実装されることになった。

 そして俺はまた居土さんに相対する。


「居土さんできました」


 もはや居土さんは、俺を見るだけで苦い顔をするようになっていた。

 俺が仕様にちょいちょい首を突っ込んだりすること数十回、もはや首つっこみまくりだった。


「なんで”ありがとう”の一文をラストにいれるだけで、ムービーチーム含めてもろもろの連中がボロボロになってるんだよ」

「いや、演出的にありがとうって入れるだけじゃちょっと浮いてしまうので、どうするかと映像班とお話したら、ショートムービーを追加することになりまして」

「なりましてって………オレは聞いてないが」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」


 バカのふりをして、テヘペロと可愛らしく舌をだしてみるが、居土さんの顔は苦い。


「とりあえずこんな感じに……」


 俺は借りてきたノートPCで、出来上がったばかりのムービーを見せる。

 映像はラスボスの中にいる少女が、ボロボロになりながらも自分を倒した主人公を見上げる視点で「大好きな君……ありがとう私を殺してくれて……」と呟くものだった。


「お前これ完全にバッドエンドになってるじゃねーか。2周目の導線にするって話だっただろうが」

「それでですね、まだ続きがありまして」


 俺はムービー2と書かれたファイルを開くと、エンドロールが流れ一番最後に「君を必ず助けてみせる」と主人公ボイスとテキストを表示させ、ヒロインの心のキーアイテムの画像を一瞬だけ見せる演出を作った。


「お前これ昔のPCゲームでよくあった、エンディング中に真エンドイベントが起きるやつだろ」

「そうですね、昔のマルチエンドエロゲにあったやつです。一周回って新しいですよね」

「お前この主人公のボイスはどこからもってきた?」

「ボツ音源から合成しました」

「お前もうヤダ、勝手に変なの作ってくる」


 居土さんは顔を押さえていたが、その声には含み笑いが入っていた。


「こっちの方が面白いですし、ユーザーに次何すればいいか教えてくれて優しいですよね?」


 居土さんは、不機嫌そうに大きなため息をつく。


「誰が主導した。きっかけはお前だろうが、コンテとムービー作った奴がいるだろ」

「映像の安田さんです。安田さんエロゲ好きなんでしょうね。こちらのやりたいことが、すごくスムーズに伝わりました」

「安田め、クオリティ検証中は地蔵無口になってるくせに」

「クオリティ検証ってなんですか?」

「ゲームが面白くなるアイデアを出したり、実装したが面白くねぇシステムを省いたりする打ち合わせだ」

「なるほど。居土さん以外喋ってない打ち合わせが想像つきます」

「……お前とやってわかった、第三ウチの連中はやりたいことはあるがコミュニケーション能力が不足していて、オレの言いなりになってるってことが」

「居土さん893っぽいですから」

「あ゛? どこがだテメェ」

「そういうとこですよ!」

「開発終わったら全員コミュニケーション研修をやらせる。このままだとお前が開発の意見を吸い上げて、オレに言いに来るシステムになる」

「俺は嫌ですけど、皆がどうしてもというならやりますよ」

「オレが嫌なんだよ! テメェ申し訳無さそうな顔して、全っ然ひかねぇだろ!」

「ははは」

「なにわろてんねん」

「それで、ムービーの方いかがいたしましょう」


「うるせぇ、出来上がってるんだったらさっさと差し替えろ!」と色よい返事を貰えた。



 そしてそこから更に数日の時が過ぎ、とうとう不具合をすべて修正し、新規演出を追加した完全版が完成。

 朝日が差し込む開発室内にいるのは生ける屍ばかりで、これでもマシな会社と言われているのが恐ろしい。

 居土さんもフラつきながら、第三開発室の戦士に声をかける。


「明日社長の試遊が終わって正式にOKが出たらマスターだ。開発での作業は一旦ここで終了とする。全員、お疲れさん」

「「「おつかれーっす!」」」


 死に体のクリエーター達が、野太い声で一旦の終了を喜び合う。


「阿部さん、社長のリテイクってどれくらいの確率で返ってくるんですか?」

「ん~ぶっちゃけほとんど返ってこないでふ。もう直す時間もないでふし」

「えっ、じゃあ試遊って意味あるんですか?」

「社長は評価レビューをしてくれるでふ。この評価はとっても正確で、感想が良ければ大ヒットと思っていいでふ」

「逆に悪かったら?」

「タイトル打ち切りもザラにあるでふ」

「な、なるほど、つまり発売を待たなくても世間の評価がわかると」

「そういうことでふ。例えるなら凄まじく精度のいいフォミ通レビューでふね」


 フォミ通レビューが当たらないみたいに言うのはやめてほしい。


「試遊は恐らく丸一日を要する。それまでやることはねぇから、帰宅する奴は帰宅しろ。以上解散」


 居土さんも目頭を押さえながら辛そうな足取りで、マスター版のゲームとPSVINTAを持って社長室に向かう。


「兄君、ボク眠いから一回帰るね」

「わかった。ほんと協力してくれてありがとう、今度絶対何か返す」

「大丈夫、結納でいいよ」

「重いよ」


 天は半分夢うつつになりながら家に帰って行った。

 彼女のおかげでラスボスは完成したし、居土さんも多分冗談だと思うが「阿部クビにして、その子雇うか」って言ってたしな。


「じゃ三石君、正式にマスターしたら打ち上げするでふ」

「俺もいいんですか?」

「勿論でゴザル。三石殿の功績は大きい、きっと社長の試遊もうまくいくでゴザル」

「社長令嬢とそっちのメイドの子も一緒にでふ」

「自分何もしてませんが、よろしいのですか?」


 驚く真下さんに、大きくうなずく阿部さんと鎌田さん。


「「楽しみにしときます」」


 それから開発室のメンバーも、あくびを噛み殺しながら帰宅していく。


「俺たちも帰ろっか?」

「そうですね」


 俺も真下さんと共に開発室を出る。

 明日社長が試遊するってことは、少なくともリテイクがかかったとしても明後日以降になるはず。


「久しぶりに家で寝られる、こんなに嬉しいことはない」

「ふふっ、そうですね」


 よその開発室のメンバーが出社してくる中、第三開発室は帰宅していく。

 本社ビルの入り口で、山男ではなく第二開発主任の御堂さんと出会う。彼は笑顔で「朝帰りご苦労さん、ガハハハ」と俺の背中を叩いてエレベーターに乗り込んでいく。

 背中の痛みがちょっとだけ誇らしい。


 冷たい風に、朝日を浴びながら空を見上げると凄まじい快晴だ。

 こんないい天気なのに家帰って寝るって背徳感が凄い。

 コンビニのガラスにゾンビみたいな男と美女メイドが映っていて、ゾンビの方は自分かと気づいて驚いていると、今度は摩周が俺の前に現れる。


「よぉミッチー! 大丈夫か、すげぇブサイクな顔してるぜ」

「余計なお世話だよ。摩周、お前最後の方ほとんど出社してなかったけどどうしたんだ? 今日マスターだぞ」

「オレ様さ、今度第二で仕事するんだ。しかも最初からデバッガーじゃなくてプランナーだぜ」

「すげぇ、いいなぁ」

「オレ様ミッチー見てて、完全にプランナーの動き理解したから。はは~んそういうことねって」

「お、おぅ? 摩周、多分俺の動きは正解じゃないぞ」

「大丈夫大丈夫、主任とバトればいいんだろ?」

「摩周違うぞ」

「上司から摩周君、君の才能はプランナーではとどまらない。今日からチーフディレクターを任せたいとか言われたらどうすっかな~。ミッチーすまんな、遠い存在になったら」


 それは羨ましいとかじゃなくて普通に過労で死ぬぞ。


「摩周、マジでやめた方が良いぞ。第三開発は本当に異例の開発室だと思うし、普通あんなことしたら怒られるぞ」

「またまた、自分だけ認められようたってそうはいかねぇぜ」

「摩周、ほんとに嘘じゃない聞いてくれ。あれは居土さんだから成り立ってただけで」

「あっ時間だ、朝礼だし行ってくるわ」

「摩周、摩周!!」

「待ってろよ第二開発。オレ様が台風の目になってやるぜ、うははははは!」


 ダメだ行っちまった。

 まぁ摩周には凄まじいポジティブさがあるから、もしかしたらそれが良い方に転ぶかもしれない。

 第二開発が嵐で吹き飛ばされないことを祈ろう。




――――――

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