第237話 自宅最高
摩周を見送ってから帰りの電車に乗り込むと、朝のラッシュは終わっていて車内はガランとしていた。
真下さんと並んで座席につくことができたが、同時に強い暖房で眠気がエグいことに。
抗えないくらいの力で瞼が落ちてくる。
「三石様大丈夫ですか?」
「ちょっとだけ寝かせて~」
へろへろになった俺の意識が切れるのに一分も必要なかった。
◇
一式は一瞬で電源が切れてしまった悠介の横顔を見やる。
彼の寝顔はとても安らかで、やりきった感のある男性の顔だった。恐らくほんの少し揺らした程度では起きないだろう。
慣れない仕事、凄まじい激務の中、上司の叱責にも負けず戦っていたのだから、心身共に限界になることは無理からぬ事。
一式がその後ろ姿に視線を送っていたことに、本人は気づいていないだろう。
「とても、ご立派でしたよ。”ご主人様”」
一式が微笑みを浮かべると、電車が大きく揺れる。
その反動で悠介の体が一式の肩により掛かる……だけではなく、体がぐにゃりと折れて膝の上に頭を下ろしてきた。
「はっわっ」
そうはならんやろと言いたくなる電車内の膝枕が始まり、一式は慌てて悠介の体を起こそうとする。だが、今起こすのはあまりにも可哀想で手が止まってしまう。
「……ほんとは横になりたいですよね」
幸い車内に人は少ないので、多少の無作法も目をつむってもらえるだろう。
そう思ったが、メイド服が視線を集めるのかマダム達が一式を見て「いやね、最近の若い子は電車内でイチャイチャして」なんて言われ、顔面が沸騰する。
「三石様、屋外膝枕コースなんて貴方だけですよ」
一式は羞恥心を鉄の意志で封じ込め、イチャついてますが何か? と言わんばかりに背筋を正す。
「ほんとに責任とって専属契約してもらいますよ」
◇
帰りの電車を寝過ごして、自宅最寄り駅に降りたのは1時間後だった。
しかも真下さんによっかかるという最低なことをしてしまった。
「ごめんね、ほんとにごめんね」
「大丈夫ですので、ドアが閉まってしまいますよ」
俺は慌てて電車を降り、車内に残る真下さんに平謝りしながら見送る。
笑顔で大丈夫ですよと言ってくれたが、今度何かお詫びをしよう。
改札を出ながら、やらかしたと頭をかく。
「起こしてくれてもよかったのにな。1時間ってことは山之手線1周したってことか……」
うわぁ、ほんとに申し訳ないことをした。
多分起こすに起こせなかったんだろうな、真下さんはほんとに優しさの権化みたいな人だ。
歩きながら自宅に帰る道中、ゲーム開発のことが頭に浮かぶ。
マスターアップしたってことは、打ち上げが終わればもう開発室に行くことはないのだろう。
一時は自分が無能すぎてクビになったが、復帰後はそこそこ役に立てたんじゃないだろうか。
いろいろ辛い思い出も多かったが、今は寂しさが一番強いかもしれない。
「ゲームクリエーター、大変だったけど面白かったな」
次の仕事が決まってる摩周が、ちょっとだけ羨ましかった。
自分自身消費型オタクで、クリエーターなんて雲の上の存在だと思っていたが、今回のお仕事はとても良い経験になった。
それと同時に自分の将来像が、おぼろげながら浮かんできた気がする。
そんなことを考えならがマンションのエレベーターを上がり、自宅の扉を前にすると若干の感動がある。
「ようやく帰ってきた我が家だ。オタクとして家から離れたら死ぬと思ってたけど、案外会社泊まりでもやっていけるもんだ」
人間意外となんにでも慣れるもんである。
そう思いながらガチャリと扉をあけると、そこには湯気をまとう裸の静さんの姿があった。
ギリギリ湯気で見えてはいけない部分は見えていないが、寝不足の頭にむき出しのスイカップは毒である。
「朝風呂? いやもう昼風呂なのかな?」
「ユウ君、やっと帰ってきたのね!」
「リアルぱふぱふ!」
俺は裸の静さんに抱きしめられ、二度と会社泊まりなんかせんわと手のひらを返した。
◆
マスターアップから数日後――
社長室で水咲遊人はPSVINTAを持ったまま、二度目の夜が明けようとしていた。秘書から散々仕事してくださいと言われているが、社長にとってゲームの試遊も十分に仕事なのだ。
だから仕事はしているのだ。だがいつもと違い、今回は深く没頭しているのがわかる。
大体いつもは丸一日遊んで評価を言い渡しているのだが、このゲームに関してはやりこみ要素を終わらせて、真エンドを見ないと評価がくだせないと思ったからだ。
なぜそう思ったかは、一周目が明らかなバッドエンドだったのだ。
最初ヒロインが助けられない後味の悪いゲームなのかなと思ったが、ヒロインはエンディング直前に「殺してくれてありがとう」と残して、プレイヤーに別れを告げ自身の死を受け入れた。
これは許せるものではない。絶対にヒロインは助けられるはずだ。
エンドロールの最後に映ったキーアイテム、ヒロインの心。
道中で拾った使途不明なアイテムだったが、これが真エンドの鍵だったのかと遊人は驚かされた。
本当はそこでゲームを辞めなければならないのだが、気づけば次の周回を開始していた。
その中で気づかされる時間制限イベントや、周回後にしか倒せないモンスターの数々。これは間違いなく2周でワンセットのゲームだと気づくが、どうにも最後のヒロインの心が見つからない。
どこだ、どこだ? と熱中して遊んでいるうちに、社長業務が何も手につかないまま2日が経過してしまったのだった。
そしていい加減にGOサインを出さないと、納期に支障が出るタイムリミットを迎えた遊人は
「失礼します」
「…………」
まさか丸二日も遊び倒すとは思っていなかった為、居土を含めた開発室のメンバーは、何か重大な欠陥でも見つかったのではないかと戦々恐々としていた。
「あのねぇ……これなんだけどさぁ……」
「はい」
「最後のヒロインの心が見つからないんだよねぇ……」
「言ってよいのですか?」
「君、僕がどの心を見つけてないかわかるの?」
「それはまぁ……バイトが最後に追加したやつが最難関だろうと思いますので、多分……」
誰を思い出しているのか居土の顔は苦笑いだった。
「あーダメダメやっぱ言っちゃダメ、自分で見つけるから。評価は一日目の時点で既に出てたんだけどね、これ凄く面白いよね」
「ありがとうございます」
「一周目のラストとか僕泣いちゃったよ。ありがとう演出は反則だって。エンドロールの後の君を必ず助けてみせるって、見事に僕の気持ちを代弁してくれてるよね。いいものができてるよ居土君。これ
「ありがとうございます」
遊人が面白い、良いと言ったものは必ず売れるとまで言われている、その中で一番良い神ゲーの評価をもらえた。
普段は怒り以外の感情を表に出さない居土も、小さくガッツポーズをとる。
「気が早いけど、開発者には全員ボーナスだしとくよ。うん、いいよこのゲーム。マスターアップだ」
ようやくマスターアップの言葉を聞けて、居土はほっと胸をなでおろす。
「主任として腕を上げたね居土君」
「お嬢さんが良い仕事をしてくれました」
「お嬢さん?」
「ええ、聞いてらっしゃらないんですか? ご息女の天君が、開発の手伝いをしてくれて」
「あの子、僕のこと嫌いだからね。それであの子何やったの?」
「ラスボスの原案です」
「道理で……僕が言うのもなんだけど、あの子の描く絵は人を引きつけるよね」
「あの歳で見事な造形、色使いだと思います」
「だけど、彼女がゲーム開発に加わるなんてどういう風の吹き回しなんだろうね」
「恐らく男の影響じゃないかと」
遊人は自身の持っていたPSVINNTAを、強く握りしめて液晶がパキッと割れる。
居土は地雷を踏んだと気づいて、慌てて訂正を入れる。
「あっ、えっとちょっと前に入ってきた新入りが”お友達”だったようで」
「まぁ友達につられてバイトすることはあるよね」
「その新入りもいい仕事してくれたんで」
「新入りって摩周君?」
「いえ、そっちではなく開発始まってから入ってきた奴で。大きなトラブルを解決してもらいました」
「へー、君が人を褒めるなんて珍しい」
「そいつがデバッグででかいバグを見つけてなかったら、第三は吹っ飛んでました」
「ほー、救世主じゃないか。天と知り合いで、仕事ができる男とはね。相当なイケメンと見た」
「イケメンではないです。仕事もできるかっていうと判断は微妙なんですが、わりと熱はある男です」
「ほー、僕もそのうち会ってみたいね。聞いても知らないと思うけど、名前は?」
「三石悠介という、まだ高校生です」
遊人はその名前を聞いてピクリと反応する。
「三石悠介ね……彼が天を?」
「ええ、だいぶ仲が良いようで」
「そうか……もう下がっていいよ」
「ありがとうございます。失礼します」
居土が去ってから、遊人はため息をつく。
「娘に男ができるというのはやはり複雑な気分だね~。伊達さんの気持ちが少しわかる」
ゲームのしすぎで疲れた目頭を押さえると、部屋の電話が鳴り響く。
「もしもし」
『社長、伊達様からお電話です』
「タイムリーな話だ。繋いで」
『……遊人、ワシだが』
「あぁ伊達さん、写真は既に送ってありますよ」
『おぉ、そうか! これであの男を伊達から追放できるわ!』
「事を始めるなら迅速にお願いします。玲愛嬢が帰ってくると、あの程度の写真、簡単にひっくり返されますよ」
『わかっておる。玲愛が帰ったときには、次の許嫁が内定しているようにする』
「あっ……伊達さん、彼を追放したらウチにくれませんか?」
『それは構わんが。本当に引き取るのか?』
「えぇ……もしかしたら彼、本当に”水咲悠介”になるかもしれませんね」
ゲーム企業編 前編 了
―――――――――
波乱の種を残したところでA2は完結となります。
A1、A2あわせて大体文庫本一冊強くらいとなっており、一旦ここで区切りにします。
ゲーム企業編は後のA3となるコミケ編の2つで一つのストーリーになっていて、今現在前半戦が終了したと思ってください。
次回のオタオタは
1 オタク追放される
2 玲愛帰国できず
3 伊達、水咲全面戦争の三本でお送りします。
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