7.5 オタオタ A2.5

第238話 カメラマン

※ 次章に入る前のショートストーリーです。

――――――――――――



 久しぶりに帰ってきた自宅で静さんと夕食をとり、まったりとした時間を過ごしていると急に成瀬さんが抱きつき体当たりをしてきた。


「びえーん、びえーん、ちくしょう~」

「どうしたんですか成瀬さん、大の大人がはしゃいで」

「泣いてんだよ、この野郎」


 嘘泣きから急にコブラツイストにかわり、俺の体はみしみしと締め上げられる。


「いだだだだ、わかりましたちゃんと聞きますから!」


 なんとか解放してもらい話を聞くと、どうやらオーディションにまた落ちたらしい。


「また音楽事務所からお祈りメールが届いたと。そのうち受ける事務所なくなりそうですね」

「笑いごっちゃねぇよ」

「最近どこも音楽事務所は厳しいって聞きますし」

「それもこれも全部Mutyubeのせいだ。あいつがタダで音楽垂れ流すせいでミュージシャンが苦労すんだよ」

「あなたそこが主戦場でしょうが」


 俺はPCから成瀬さんのツブヤイターにアクセスすると、メールフォームの通知が1000件を超えていた。


「成瀬さんメール読まないんですか?」

「ツブヤイターに来るDMは、大体殺害予告とオジサン構文のラブレターだから読まん」

「それはきつい」


 DMに目を通していくと、確かに自分語りおじさんのきついモノや、ヤラせてくれ、なんて書かれたお下品極まりないメールが多い。

 だが、その中で一つ丁寧な文面のメールを見つける。


「成瀬さん、KK出版からグラビアの依頼来てますよ」

「なに? どうせヌードだろ」

「週刊プレイジャーニーの水着モデルだそうです。単刀直入にエロすぎMutyuber特集だそうです」

「そこまで開き直ってると逆に清々しさすらあるな……。でも体裁ちゃんとしてても、実際撮影行ったら脱げって言われたりするから、気はぬけねぇ」

「ここ親会社水咲なんで多分大丈夫ですよ。もしそういういかがわしいのだったら、水咲に言えばいいだけですし」

「あたしゃ別にグラビアアイドルになりたいわけじゃないんだが」

「まぁでも、名前売っていくにはこういうのも受けたほうがいいんじゃないですか? 実績になりますし、プレイジャーニーのグラビアやったことありますってプロフに書けるのは大きそうですけど」


 プレイジャーニーは週刊誌の中でも名前が通ってる方なので、ここで名前を露出させるのはいいことだと思う。


「でもなぁ……」

「俺も撮影ついて行きましょうか? 変な奴だったら俺が断りますよ」

「おぉ頼もしいじゃねぇか」


 急に脱げって言われたら成瀬さんカメラマンぶん殴りそうだから、そっちを止めたい。


「……じゃあやってみっか」



 撮影の日取りはすぐに決まり、都内某所にあるホテルに呼び出された。

 撮影は地下にある温水プールを貸し切ってやるらしい。


「金かかってますね」

「さすが大手出版社だな」


 二人ですげぇなと言っていると、カメラマンらしき若い男性が俺たちに挨拶に来た。


「どうも、プレイジャーニー専属カメラマンの斎藤です」

「か、カメラマン男か……」


 カチコチになってる成瀬さんを肘でドンと押す。


「ど、どもっす、なるるっす!」

「えーっと、こっちの男の子は?」

「え、えっと弟です」


 さすがに関係ない男ですと言うわけにはいかないので、俺はその嘘に乗っかる。


「弟です。エロい撮影しないか見張りにきました」

「あはは、大丈夫安心して、僕はヌード撮影はしないから」


 爽やかな斎藤さんだったが、もしかしたらその笑顔の裏で実は何人ものグラビアアイドルを食い物にしているかもしれない。

 油断はできないぞ。


「じゃあお着替えお願いします」

「は、はい」


 成瀬さんは指定された部屋に着替えへと向かう。

 俺は部屋の外で待ちぼっけしていると、撮影を終えた大物コスプレイヤーKinakoさんが、目の前をガウン姿で通り過ぎる。


「うぉKinakoさんだ。Mutyuber限定じゃなかったのか?」


 いや、Kinakoさん配信もやってるもんな。コスプレイヤーと配信者の境界線なんてよくわかんないものになってるし、グラビアと言ったらKinakoさん呼んどけみたいになってる。

 それからしばらくして、着替え部屋の扉が開き、爆乳をヒョウ柄のセクシービキニで包んだ成瀬さんが姿を現す。

 へそピアス、金のブレスレット、ウェストチェーンをつけており、ゴテついたアクセサリーがお下品感を演出する。

 

「召喚魔法でビッチを召喚したら成瀬さん出てきそうですね」

「うるせぇ、用意されてたのがこれだったんだよ」

「その水着が世間のイメージってことですね。ってかガウン着ていかないんですか? その格好でうろつくのはさすがにまずいですよ」

「あっ」


 成瀬さんは慌ててガウンをとりに部屋へと戻る。

 この人、相当緊張してるな。



 不安を残したままプールサイドで撮影が始まる。


「では撮影を開始します。ご家族さんは離れた位置で待機してください」


 俺はプールの逆サイドから撮影の様子を見守ることになった。

 案の定成瀬さんはガッチガチになっており、体も表情も石みたいに硬い。


「ではなるるさん、綺麗な姿勢でモデル歩きしてもらっていいですか。プールサイドをゆっくり回りましょう」

「も、モデル歩き」

「なるるさん、手と足が一緒に動いてます。もっとリラックスして」

「リ、リラックス」


 成瀬さんは混乱魔法がかかったようにフラフラとしており、瞳なんか渦巻状になってる。

 俺は遠目に見ながら、ありゃダメだなと顔をしかめていると、予想通りつるんと足を滑らせてプールの中へと落ちた。


「なるるさん大丈夫ですか!?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶっす」


 動きのあるポーズはダメなので静止画の撮影を行うが、もう完全に成瀬さんのポーズが土偶にしか見えない。

 なんだあのカッチコチなポーズは。

 カメラマンもそれをわかっていて、なんとかリラックスさせようとするが改善せず。

 あまりにも困り果てて、斎藤さんは俺を手招きで呼び出した。


「あの、ご家族さん。ちょっと緊張といてもらえません? これじゃ使える写真が一枚もないです」

「ですよね、本人あれでも頑張ってるんです」

「ちょっと一緒にプール入ってもらえます? ご家族さんを映さないように写真をとりますので」

「わかりました」


 俺は海パンに着替えて、成瀬さんの前に立つ。


「お前なんで海パンはいてんだ?」

「あなたが20年前のガンプラみたいな可動域ポーズしてるからじゃないですか」

「カ、カメラマンが男だとマジで緊張してなんにもできねぇ」

「その格好で初心なこと言わないで下さい」


 こりゃダメだ、手と足が震えちゃってる。

 男だと一発ビンタでもすると気合が入ったりするんだが。

 ……しょうがない、俺も本当はやりたくないが。

 俺はすっと手をあげ、素早く振り下ろす。


「…………」


 勿論ビンタなんかするはずなく、俺の手は成瀬さんの胸に触れていた。

 なかなかに柔らかくスイートなさわり心地。


「テメェ……いい度胸だな」


 俺は成瀬さんにプールへと蹴り落とされ、カメラマンをほったらかしにしたまま水中鬼ごっこが始まる。


「緊張をとこうとしたんですよ!」

「うるせぇ土左衛門にしてやるよ!」


 数十分後、俺はプールサイドに打ち上げられ成瀬さんに馬乗りになられていた。


「ちょこまか逃げやがって」

「ひぃ助けてぇ」

「へへっ、誰が逃がすかよ」


 俺をケツに敷いた成瀬さんが悪い笑みを浮かべていると、カメラマンがすかさずその表情を撮影する。


「いいよなるる君、そのまま両手を凸指にしてみようか」


 成瀬さんがノってくるとローアングルから、シャッターを切りまくる斉藤さん。


「いいねいいね! そのまま舌出して、もっと弟君を見下した目をして!」


【パシャパシャパシャ】


「最高だよ! 最高だよなるる君! 今君は女豹だよ! はい、OK!! いいのが撮れたよ!!」

「えっ?」


 俺たちが困惑してる間に撮影は終了。

 プールで遊んでただけだが、あんなのでいいのだろうか?


 着替えてスタッフさんに帰りの挨拶をすると、カメラマンさんから「すごく良かったよ、気弱な彼氏を押し倒してるビッチな彼女みたいで最高だった!」と褒められてんのか、よくわからない評価をもらった。



 後日――


 本来1ページの予定だったのだが、成瀬さんのW凸指写真は、見開きで使われることになった。

 各業界からとても良い写真だと絶賛され、ページが増量したらしい。

 明らかにファンは増えたと思うのだが、当人のテンションはすこぶる低かった。


「成瀬さん、DMにグラビアの依頼3件きてますよ」

「もうグラビアは受けねぇ……」

「なんでちょっと凹んでるんですか?」

「プロカメラマンの前だと、アガって鉄人になっちまうってわかったから」

「Mutyubeやったり、アイドルやったりしてるくせに」

「いっぱいいるのは大丈夫なんだよ。カメラマンとタイマンになるとほんと無理」

「じゃあ練習しましょうよ」

「練習?」

「風呂場で水着撮影しましょうよ。俺アイポンでカメラやるんで」

「……それでよくなるか?」

「大丈夫です、せっかくオファー頂いてるんですし頑張りましょうよ」

「お前、良いやつだな。本番もお前がカメラマンやればいいのに」


 言えない、ほぼ9割くらい下心でエッチな写真を撮ろうとしてることを。

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