第239話 お願いオタクマッスル

 休日、相野にジャージ持参で駅前に来いと言われていた。

 そこで突然始まる、相野のモテ講座。


「悠介、なぜオレがモテないかわかるか?」

「オタクだから」

「違う」

「ん~顔が悪いから」

「まぁまぁ結局顔なのは認めるよ、でもオレも案外イケてなくはないよね?」

「メガネとかカッコイイしな」

「顔を褒めろよ!」

「そんな話をしたいわけじゃないだろ?」

「そうだった、オレがモテないのは運動系じゃないからだと思う」

「それはあれか? サッカー部はモテる的な」

「そうだ。だがそれだけではない、女というのは総じて筋肉に弱い生き物だ」

「いろんなところを敵に回しそうな発言をするね君」

「運動部の筋肉と爽やかなオーラ、それに対してオレたちはどうだ? このオタクのひょろく陰鬱なダメオーラ」

「とてもモテるとは言い難いですね」

「サッカー部の飛び散る汗は美しい。女の子たちはキャァ素敵ってなるが、オレたちの飛び散る汗は腐海の汚水のごとく嫌悪される」

「言いたいことはわからんではないが」

「というわけでだ」


 意味もわからず駅前を歩かされていたが、とあるビルの前で立ち止まる相野。

 MISAKIスポーツと書かれたジムは、全国展開しているスポーツクラブで一般人からアスリートまで幅広く利用されている。


「爽やかな汗をかきにきた」

「えぇー……運動きらーい」

「悠介、お前もちっとは運動しないとブクブク太る……」


 相野はデスマーチで痩せた俺を見て視線をそらす。


「とにかくだ。運動神経が悪くても鍛えることはできる。マッチョな体を作れば、女の子はキャア素敵な上腕二頭筋! 抱いて相野君! ってなるわけだ」

「お前の想像の女チョロすぎん?」

「行くぞ、オレのたくましい背中に続け!」


 鼻息荒くジムに飛び込んでいく相野。



 体験入会の俺たちはジャージに着替え、インストラクターのお姉さんに案内されて、施設内のマシンや機具の説明を受ける。


「こちらの運動機器だけでなく、向こうの教室ではヨガや太極拳、ボクササイズの練習も行えます」

「なるほどなるほど、うんうん」

「…………」

「地下にはプールもあり」

「そりゃすごい」

「…………」


 俺はなぜ相野が急にここに誘ったのかを理解した。

 それはインストラクターのお姉さんが美人だからだ。

 こいつ窓に映るインストラクターにつられて、ここに来たな。


「初回ですので私中山美樹と、もう一人のインストラクターゴリ山じゃなくて、郡山武蔵こおりやま むさしが個別につきます。相野さん三石さん、担当者のご希望はありますか?」

「オレは中山さんでお願いします!」


 くっ遅かった。中山さんをとられてしまった。

 ゴリ山とか、名前からして筋骨隆々なマッチョメンな気がしてならない!


「はい、では相野さんには私がつきます。郡山さーん、三石さんをお願いしまーす」

「はい、ご案内します」


 俺についたのは、身長2メートルくらいのゴリラではなく、浅黒い肌をした中年マッチョメンだった。


「どうも郡山です。気軽にゴリさんって呼んでね」


 かわいくウインクするゴリさん。

 俺が図ったな相野と睨むと、奴は騙される方が悪いんだよと舌を出した。


「では相野さん、ご希望の運動はありますか?」

「えーっとぉ、オレバーベル持ち上げるのやりたいっす」

「ではベンチプレスに行きましょう」


 あの馬鹿のことだから、重いバーベルを持ち上げて「キャア素敵相野さん」って言われようとしているのだろう。なんて浅はかなやつなんだ。

 お前の筋肉でバーベルが持ち上がるわけがないだろ。

 相野の思惑を見抜いていると、ゴリさんが同じように声をかける。


「三石君は、何かやりたい運動はあるかな?」

「え、えぇ~っと……ランニングマシンで」


 正直何もやりたくなかったが、ランニングマシンなら一人でやれると思ったからだ。

 しかし、俺もまた浅はかだった。


「もっともも上げて! 姿勢崩れてるよ!」

「はっはっはっはっ!」


 めっちゃきつい! 学校のランニングより遥かに速いスピードで走らされてる。

 ってか、ゴリさんがずっと隣に立って指導してくる。

 しかもスパルタすぎて、どんどんマシンを加速させていくので、足がついていかない。


「いけるいけるいける! 諦めんな! もっと走れる! 負けんな戦うのは己自身だ!」

「はっはっはっはっ!」


 俺全力疾走してる! もうこれランニングじゃない! きついぃぃ!!

 こっちが地獄を見ている時に、横目で相野の方を見やると中山さんとキャッキャしながらトレーニングしてやがる。

 くそ、今度あいつの机の中に食いさしのパン仕込んでやる。


「足が落ちてるぞ! もっと気合入れろ! 80%の力じゃ筋肉は喜ばない! 筋肉は生きてるから100%出さないと!」


 くそっ筋トレ好き特有のよくわかんないこと言い出しやがって。筋肉生かして俺が死んだら意味ないだろ。絶対こんなクラブ入会せんわ。

 泣きそうな俺は唸りを上げるマシンのスピードに負け、ずっこけて流されていく。


「三石君頑張るんだ! 限界を超えれば筋肉は産声を上げる! レッグエクステンションだ!」

「助けてくれー! トレーナーかえてくれー!」


 俺が悲鳴を上げると、意外な人物が声をかけてくれた。


「兄君、どしたの?」

「三石様?」


 振り返ると、ジャージ姿のアマツと真下さんの姿があった。

 天はゴリさんに「後はボクが面倒見ますので」と言って、引き下がってもらった。


「えっ、二人共なぜここに?」

「ボクは体鍛えに」

「自分もです。腹筋がないと声量がでませんので」

「ボクら同じジムを使ってるって知って、時間が合うときは一緒にやることにしてるんだ」

「ほー」


 そうか、天は役者だし真下さんは声優だもんな。そりゃ筋トレくらいしてるか。


「兄君は絞ってるの? ってか絞るとこあるの?」

「減量に来たんじゃない。俺はバカの思いつきでひどい目にあってる」


 天はぺらりと俺のシャツをめくると、汗にまみれた腹筋を見やる。


「兄君ひょろいなぁ」

「自分はこの腰の細さ好きですよ」


 真下さんは赤面した顔で何を言っているのだろうか。


「じゃあ兄君、一緒に筋トレしよっか?」

「頼む。ゴリさんに一瞬でボロボロにされたから優しくしてくれ」


 それから俺たちはレッグプレスマシンや、フィットネスバイクを使ってトレーニングを行う。

 途中からフィットネスバイクを全速力で、一番長く漕ぎ続けられたら勝ちなどのゲームを行う。


「ぐおおおおきついいいい!」

「負けないよ!」

「頑張ってください!」


 天と一騎打ちになり、己のプライドをかけてペダルを漕ぐも、やはり普段から鍛えてる人間には勝てなかった。


「ボクの勝ちぃ!」

「はぁはぁはぁはぁはぁ、もう動けん」


 ジャージを脱ぎ捨て汗だくで床に転がると、真下さんが素早くタオルと酸素缶を持ってきてくれる。


「大丈夫、兄君?」


 倒れた俺を覗き込む天。ほんとこいつ王子様みたいな顔してるな。少女漫画みたいにキラキラした汗かいてやがる。


「ちょっと納得がいかねぇ。天次あれだ、あの腕を閉じたり開いたりする奴」

「バタフライマシン?」

「腕力で男が負けるわけにはいかない」

「正確には、あれ大胸筋鍛える奴だけどね。確かに女に負けるのは恥ずかしいねぇ~」


 天はクスクスと笑いながらマシンに座り、両手を大きく開いてグリップを握る。

 二人並んでガッシャガッシャと音を立てて、回数を競い合う。


「兄君、息上がってるねぇ」

「そっちは、余裕、そうだな」

「ボクは慣れてるからね」


 まずい、このままじゃまた負ける。

 ここは場外戦に持ち込まなくては。


「天……ブラジャー透けてんぞ」

「えっ!? 嘘っ!?」


 慌てて自分の姿を確認するが、ジャージなので透けるわけがない。

 だが、動揺したせいで大きなロスが生まれた。


「騙したね!」

「騙される方が悪い」


 俺が相野譲りの悪い笑みを浮かべていると、天はジャージをさっと脱ぎ捨てスポーツブラ姿になる。

 その状態で腕を閉じたり開いたりするもんだから、胸に視線がいってしまう。


「卑怯だぞ天!」

「なにが~? よくわかんないなぁ~」


 くっ、確信犯め!

 こいつプリンスみたいな顔して巨乳つけてんだから、反則としか言いようがない。


「兄君、バタフライマシンってバストアップに効果あるんだよ」

「!?」


 こ、こいつ高度な心理戦を仕掛けてきてる。

 くそっ天のバストサイズが気になって集中できない。92……93はあるのか?


「96のI」

「えっ?」

「なんの数字だろうねぇ?」


 意味深な数字とアルファベットを呟いて、ニヤニヤする天。

 Iカップなのかお前は!? 王子様みたいな顔してそんな爆乳してるのか!? パンパンに張ったスポーツブラを見ると、嘘とも言いきれない。チクショウめ! 気になって筋トレどころじゃねぇ!


「頑張って下さい三石様! フレッフレッ三石!」


 形勢が不利になって、真下さんが必死で応援してくれる。


「真下さん、俺が勝ったら……ジャージを脱いでもらっていいですか?」

「は、はい、別に構いませんが?」

「シャーオラァ!!」

「「負けるかぁぁ!!」」



 熱い戦いを繰り広げる悠介たちを、相野は指を咥えて見つめていた。


「オレもクラスの女子に応援されながら、クラスの女子と筋トレバトルしたい(※美女に限る)」


 いいもん、オレには中山さんがいるもんと思う相野だったが、振り返るとゴリさんが笑顔でマッスルポーズをとっていた。


「あの……中山さんは?」

「中山は交代の時間ですので、ここからはこのゴリさんが指導しますよ」

「…………チクショウめぇーー!!」

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