8 オタオタ A3

第240話 オタク追放 Ⅰ

 朝九時、俺は伊達家の前に立っていた。

 剣心さんからかなり気になるメールを受け取り、呼び出されたからだ。

 内容は『ある写真で聞きたいことがある』と。


「……写真?」


 全く身に覚えのない話に不気味さすら感じる。

 しかも今現在玲愛さんは日本にいないので、なにかトラブルが起こっても誰かに頼ることはできない。

 俺の指先がインターホンに触れようとしたとき、後ろから声がかかった。


「もう来ておったのか。丁度良い」


 驚いて後ろを振り返ると海原勇山ではなく、伊達家頭首である剣心さんが、くそ寒い中和服で下駄をカランコロンならしながら庭を歩いていた。


「お、おはようございます」

「……うむ、来なさい」


 眉間にシワを寄せた剣心さんは、いつも使っている客間ではなく、離れにある剣心さんの私室へと俺を連れて行く。

 離れは客間と同じように広い畳敷きの部屋があり、さして構造は本邸とかわらなかった。


 初めて入る剣心さんの部屋に緊張する。

 別に女の子の部屋に入るわけじゃないんだからと思うのだが、そこかしらに飾ってある掛け軸やら瓶やらに触れて壊したりすると、何億円という損害がでそうで恐ろしい。


 なんでこっちの部屋に呼ばれたのだろうと思いながら、正座して座卓の前に座る。

 対面に笑天みたいな巨大な座布団を敷いて、その上に正座する剣心さん。


「これからする話は、お主の将来に関係することだ」

「は、はい」


 えっ、そんなやばい話するの? と驚いていると剣心さんは厳しい視線で俺を見据える。


「お前と娘の許嫁関係を解消したい」

「へっ? あっあの、よくわからないんですが……」


 全然理由がわからず、嫌な汗が全身から吹き出る。


「これを見よ」


 剣心さんは用意した、今どき珍しい現像された写真を机に置く。

 そこには俺と、顔にモザイクがかかった女性が添い寝している姿が映し出されていた。

 女性は胸元が開けており、これだけを見ると事後スパークしているようにしか見えない。


「な、なんだこれ!?」


 つい素の声が漏れてしまった。


「貴様の浮気の証拠写真だ。まぁ結婚しているわけではないから、浮気と言うには語弊があるが」

「う、うわき?」


 いや、ちょっと待ってくれ、ここに映ってるのが静さんや水咲の誰かだったら、俺もすみません……ってなるが、このモザイクの人物は明らかに水咲や静さんたちの誰にも当てはまらない。

 なぜなら理由は単純で、髪の長さや色が違う。

 水咲は派手な金髪だし、静さん達は皆ロングヘア。写真の女性はミディアムヘアというのか、肩ぐらいまでしか髪が長くないし、色は茶色だ。


「誰ですか、この女性?」

「とぼけるではない!」


 剣心さんがドンッとテーブルを叩く。


「ほんとに知らないんです! もしかしたら知ってる人かもしれないですけど、モザイクをとってください!」

「ならぬ。相手のプライバシーを守るという理由でモザイクをかけておる」

「プ、プライバシーって……」

「この写真は合成鑑定を行っており、何かしら加工が加えられたものではない」

「えっ!?」


 合成やCGじゃないなら本当にこの写真は、どこかで撮影されたものということだ。


「それがどこで撮られたものかわからぬか?」

「は、はい」

「とあるカラオケ店と言えばわかるか?」


 俺ははっとする。そうだ、ここ確かこの前劇の打ち上げでいったカラオケ店だ。

 あの時寝不足で、相野達が気を利かせて別室で寝かせてくれてたんだ。


「剣心さんわかりました!」

「何がだ?」

「これ、ただ寝てるだけです! 俺この時寝不足で、ぶっ倒れてただけなんです! きっとそのとき女子がいたずらしたんじゃないかと」

「悠介……それを誰が証明できる?」

「寝てたので……証明はできないですけど」

「この写真の女は胸元を開いておるな」

「は、はい……」

「このいかがわしい証拠写真と、寝ていたという貴様の証言……どちらが信憑性が高いと思う?」

「…………」

「しかもワシは、この写真の状況を細かく聞き、店にも調査を入れた。お前が女と共にそこに入ったという証言もある」

「クラスメイトと行きましたので、その中には確かに女性もいましたけど……」

「他にもこれを入手した」


 剣心さんがもう一つ取り出したのは、ビールとおつまみが書かれたカラオケ店の領収書のコピーだ。


「貴様、飲酒までしていたとはな」

「してません! 本当にしてません! 俺はアルコールは本当に飲んだことありません!」


 さっきの写真は悪戯であるかもしれないが、飲酒は本当にやってない。こっちは絶対捏造だ!


「悪いが貴様の言葉には全く信憑性がない。例え貴様が飲んでいなかったとしても、未成年で飲酒するような連中と一緒にいたことになる」


 あの時打ち上げには、クラスメイトほぼ全員が参加していた。その中の誰かが頼んだ可能性は完全に否定できない。


「更にもう一つ、貴様学校を欠席しておるな? 何やらバイトをしているとか」

「うっ……それは、その……お仕事で」

「学生の仕事は学業だ! それ以外にない!」


 確かに、これは俺の素行に問題がある。いくら大切な仕事と言っても、学生が学校を休んでまですることではない。


「ワシはこれらの件を重く見て、お主の許嫁解消を決めた。本当ならば今すぐ出て行けと言いたいところではあるが、もう一つ話がある」

「話?」

「お前を娘の許嫁にしたいと言ってきた人物がいる」

「俺をですか?」

「その相手はお前も知っておる水咲遊人だ」


 遊人さんは先日のバイト先の社長であり、天、月、綺羅星の父親だ。それが急になんで?


「あやつの娘が大層お前のことを気にいっていると聞いている。驚くことにこちらと同じく三姉妹全員がだ。それはワシも、あのまがい物の結婚式で確認しておる」

「は、はい……」

「遊人から相談を受けたのだ。自身には三人の娘がいるが、次女と三女の仲が悪いと。だがとある出来事の後、急に仲が良くなった」

「…………」

「長女は、幼少期から想いを寄せている人物がいる。その人物と再会できて、とても喜んでいる。この三人に共通の接点がある人物、それがお前だ。わかるな」

「……はい」

「遊人は、お前を娘に与えてやりたくなったそうだ」


 与えてみたいって俺は玩具かよと思うが、遊人さんからしたら、俺なんて娘の機嫌をとる道具の一つにすぎないんだろうな。


「ワシはお主の火恋達への振る舞いに疑問を感じておる。悠介よ、本当に一人を選ぶ気があるのか?」


 俺はそれを言われて息がつまった。

 この話は玲愛さんによって、三姉妹同時許嫁として決着したはずだ。それを通常の倫理を持ち出して蒸し返してきてる。


「玲愛に誰が跡取りを作るのだと聞いても、4P孕まセックスで命中したものでいいのでは? とふざけたことを言いよる。性が乱れておる!」


 ダンッとテーブルを叩く剣心さん。

 玲愛さん、お父さんに孕まセックスはまずいですよ。

 剣心さんは自分で言ってて腹立ってきたのか、どんどんヒートアップしていく。


「お前の結婚は自由な恋愛ではない! あくまで家の跡継ぎの為の話だ。先月の催しごとであった結婚式もワシは不快であった。9人と同時に挙式をあげるなど言語道断だ! 本当ならこの手で叩き斬ってやりたかったわ!」

「す、すみません」


 いや、あなた刀振り回して叩き斬ろうとしてたじゃないですかとは言えない。


「ワシは伊達の許嫁として、お前の態度に甚だ疑問だ。玲愛が帰ってくるとまたややこしくなる。その前にお主を水咲の元に送りたいと考えている」

「………」


 なんかきな臭いな……。いろいろと並べているが、玲愛さんがいない隙に俺を追い出したいという剣心さんの魂胆が透けて見えている。

 合成の話も本当に鑑定したのか? という疑問がわいてきた。


「跡取り問題は伊達において死活である。安易な気持ちでおると誰に迷惑がかかる?」

「伊達家……です」

「悠介、水咲では一人に絞るという制限などは設けないと遊人は言っておる。あちらでは跡継ぎの話も伊達ほど硬苦しくなく、嫌なら継がなくて良いとも言っておる。お主は伊達より、あちらの水の方があっているのではないか?」

「…………」


 これは選択肢がある風に見えて、実際はどうあがいても水咲を選ばされるパターンだな。

 どうする、どうすればここから起死回生できると考えていると、障子越しに家政婦の田島さんの声が響いた。


「旦那様、お嬢様たちが揃われました」

「うむ、すぐに行く」


 剣心さんはゆっくりと立ち上がる。


「この話を娘の前でも行う。当然この写真も皆には見せる」


 終わった。火恋先輩、雷火ちゃんの失望の顔が目に浮かぶ。


『悠介さん信じてたのに……』

『わたし達を裏切っていたんだね』


 きっとそんな言葉をかけられるだろう。

 剣心さんはここで娘の気持ちを俺から遠ざけ「雷火たちもお前のことを嫌いと言っておる、大人しく出ていってくれ」と言うつもりなのだろう。


 完全に追放しに来てるぞこれ……。


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