第241話 オタク追放 Ⅱ

 剣心さんは写真を見せると言って、本邸の客間の方に向かって歩き出す。

 俺は行かせてなるものかと、剣心さんの足にしがみつく。


「義父さんやめましょう。そんな変な写真を皆に見せるのは!」

「ええい離さんか! やましい思いがないのであれば、別に見られても問題なかろう!」

「やましい思いがなくても、そんな写真見せるのはよくないと思います! 義父さん!」

「ええいワシのことを義父さんと呼ぶな!」

「パパさん!」

「そういう意味じゃない!」


 剣心さんは俺を足蹴にして振り払うと、歩いているのに走っているより速い歩行術で本邸へと入っていく。

 俺も慌てて追いかけると、客間には既に雷火ちゃんと火恋先輩、もう一人真っ黄色のバナナみたいな色のスーツを着た中年男性が正座していた。

 高そうな丸メガネをかけた男性は、俺を見てにこやかな笑みを浮かべる。


「やぁ娘からいろいろ話を聞いてるよ。こうやって面と向かって話すのは初めてかな」

「あなたは……」

「水咲遊人。水咲の社長さ」


 この人が天たちの父親。

 思っていたよりも普通のビジネスマンっぽく、多分俺のオヤジと同じ4,50歳くらいだと思うのだが、30代でも通りそうなくらい若々しい。

 彼は値踏みするような目でじっくりと俺を見つめた後、ため息をついた。


「普通だね。50点」


 酷い点数をつけられていると、いつもの正面上座に座った剣心さんから座れと促される。

 伊達姉妹が左サイドに、遊人さんが右サイドに座るので、なんだか今からお奉行様の裁きを受けるように思えてくる並びだ。


「なんなのパパ、急に呼び出したりして」

「重要な事案だ。聞いていなさい」


 剣心さんは咳払いを一つすると話に入った。


「今回集まってもらったのは、三石家との許嫁関係についての話だ。先ほど悠介には話したが、ワシは許嫁関係を解消しようと思うておる」

「「!?」」


 当然雷火ちゃんと火恋先輩は驚くわけで。


「お父様、冗談にしても言って良いものと悪いものがあります。今すぐ撤回を」


 背中にメラッと炎を灯して火恋先輩がキレた。

 火恋先輩の声は低く、睨み付けるような眼光が剣心さんに飛ぶ。

 玲愛さん程ではなくても、いずれ玲愛さんレベルになることが確実になっている、伊達家次女の放つプレッシャーは並のものではなかった。

 しかしここにいるのは、そのレベルの威圧を跳ね除けてきた伊達家の頭首と大企業水咲の社長だ。身じろぎすることなく話を続ける。


 話の内容はさっき俺にしたものと同じで、俺の振る舞いに関して疑問をもっていること、伊達との許嫁関係を解消して、俺が水咲と許嫁関係を結ぶこと。写真はまだ出てこなかった。


「悠介さんが水咲の許嫁に!? ふざけてます。わたし達になんの相談もなく勝手に決めるなんて。この話、ママや玲愛姉さんは知ってるんですか!?」

「烈火と玲愛は関係ない。ワシが相応しく無いと判断した」

「でしょうね、二人に話したら反対されるでしょうし」


 握りこぶしになる雷火ちゃんと、威圧感を更に増す火恋先輩。


「お前たちの許嫁関係は、あくまで跡取り問題解消の為の話だ。三姉妹全員で同じ男に嫁ぐなど許されん」

「その話はもう決着したじゃないですか! 全員納得した上で許嫁関係を結んでいるんですよ! 納得してないのはパパだけじゃない!」

「雷火の言う通り、跡取りに関しては我ら三人できっちりと役目を果たして見せます。それにこんな重要な話なら玲愛姉さんの帰国を待ってからすべきです!」

「そうよ、パパってば玲愛姉さんがいない隙を見て話すなんて卑怯よ!」

「火恋、雷火、言葉がすぎるぞ! 誰に口をきいている!」


 剣心さんの一喝が入り、姉妹は歯噛みしながら押し黙る。


「ワシとてこのようなことをすれば、反感を買うのはわかっておる。しかしこの決断をしなければならぬ事情があるのだ」

「「事情?」」


 剣心さんは芝居がかった動きでため息をつくと、件の写真を机に置く。


「見なさい」

「これは……」

「この男はな、お前たちだけでは飽き足らず他の女にも手を出す性獣のような男だったのだ」


 雷火ちゃんが写真を手に取り、火恋先輩が後ろから覗き込む。

 

「違うんだよ雷火ちゃん、それは本当に身に覚えのない写真で、俺は寝てただけなんだ……」

「見苦しい言い訳をするな。この戯けめ!」


 剣心さんに怒鳴り散らされて、自己弁護もままならない。


『悠介さん、わたしたちに隠れてエロいことしてたんですね!』

『見損なったよ。私は君のことを信じていたのに……』


 そんな言葉が出るだろう。終わった。伊達姉妹編完としか言いようがない。

 でもしょうがない、俺もこんな写真が出てきたらショックを受けると思う。

 だが雷火ちゃんたちの反応は、俺の想像とはかなり異なっていた。


「……合成じゃないですかこれ?」

「合成鑑定は行っておる。その写真に加工の類は一切ない」

「ん~……」

「んー……」

「雷火、火恋、自分の気持に正直になって言ってやるといい。この女たらしのクズ野郎! 二度と伊達の敷居をまたぐなよ! 淫獣モンスターめとな」


 それは剣心さんが思っていることでは?

 だが雷火ちゃんと火恋先輩は、腑に落ちないと首をかしげている。


「やっぱりこれ、いくつかおかしい点があるんですよね」

「私もそう思う」

「おかしい点? な、何を言っておるのだ。疑いたくなる気持ちはわかるが、それは本物だ」

「まず一つは、悠介さんが女性とこれだけ至近距離にいるのに全くデレっとしてない」

「ああ、むしろ表情は苦しげだ」


 バイトで疲れてたからな……。寝顔も苦しいものになるだろう。


「もう一つ、女性側と悠介さんの添い寝にちょっと距離があるんですよ」

「ああ、まるでわざと触れないようにしているような距離感だ」

「触ると起こしちゃうから、それ以上近づけなかったって感じですね」


 鋭い、俺も今見て確かにちょっと距離あるなと思った。

 雷火ちゃんたちの女の勘が違和感を感じたのだろう。


「最後に……この写真誰が撮ったんですか?」


 あっ、ほんとだ。このカラオケ店、部屋にはソファーとテーブルがあるのだがソファーに俺と添い寝している女性がいて、写真は机に寝そべって撮らないと撮れないアングルで撮影されている。

 第三者が撮影したとしたら、かなり無理な姿勢だ。


「スマホを机の上に置いて、タイマー撮影した写真に見えるね」

「パパ、これ誰が撮ったんですか?」

「そ、それは言えぬ。情報提供者のプライバシーがあるからな」

「父上、よもやと思いますが……悠介君をハメるために、意図的にこの女性に指示を出して、このような写真を撮らせたのでは?」

「ち、違う、”ワシは”そんな命令出しておらん!」


 凄い、剣心さん一気に汗が吹き出してる。

 まさか攻撃する為に出した写真でピンチになると思ってなかった剣心さんは、写真を素早く回収して袖の下にしまう。


「お、お前たち、なぜワシばかり疑うのだ。これだけの証拠があるのだぞ!」

「悠介さんってわりと陰キャですから、隠れて他の女性と体の関係を作れるような器用な人じゃありませんし」

「あぁ、我々がこれだけ攻勢をかけているのに、未だに抱いてもらってないからね。こんなポッと出の女が、悠介君を口説けるとは思えない」


 なにこの俺の童貞への厚い信頼感。童貞ですけども。


「パパ、悪いですけどわたし達は何があっても悠介さんに味方しますよ」

「ああ、それが許嫁になると決めた覚悟でもある。どのような時であろうと、彼の隣に立つ。それが妻……許嫁の役目だ」


 二人の真剣な目に、剣心さんは「ぐぬぬぬ」と眉を寄せ険しい表情を浮かべる。

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