第242話 オタク追放 Ⅲ
◆
水咲遊人は、あの程度のゴシップ写真では揺るがない伊達姉妹を鋭い眼差しで見つめていた。
(彼を守るか……。伊達三姉妹同時許嫁と聞いて、仲良しごっこの延長かと思っていたが、二人共それなりに覚悟はある。これを引きはがすのはかなり無理があるな)
剣心の形勢はかなり不利だが、遊人は負けるとは思っていなかった。
なぜならこの場で圧倒的権力と決定権を持っているのは剣心なのだ。玲愛というワイルドカードが無いのであれば、娘の好感度を無視して、自分の意見を押し通してしまえば勝ちである。
「お前たちがどう思おうと勝手なことだが、これを見た世間一般はどう判断する? 皆浮気と言うだろう?」
「それは……」
「ワシは許嫁解消を撤回するつもりはない。悠介、この意見に不服を唱えるならば、貴様の育ての親である貴明も伊達から追放処分とする!」
「!?」
遊人はニヤッと笑みを浮かべる。
そう、それでいい。三石悠介のメンタルは歳の割に強いし、伊達姉妹との絆もかなり強固なものだ。
だからこそ、そこを狙うのではなく悠介の家族を狙う。
分家が本家から追放されれば、今まで伊達に辛酸を舐めさせられていた、よその有力財閥の嬲りものにされる。
育ての親の勤め先は、あっという間にライバル企業から圧力をかけられ潰されることになるだろう。
「父上、卑怯ですよ! そんな人質をとるような真似を!」
「そうよ! 悠介さんのご家族は何も関係ないじゃない!」
「それを決めるのはワシだ! 火恋、雷火、例えお前たちであっても、その男を守ろうとするなら親子の縁を切る!」
そう、それでいい。子は親には勝てない。
ここで多少恨まれたとしても、人生という長いスパンで見れば小事。
浮気写真という多少怪しくても断罪の証拠となるものがあるのならば、後は勢いでどうとでもなる。
むしろもう少し彼の良心を刺激してやれば、自然と自分から言うだろう。
遊人は剣心の援護の為に立ち上がる。
◇
俺は頭を抱えそうになっていた。このままだとオヤジも伊達追放だし、雷火ちゃんや火恋先輩も親子の縁を切られてしまう。
「いいですよ、パパがその気ならわたしは出ていきます」
「私もだ。いい加減この話もうんざりしてきた」
「あっ、ちょっ、火恋? 雷火? そんなにあっさり出ていかれるとパパ困っちゃうな」
「姉さん荷物まとめましょう」
まずい二人も熱くなっちゃってるし、これ家庭崩壊というやつでは?
すると、今まで黙っていた遊人さんが俺の背後にやってきて耳打ちする。
「三石君凄いね。君の処遇一つで伊達家は一家離散だよ」
「ま、まずいですよね」
「こんなにグチャグチャになっちゃうと、伊達家の奥さんまたストレス抱えて具合悪くしちゃうかもしれないねぇ」
「…………」
烈火さんも具合は良くなっているのだが、短期入院を繰り返してる。雷火ちゃんや火恋先輩が家を飛び出したと知ったら、大きな心労を負うことになるだろう。
「三石君この話の問題はね、結局根っこのところは身分の違いなんだよ。伊達家は昔から強い権力を持っていて、金持ちは金持ち以外を許容できない。お姫様は平民に恋できないし、お姫様は平民の子を産めない」
「…………」
「君はどうする? 伊達家崩壊と、育ての父親が無職になるとこを見守るかい?」
「…………」
「それとも――」
俺は立ち上がって、ペコリと頭を下げた。
「……俺、許嫁、やめます」
玲愛さんが帰るまで身を引く。これが最善の解答だと思う。
「なに言ってるんですか悠介さん!」
「そうだ、君が許嫁をおりる必要は微塵もない!」
雷火ちゃんと火恋先輩は青い顔で首を振るが、俺は一旦伊達家と距離をおいた方がいい。
剣心さんはクククと笑みを浮かべると、大きくうなずく。
「悠介、お前はこいつらと比べ大人なようだな」
「…………オヤジを追放しないで下さい」
「うむ、心配するな。三石悠介の意見を認め、今日この場において玲愛、火恋、雷火との許嫁関係を解消する」
「お父様!」
「パパ!」
「安心しろ。悠介の身は水咲に引き継ぐ。遊人、後はうまくやってくれ」
「わかりました」
遊人さんが小さく会釈すると、剣心さんはこれ以上話すことはないと客間を出ていく。
あっやばい、自分で言ったのに涙でてきた。
俺がじっと見据える畳に、ポツリポツリと水のしずくが跡を作っていく。
「三石君、君は優しいからね。自分ではなく身内が攻撃されることにとてつもなく弱い。卑怯と思うだろうが、大人はわりと平然とこれをやる」
遊人さんが後ろで何か呟いたが、声が小さくてよく聞こえなかった。
「ぐぐぐ、父上ぇ!!」
「パパァ、話は終わってないですよ!」
火恋先輩と雷火ちゃんが、凄い勢いで剣心さんに向かって走っていく。
廊下の奥で激しい怒鳴りあいが聞こえてきた。
「パパ、酷すぎよ! 悠介さんはああ言うしかないじゃない!」
「そのとおりです父上、あんなの言わせたも同然です! 即時撤回を求めます!」
「何を言っておる。恐らく奴は自責の念に耐えられなくなって、許嫁を辞退したのだ。きっとあの写真の通り、他の女とよからぬことをしていたのだろう。許せん、許せんなぁガハハハハ」
許せぬと言いながら、剣心さんは笑い声を上げる。
「父上が悠介君を許嫁から外すというのなら、私はこの家を出ます! 本気ですよ!」
「わたしも家を出ます! 親子の縁を切るなら好きにどうぞ!」
「そんなことは許さぬ。お前たちはしばらくの間、自宅で頭を冷やしておれ。外出禁止だ」
まだ客間でボーっと怒鳴りあいを聞いている俺に、バナナスーツの遊人さんが近づいてきて耳打ちする。
「今日、君を連れて帰るつもりだったけど、大分メンタルやられてるみたいだから帰るよ。また後日話をしよう。まぁ元気だしなよ。あぁ僕のことは気軽にパパって呼んでくれていいよ」
ポンポンと軽く肩を叩いて、遊人さんは帰って行った。
その後の記憶はなく、気づいたら俺は伊達邸宅の外に出ていた。
「どうしたらいいんだろ……」
俺はスマホを握りしめ、伊達玲愛とかかれた番号にコールしてみる。
『おかけになった電話番号は、現在電源が入っていないか電波の届かないところに……』
電源入ってないよ玲愛さん……。
何回目かわからなくなるくらいかけてみるがつながらず、諦めてメールに切り替える。
『俺玲愛さん達との許嫁関係破談になりました。助けて( ;∀;)』となんとも哀愁漂う文を送る。
「俺、また許嫁に戻れますよね……」
◇
一式は水咲のスタジオで、アニメ声優の仕事を行っていた。
「いいよ一式ちゃん、最高。絶好調だねぇ!」
「ありがとうございます監督。リテイクありますか?」
「ないない! 文句なんかあるわけないよ! そんじゃ10分休憩で、次Bパートの収録入りまーす」
一式が音響監督に褒められながら台本チェックをしていると、スマホが振動する。
普通なら後でかけなおすのだが、ディスプレイに映ったのは
無視するわけにもいかず、スタジオの外に出てこっそりと通話ボタンを押す。
「はい、真下です」
『あぁ真下君、作戦はうまくいったよ』
「作戦とはなんのことでしょう?」
『君の写真のおかげで、三石君許嫁クビになったから』
「…………」
『真下君? おーい真下くーん』
「社長、写真とはなんの写真ですか?」
『君と三石君が添い寝してるアレだよ』
「……あの写真は送ってないはずですが」
『あれーそうだっけ? でも僕のとこに送られてたから使わせてもらったよ』
「社長、三石様はどうなったんですか!?」
『だから許嫁関係は破談になって、彼は水咲の
「モノって……」
『それでなんだけどさ、彼に専属メイドをつけようと思ってるんだ。なんか自殺しそうな顔してたから、監視の意味もあるんだけどね。……君、どう? 専属メイド』
「…………自分が三石様の幸せを壊したのですよ」
『安心してくれ、写真にはモザイクをかけてある。誰も君がやったなんて知らない』
「そういう問題じゃ!」
『真下君、そんなの言わなければわからないんだよ』
「…………」
『一応君以外にも何人かに声をかける。やる気があるなら折り返してきて。そんじゃね~』
「…………」
ツーツーっと鳴るスマホを持ったまま、一式はピクリとも動けなかった。
Bパートの収録が始まるも、彼女の調子は一気に崩れ、嘘のようにリテイクを連発することになった。
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