第235話 鉄砲玉

 約一時間後、俺は完成したアマツの作品に一発でOKサインを出した。

 その絵は巨大な暗闇色の木で、ヒロインの絶望感がひしひしと伝わってくる。

 鬱蒼と生い茂る葉は、光を全て覆い隠そうとするかのごとく隙間なく、不気味で暗い。しかしながら幹の中心に一つだけ光るヒロインのオブジェが目立っている。

 これはプレイヤーにとって大きなフックになるだろう。


「うん、いい。絶望と希望が両方入ってる感じがする」

「これヒロインが助けられるときは、もっとオブジェが輝いてたりすると面白いかもしれないね」

「確かに……。いっそオブジェを枝で隠してしまって、ダメージを与えると出現してくるでもいいかもしれない」

「ありだね、その方がかまってちゃん感あるよ。じゃあオブジェなし版も描いてみる」


 いきなりギミックを追加するとか確実に怒られるけど、そこは交渉バトルの余地ありだろう。

 俺はまず阿部さんのところに行って了承をとりに行く。


「ぴやー! なんて素晴らしいイラストなんでふ。これならラスボスとして相応しいでふ!」

「あの、阿部さんご相談があるんですけど。ラストバトルにギミックの追加をできないかと――かくかくしかじかで」

「むむむ、それはできるとは思うでふけど、まずプログラムチーフの鎌田君に話を通さないと」

「わかりました」


 鎌田さんのところに行って、ギミックを増やせないかどうかを聞く。


「鎌田さん、ダメージ量が一定になるとボスの形状が変化するってギミック、技術的にできます?」

「これから追加でゴザルか? まぁボスの戦闘中差し替え程度ならできなくはないでゴザルが、モデルチームと主任がOKを出せばの話でゴザル」

「わかりました、ありがとうございます。あっ、もう一つムービー中にテキストを入れるのってできます? 画面が真っ暗なときに一文添えるだけなんですけど」

「通常のテキストボックスの追加なら問題ないでゴザルが、テキストをいじるのは主任の許可がいるでゴザルよ」

「わかりました」


 今度はモデル班のデスクに行って、俺は天のイラストを片手に交渉を開始する。

 時間がない中で、ギミック付きのモデルを作るのはかなり苦しいと渋い顔をされたが、俺がいきなりこのボスが出てくるのと、巨木からヒロインのオブジェが出てくるギミックがあるのとどっちが面白いですか? と聞くと「ギミックありだよね~」と苦い顔をしながら了承してくれた。

 よし、これで後は居土さんボスを通すだけだ。


「居土さんお話が」

「なんだ? テメェが俺のとこにくるような仕事はふってねーぞ」

「新ラスボスなんですが、このような形に決まりました。阿部さんのOKも出ました」


 俺は印刷した天のイラストを居土さんに見せる。


「ほぉ……いいものができてるな」


 珍しく賛辞の言葉をいただいたので、そのまま続ける。


「新ボスなんですが、ギミックを追加したいのですが」

「ギミック?」


 俺はもう一枚の、ヒロインオブジェが幹から生えているイラストを見せる。


「ダメージを与えると、ヒロインのオブジェがボス内に追加されるようにしたいです」


 居土さんは、ヒロインオブジェありとなしのイラストを見比べる。


「テメェ、ゲームはしたいって願ったら勝手にギミックが追加されるわけじゃねぇぞ。何をするにもプログラム組んで、モデルを作るコストがかかるんだ」

「はい、その上でです」

「……最初からオブジェありの新ボスでいいんじゃないのか?」

「このヒロインって根暗で引っ込み思案じゃないですか」

「そうだな」

「でも構ってちゃんじゃないですか」

「そうだな」

「プレイヤーに、これもしかして助けられるんじゃないか? って思わせたいんですよ。一周目のエンドだと鬱ゲーかと思って、助けられるとは思えないんです」

「二周目の導線を作りたいってことか?」

「そうです。これ見よがしにヒロインのオブジェが出現したら、プレイヤーはなんとか助け出せる方法はないかって考えるわけじゃないですか。そうしたら道中で拾った意味不明なアイテム【ヒロインの心】を思い出すわけです」

「お前の言ってることはわかるが、時間がない却下だ」

「現状ボス動かないんですよ。ギミックの一つもないと、ただ木人殴ってるみたいになりますよ!」

「テメェ生意気にゲームデザインに口出して来やがったな。お前にそんなアイデア求めた覚えはねぇぞ!」


 居土さんの怒声が開発室に響き渡り、しんと静まり返る。

 正直足がすくむくらい怖いけど、ここで引くな。俺は間違ったことは言ってない。


「ギミックありかなしだったら、絶対ありの方が面白いじゃないですか!」

「テメェの理想でゲーム作ってんじゃねぇよド素人が! とっとと引っ込んで自分の仕事をやれ!」

「ヒロインの真っ暗な心に、光を灯すのがプレイヤーの役目じゃないですか! それを演出するのには必要なギミックですよ!」

「だからテメェにそんなアイデア求めてねぇって言ってんだろうが!」


 俺と居土さんがバトっていると、鎌田さんがおずおずと手を上げる。


「しゅ、主任。その、ギミックはなんとか納期までに組み込めると思うでゴザゴザル」


 彼が口を挟んだことに一番驚いていたのは、開発室のメンバーだった。

 基本的にいつも居土さんがキレ倒している間は、静かになって嵐がすぎるのを待つ姿勢だったのに、鎌田さんは自ら嵐に飛び込んだとも言える。


「か、鎌田君が初めて主任に意見してるでふ」

「…………んだテメェ、鎌田お前ド素人の意見に乗っかる気か?」

「そ、その、拙者プログラムチーフとして、バグを起こした者として、少しでも面白くなる方で調整を行っていきたい次第で候」


 鎌田さんの声は上ずって、ちょっと泣きそうだったが彼の言葉で怒り心頭していた居土さんの熱が冷える。


「……鎌田、絶対にやれよ。三石お前はモデル班に行って、今の話をしてもう一回怒られてこい」

「モデル班にはもう行ってきました」

「…………」

「OKでした」


 居土さんは「裏切ったなモデル班め」と言いたげに舌打ちをする。


「周到なやつだ。お前が仕様書直しとけよ、タバコ行ってくる」


 居土さんはバーンとドアを閉めながら「さっさと進めろ」とGOサインを出した。

 その様子を見ていた真下さんと天が、ガクガクと足を震わせていた。


「こ、怖かったです。あんなに怖い方なんですね」

「ボクも、任侠モノ見てる気分だった」

「……拙者も生きた心地がしなかったでゴザル」

「ありがとうございます鎌田さん。助け舟だしてもらって」

「なに、拙者もラストは気になっていたでゴザル。三石殿と同じことを思っていたが、拙者は所詮プログラマー、企画やゲームデザインに関しては他所の話と思って何も言わなかったでゴザル」


 確かに居土さんのあの雰囲気では、言いたいことも言い出せないだろう。


「しかし、勝手なことして居土さん怒らせてしまいましたかね?」

「そんなことないでゴザル。主任は気に食わないことは絶対に折れないで候」

「そうでふ。あぁ見えて主任ツンデレなところあるから、ただでさえぼくたちに負担かけてるから、これ以上作業を増やしたくなかったんでふ」

「左様、主任が折れたということは三石殿の案が面白いと認めたでゴザル」

「そうなんですかね」

「主任はどっちかっていうと、大人しい子より生意気な子の方が好きでふから。この調子で、ぼくたちの意見を主任に言いに行く中継係鉄砲玉になってほしいでふ」

「俺をサンドバッグ役にするのやめてくださいよ」

「兄君その役得意そう」

「自分もそう思います。三石様、不死身のタンク役しそうです」

「拙者らも主任のガス抜きができてラッキーでゴザル」

「皆して酷いよ」

「でひゃひゃひゃひゃひゃ」

「うはははははは」


 皆の笑いがあふれる中、その様子をじっと見つめる摩周の姿があった。


「主任は生意気な奴が好きなのか……。ミッチーばっか認められてたまるか。オレ様も一旗あげてやるぜ」

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