第234話 ディレクター

「と、言う感じで指示を出してほしいでふ」

「はぁ……」


 俺は阿部さんからアマツへの指示を受けとる。


「あの、俺が天に指示を出すんじゃなくて、阿部さんから直接指示を出した方がいいんじゃないかと思うんですが。俺経由させる意味あります?」

「三石君、彼女が水咲家だと黙ってるなんて酷いでふ」


 阿部さんは天を採用したのは良いが、彼女が水咲アミューズメント経営者、水咲遊人の娘だと知らなかったみたいで、今現在めちゃくちゃ萎縮していた。

 そりゃそうか、社長の娘だもんな。俺も社長娘が部下になったらどうしていいかわからないと思う。


「彼女を顎で使ったなんて知られたら、一族郎党皆殺しにされるでふ」

「水咲はそんなバイオレンスな家じゃないですよ」

「”君の彼女”なんでふよね? 君から言ったほうが、天君もやりやすいと思――ぎゃああああああ熱つつつつ!」

「す、すみません!」


 メイド服でお茶運びをしていた真下さんが、阿部さんの頭に湯呑をひっくり返してしまった。

 相当熱かったようで、阿部さんの額は真っ赤だ。


「き、気をつけてほしいでふ」

「すみませんすみません」


 ペコペコと謝りながら再びお茶くみに行く真下さん。


「話を戻すでふ。天君は君のコレなんでふよね」


 小指をたててニチャァっとした笑みを浮かべる阿部さん。


「違いますって、クラスメイトで仲が良いことは間違いないですが」

「いやいや”妻”って言ってたでふ。”君の女”なら、君の言うことを聞くほうが、お互い気持ちよく仕事をでき――あちゃちゃちゃちゃちゃ!!」


 真下さんが再び阿部さんに向かってお茶をこぼしていた。

 いや、こぼしたというか、オーバースローで湯呑を投げつけたように見えたが。


「すみませんすみません!」

「お、お茶くみはいいでふから、君はテストプレイしててほしいでふ!」


 平謝りする真下さんを後目に、俺は阿部さんからの指示を天に伝える。

 与えられた仕事内容は、ラスボスのデザインだ。

 入ったばかりのバイトに、ラスボスのデザインなんかさせるかね? と言いたくなるが、天にはプロでも十分通用する才能がある。


「クリーチャーデザインかー……なにか制限あるんだよね?」

「あまりゴテゴテしない、ラスボスはヒロイン、動かないの三つ」

「へー、ラスボスってヒロインなんだ」

「正確にはヒロインの中にいる変異体。一週目は助けられないが、二週目以降やりこみ要素で【ヒロインの心】ってアイテムを揃えると救出エンドに分岐する」

「なるほど、兄君の希望は?」

「助けられなかったら絶望、でも希望が見えてるボス」

「なかなか抽象的だね。生物じゃないとダメ?」

「いや無機物でもOK。でも無機物はチープになりがちだから注意してくれ」

「描いちゃダメなものってある?」

「特にはないが、宗教関係はNG」

「わかった。じゃあ描くよ」


 俺からいくつか情報を聞くと、天はヒロインの設定資料と登場するボスモンスターの画像を見ながら、タブレットを滑らせるようにしてラスボスの絵を描いていく。

 シルバートレイを持った、メイド喫茶のお姉さんにしか見えない真下さんが、後ろからその様を見て感嘆の息をつく。


「はぁ……もう魔法ですね」

「俺もそう思う。絵描ける人って、ほぼ魔法使いだよね」


 魔術師天は約15分程で一枚目を仕上げる。

 描かれたモンスターは巨大な球形で、幾何学的な記号が球体の周りをぐるぐると回り、中心部には石化したヒロインのオブジェがついていた。

 イラストは色も何もつけていないラフではあるが、それでも十分なくらい迫力がある。

 それを見た瞬間、阿部さんは歓喜の声をあげる。


「す、素晴らしい、なんて洗練されたデザインなんでふか! これ一発で通るでふよ!」


 阿部さんは喜んでいるが、俺は腕を組み首を二、三回横に傾ける。


「ダメそう?」

「いんにゃ、いいデザインだと思う。ただ……」

「ただ?」

「ちょっと神秘的で神々しすぎるかな。このヒロイン超暗いんだよ。一応どのボスもキャラクターの心理面が具現化した姿だから、俺はこのボスがヒロインの心理を露わしたものだと言われると首を傾げる」


 俺はヒロインのエピソードを詳しく天に説明する。


「このヒロイン猫をかわいがってるって設定なんだけど、実はその猫はもう死んでてエア猫をかわいがってるんだよ。イベントの一つで、誰もいない壁に向かって猫の名前呼んでるシーンは鳥肌立つ」

「こわっ……なるほど、その猫はヒロインの心が作り出した防壁みたいなもんなんだろうね」

「そう、でもこのヒロインかまってちゃんの一面もあるから、石化したヒロインのオブジェはありだと思う」

「根暗でかまってちゃんか……」

「それテキストにしてまとめた方がいいか?」

「うん、ほしい。ストーリーとエピソードとかもいれてくれるとイメージしやすいかな」

「わかった、すぐにまとめる」


 俺はストーリーの資料からヒロインの設定部分を抜き取り、指示書にまとめていく。

 その中で主人公とヒロインの出会いから、ラスボスに変化するところまでを細かくまとめ、ヒロインがどのような心境で主人公と最後相対することになったのかを添える。


「できた、天のフォルダに入れたから見といて」

「うん、ちょっと待ってね」


 俺の送ったファイルに目を通すと天は一言


「悲しいストーリーだね」と呟いた。


「最後の最後で、自分が敵の母体だったって気づいちゃうんだよな……」

「この子、本当は助けてほしがってるのがよくわかるね」

「あぁ、でも一週目は助けられない」

「うん……その時どう思うんだろうね」

「そりゃ主人公は悔しいって思うだろ」

「いや、主人公じゃなくてヒロインの方。必死に助けようとしてくれる主人公を見て、それでも助けられない姿を見てどう思うんだろう」

「そうだな……」


 確かにそのあたりの描写は俺も気になっていた。

 テストプレイでやりこんでヒロインの心をすべて集めてグッドエンドも見たが、一週目に関してはラスボスを倒した後すぐにエンドロールが始まり、「えっ終わり?」って感覚になったことは確かだ。


「……ありがとうじゃないでしょうか」


 話を聞いていた真下さんが、後ろからボソリと呟く。


「す、すみません。さしでがましい意見を」

「いや、俺も全く同じ意見だった」

「ボクもそう思う。一生懸命今まで助けてくれた主人公に対して、最後に残す言葉は感謝だと思う」


  天は何か頭の中に閃いたのか、凄いスピードで線を描き始めた。


「うん、なんか描けそう」


 集中してしまったようで、もうこちらの話は何も聞こえていないみたいだ。

 俺は必ずいいものができると確信して、なんとか一週目に”ありがとう”のイベントシーンを追加できないか考える。



 居土さんは俺たちの様子を自席で眺めつつ、不敵な笑みを浮かべる。


「あいついっちょ前にディレクターやってるじゃねぇか」

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