第77話 悪神
藤乃さんは俺の腕を固めたまま店の外に出ると、ようやく手を離した。
きしむ腕をさすると、執事は深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ございません」
「いや、大丈夫です。演技ってわかってますから、頭を上げてください」
変に手加減するとバレるしな。
「それに俺、説得失敗しちゃったんで」
「いえ、私の安易な願いを真剣に汲んでもらい、三石様には本当に感謝しております。その為に傷つかれたことを深くお詫びいたします」
「いえ、ビンタくらい可愛いものだと思います。むしろ真剣に苛立ってくれて、俺は良かったと思いますし」
感情の振れ幅が大きいというのは、こっちの言ってることが刺さってることを意味している。
正直虫をあしらう感じで、相手にされないというパターンが一番厄介だ。
「申し訳ございません」
藤乃さんはもう一度謝罪すると、懐から長方形の冊子を取り出し、何やら記入して俺に手渡した。
「これは?」
「今回の慰謝料としてお納めください」
見ると有名銀行の銀行印が押された小切手で、金額欄に50万と手書きされていた。
「なめてんのか」
俺は即座に小切手を破り捨てた。
「も、申し訳ございません」
藤乃さんはすぐに新しい小切手に数字を記入していく。
どうやら俺が金額でごねたように見えたようだ。
俺は数字を記入している藤乃さんのペンを無理やり掴む。
「いりませんよ」
「しかし……」
「藤乃さんまで、お金で解決するような選択をしないで下さい」
どれだけ申し訳ないという気持ちがあっても、金が出てくると手っ取り早く相手を黙らせたいように見えてしまう。
本当にお金ってものが大嫌いになりそうだ。
「申し訳ございません」
藤乃さんは珍しく苦い顔をしながら、小切手帳を懐に戻した。
二人並んで、反省を交えながら繁華街をゆっくりと歩く。
藤乃さんは本当に申し訳なさそうに俯いている。
「自分でやらせて、そんなに落ち込まないで下さいよ」
俺は努めて明るく話す。きっと藤乃さんは執事の立場で、できる限りのことをしようとした結果がこうなっただけだ。
「本当に申し訳ございません。お嬢様の聞き分けのなさを甘く見ていました。そして三石様が、あそこまで情熱的にお嬢様をお叱りになられると思いませんでした。……正直妬けました」
前言撤回、絶対落ち込んでない。
「しかし……どうしたもんですかね」
二人で繁華街近くにある陸橋から、薄暗くなりつつある空を背景に途切れることなく流れ続ける車を眺めた。
「
「ほとんどございません。カードの使いすぎで少し叱責されましたが、注意のレベルですね」
「じゃあ親のせいかなぁ。それか友達に恵まれなかったか……」
良い友達に恵まれていたら、
「藤乃さん、綺羅星が朝上女学院にいたとき友達っていなかったんですか?」
「そうですね。お嬢様は見ての通りパリピウェーイ系ですので、朝上の生徒とは空気が合っていませんでした」
「浮いてたんだ」
確かにあのお嬢様軍団の中に、綺羅星が溶け込むのは難しそうだ。
「本日は本当に申し訳ございません。これより先は水咲自身が解決すべき問題ですので、今回の件は
また藤乃さんは深く頭を下げた。俺はその姿を見る度に失敗したと思う。
この話を月にすれば、また姉妹の仲が悪くなってしまう。そうなれば綺羅星は拠り所を求め、ますます
「藤乃さん、綺羅星って何で山野井のこと好きなんですか?」
「彼が取り巻きの男子生徒第一号だからですよ。あの集団は全て山野井君から始まっています。事の始まりは、六輪高校に転校後友達のいない綺羅星お嬢様に、彼がサッカー部の試合を見に来るように言ったことが始まりです」
「あー……なるほど」
俺も転校したことあるからわかるけど、知ってる友達が誰もいない学校ってほんと苦しい。周りは既にコミュニティが出来上がってて、孤立状態が続くと学校自体が嫌になる。
しばらくはぼっち飯や便所飯は当たり前、体育のペア決めなんか地獄。
そういう苦しい時、一番最初に声をかけてくれる人って、冗談抜きで「あなたが神か……」って思うくらい感謝しちゃうんだよな。
綺羅星の場合、最初に自分の存在を認めてくれたのが山野井で、その山野井は更に人を集めてくれた。
彼女の中にあった寂しさを消してくれる「神」
それは依存するか……。
ある意味恩人だもんな。彼女の言うとおり、何も知らないで勝手な事を言ってしまったなと後悔。
だがこの神の中身がクズだったっていうのが、綺羅星の報われないところか。
「三石様が気に病むことはございません。この件は私含め、月お嬢様と解決してみせます」
藤乃さんはそう言うが、俺は無理だと思う。
寂しさを恐がり友を求めた綺羅星と、弱い人間を理解できないメンタルの強い月では話にならない。
綺羅星は自分を弱者だと認めないし、月は弱者を理解できない。
姉妹なのにお互いの価値観を受け入れられない。両方が両方のあり方を気に入らない。だから喧嘩が起こる。
頭をガリガリとかきながら、俺は陸橋の手すりに腕を乗せる。
この姉妹のすれ違いは、恐らく伊達家でも起こりえた話だと思う。
なぜこうならなかったかと言えば、剣心さんと玲愛さんの存在だろう。あの二人が正しい道を示しながら歩いているから、火恋先輩も雷火ちゃんも、お金や権力を握っても価値観が狂わず正しく歩いていける。
「伊達ってすごいバランスの家族だったんだな……」
多分この問題は
客観的に山野井は神じゃなくて、クズなんだってことを教えてやる人間がいる。
尚且、山野井がいなくなった後のケアもしなければならない。
その役は敵対している月では無理。最悪姉妹の関係が修復不可能なくらい壊れる。
「嫌な先輩が動きますか……」
藤乃さんに聞こえない程度の小声で呟くと、彼のスマホが鳴った。
「すみません、月お嬢様からです」
「どうぞ、出てください」
「すみません、失礼します。もしもし叢雲です。はい……はい。明日三石様をデートに誘いたいから、メールで送る文章一緒に考えて……ですか?」
「丁度いい、月に聞きたいことがあるんでOKですよ」
「お嬢様、今三石様が隣にいましてOKをもらいました」
『※■♨○∀@☆▼!?』
音速でデートが決まると、藤乃さんのスマホから、月のけたたましい叫びが聞こえてきた。
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