第76話 オタとビンタと自作自演
どうやら彼女の持っている
俺はその光景を白い目で見守る。
「ブラックカードって上限あるんですか?」
「ございませんよ、戦車でも買えますしね。一度精算額が100を超える月がありまして、その時に月様がお怒りになられました。以降カード会社に頼んで、一旦50万でロックがかかるようにしていただきました」
「ブラックカード意味ねぇ……。で、あれは今ロックかかってますよってことですか?」
「
「もはや接待じゃねぇか」
どんだけ金かかる遊びしてんだ。
「あのような高価なものを買われては、ロックがかかるのも当然かと」
主人が困っているにも関わらず、当然ですねと言う藤乃さん。
向こう側も変化があったようで、もう一度聞き耳をたてる。
「ごめんショーヘイ、カードロックかかって使えなくなっちゃった」
綺羅星が困り顔で伝える。そりゃ困るだろう、自分だって今月必要なお金が使えなくなってしまったわけなんだから。
「マジかよ~、綺羅星もう50万も使ってたのか。お前金遣い荒くね?」
「ごめん……」
ぐぉぉっと呻いている山野井。
カードをパンクさせたのは綺羅星ではなくお前だろうと言いたい。
これで諦めるかと思ったが、隣の藤乃さんを見るとニコニコ顔が張り付いてるから諦めないんだろうな。
「なぁ綺羅星。この前みたいにさ、親父に頼んでロック外してもらえないか?」
「いや、でも先月もだし。さすがにあーしもちょっと使いすぎだと思うしさ……」
「頼むよ、一生のお願いだって。綺羅星だけが頼みなんだよ! それに貸しなんだから別にいいだろ?」
よくまぁ女の子にあれだけ自分の欲望を通す為に、ペコペコと頭を下げられるものだとある意味感心してしまう。
綺羅星も困り顔でスマホを眺めているが、結局は折れた。
「じゃあちょっと待ってて、パパに電話してくるから」
「サンキュー綺羅星、愛してる!」
ジト目で俺は隣に座る執事を見る。
「ロック外せちゃったら、ロックの意味ないんじゃないですか?」
「旦那様はお嬢様に寛容ですので」
俺はよっこらせと、ショーケースの影から出る。
「どこに行かれるのですか?」
「嫌な先輩の説教タイムですよ」
俺が嫌そうに言うと、藤乃さんは屈託のない笑顔を俺に向ける。
「期待しております」
「はなからそのつもりだったくせに、よく言うよ」
「私がこの笑顔を向けるのは貴方だけですよ」
プロポーズみたいなこと言わないでほしい。
俺は非常階段の方で、電話しようとしている綺羅星を捕まえる。
「げっセクハラ先輩、なんでこんなところにいるんすか?」
自室で黒光りする害虫を見てしまったように、顔を歪める綺羅星。
そんなに嫌うなよ、ゾクゾクするだろ。
「君を止めにきた」
「はっ?」
ドラマティックにも聞こえる俺の台詞に、何言ってんだコイツ? と眉をひそめる綺羅星。
「偶然君たちを見つけてしばらく見ていたけど、君いいように使われてるよね?」
「何言ってんですか? 意味わかんないんですけど」
綺羅星は不快げにサイドテールを揺らす。
「だから君を止めにきた」
「それじゃ意味わかんない、もっとちゃんと言って」
その声は苛立ち、鬱陶しいなコイツという目から、敵意がこもった目になってきた。
「じゃあ言うけど、君完全に財布にされているよね?」
直後パンと俺の頬に痛みが走った。
あまりにもノータイムビンタだったので、一瞬「酷い……」と泣きそうになった。
「何知ったような口きいてんの!? 先輩に何がわかんの!?」
財布という言葉は少し直接的すぎたかなと反省する。
しかしながら、たった一言で
「っていうかつけたてたってなんなの!? ストーカーじゃん!」
しばらくわめきたてるので、落ち着くまでちょっとだけ待った。
周りを行き交う客の視線が痛い。ギャルが陰キャにブチギレてたら、そりゃ視線も集まるだろう。
「つけたことは謝る、でも言わせてほしい。君は、とても学生じゃ買えないような高額なものばかり買っている。しかも君自身の買い物ではなく、一緒にいた男の子に買い与える為に」
「ストーカーきっしょ」
「一万円程度の貸し借りはある話だ。でも君の奢りは明らかにその範疇を超えている。そのカードは君のお父さんのものなんだろう?」
彼女の手に握られている黒いカードに視線を移す。
「あーしのカードを、誰の為に使おうがあーしの勝手でしょ!」
「じゃあ彼の買い物をしている時、何で貸すって言葉を毎回だしているんだ?」
俺がそのことに言及すると、綺羅星は「信じらんない、どこまで聞いてるの? 気持ち悪い」と口に漏らす。
頑張れ俺、心折れるな俺。
「毎回君が支払いをする前に、彼はどこかに電話をかけている。それはそうしないといけない理由があったからじゃないかな? おそらくカードを使用する上でルールがあるんだ」
俺は既に答えを聞いて知っていることを、さも予想して当てた体で話す。
「それは……」
「当ててあげよう、きっとあれは彼の親に電話をしているんだ。お金を借りていいか聞くために」
綺羅星は何故それをと目を見開く。
当然だ、その話は藤乃さんから聞いている。
「そんなの先輩には何の関係もない話っしょ!」
「確かに関係ない、でも誰も言わないから俺が言ってやる。このままだと君も彼も不幸になる。お父さんが唐突にお金を返しなさいと言ったらどうするつもりだ?」
「パパはそんなこと言わない! たらればの話なんてしないで!」
「君にはしないだろう。しかしお金を貸している彼にしないと言い切れるのか?」
「しないわよ! あーしが止めるもん!」
「だろうね、今は君が止めるからそんなことにはならない。じゃあ質問をかえよう。君はなんの為にお金を使っているんだ?」
「ショーへーのために決まってるじゃない! それ以外に何があるって言うの?」
「それって言い方を悪くすれば、お金で好きになってもらおうとしてるよね」
俺の嫌な言葉で、彼女は顔を真っ赤にして手を振り上げる。ビンタくるなと予想していたので、ここは顔面男受けする。
綺羅星は再びパンと俺の頬は強く打った。
来るなと予想していたのに、今度のはスナップがきいて凄く痛かった。
でもここで痛い素振りを見せるな俺。説教する人間は一部の隙も見せるな。頑張れ俺。
「サイッテー、ホント信じらんない。よくそんな酷いこと言えるね」
「俺から言わせれば君の方が酷い。好きな男の子に、どんどん借金を背負わせているんだからね」
「借金なんかじゃない! あーしが買ってあげてるの!」
「それは君のお金じゃない!」
つい俺も言葉尻が強くなってしまった。
「君の使っているお金は、君のお父さんが君の為にと思って手渡したものだ。君が不自由しないように、君の暮らしがよくなるように、君を助けてくれる親心のこもったお助けカードなんだよ。だからそこに返済の義務は発生しない」
「…………」
「君、さっきプレゼントは自分のお金で買った方が良いって言ってただろ? でも他人のお金で一番プレゼントしてるのは君だよね?」
綺羅星は右手にブラックカード、左手にスマホを強く握り締めた。
俺を射殺すように歯噛みしている。
「君はお金の価値をまるで理解していない。そのカードは使えば商品がタダになる魔法のカードなんかじゃないんだ。使うたびに契約が成立して、その度に君のご両親が働いて稼いだ大切なお金を、ご両親の意図しない形で消費していってるんだ」
「うるさいうるさいうるさい! パパはお金持ちだからいいの!」
「それを決めるのは君じゃない! 彼にプレゼントしたお金は、借金という形で残り、返済の義務が発生するんだよ。君は彼を一生養い続けるつもりなのか?」
「関係ない! 関係ない! 先輩には関係ない!」
俺に構わず彼女は電話をかけはじめた。恐らくお父さんのところなんだろう。
「あっパパ、あーしだけど。ちょっと困ってて」
早口で通話を始める綺羅星。
俺は彼女のスマホに手をかける。
「よせって、そんなことしたって何にもならない! カードにストップがかかるくらい貢いでるのに、まだ貢ぐつもりか!」
「離して! 離してよ! なんなのホント信じらんない!? 警察呼ぶから!」
「誰かに何かを買ってあげるのは君が自分自身で稼いでからにしろ! 君のやってることは男の心を金で買おうとする最高にゲスいことだ! もう一度言う、このままだと君も彼も不幸になる。お金って言うのは、使った数字が明確に残る恐ろしいものなんだぞ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! あーしはあーしの好きなようにやるの! あれを買ってあげたらショーヘイは喜ぶの!」
「何度も言わせるな。それで喜んだとしても、それは君が喜ばせたんじゃない! カードが彼を喜ばせているだけだ。それにあのネックレスは君へのプレゼントじゃないってわかってるんだろ! そんな身を切るような悲しいものなんて買う必要ない!」
「うるさいっ! 黙れ!!」
彼女はポケットから防犯ブザーを取り出すとスイッチを押した。直後ピピピピピピピ! とけたたましい音が鳴り始めた。
周囲の買い物客の視線が一斉にこちらに向く。直後燕尾服を着た男性、藤乃さんが颯爽と現れた。
「ふ、藤乃!? どうしてここに? そんなこといい、そいつ捕まえて!」
「かしこまりました」
藤乃さんは素早く俺を組み敷いて床に押し倒すと、耳元で「ありがとうございます。ここは引きましょう」と囁いた。まさしく自作自演だな。
俺の両腕の関節を動かないようにして立ち上がらせると、藤乃さんは綺羅星に一礼する。
「……もういいから、そいつ見たくないから連れて行って……」
「かしこまりました」
俺は聞き分けのない彼女に最後一言だけ声をかけた。
「君があれだけ大声を上げて、防犯ブザーまで鳴らしたのに、
綺羅星はその瞬間、怒りというより憎悪に近い感情をその手のひらに乗せて俺にぶつける。
「藤乃! 早く連れて行って! 二度と顔を見せないようにして!」
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