第78話 アリスランド

 ジリジリと照りつける人工太陽。

 屋内につくられた巨大な砂浜には、キャイキャイとはしゃぐ水着姿の男女。

 そこは真冬につくられた常夏の海……。


「蒼天御剣流水瓜破山剣!」


 目隠しをした火恋先輩が手にした棒を振るうと、砂地に置かれたスイカは赤い飛沫を撒き散らしながら弾け飛んだ。


「またつまらぬものを斬ってしまった……」

「あの、火恋先輩……弾け飛んだら食べられないんですが」

「あ」


 見ての通り現在スイカ割りの真っ最中。

 完全にアニメキャラの動きをコピーして、なおかつ破壊力まで再現する恐ろしい人だ。

 何が一番恐ろしいかって、この人の握ってる棒、スポーツチャンバラ用のスポンジソードなんだよな。

 これでどうやったらスイカが割れるのか、原理を教えてほしい。


「す、すまない。もう一玉買ってこよう」

「とりあえずもったいないので、この北斗神拳くらったみたいなスイカ食べましょう」

「そ、そうだね」


 俺たち火恋先輩、雷火ちゃん、ひかり、静さんは水咲が運営する総合アミューズメントパーク【アリスランド】へと来ていた。

 都心から片道2時間の立地の悪い場所にあるテーマパークは、不思議の国のアリスをモチーフにしているらしく、園内には白兎や帽子屋、イタズラ猫など原作に登場するマスコットが闊歩している。

 現在夏冬逆転イベント中で、冬なのに夏が楽しめる、屋内人工浜がカップルに人気らしい。


「暑いです」


 パーカーに麦わら帽子、片手に満天堂スイッチを持った雷火ちゃん。

 夏を演出する為の暖房照明の強さに参っているようで、足取りはふらついている。


「なんで陽キャって海好きなんですかね。悠介さん、わたしと一緒にぶつ森でカブトムシ取りません?」

「君はとりあえずゲーム機を手放しなさい」

「ぶつ森なら海も山も行き放題ですよ? しかもタダです」


 君は本当に世界を牛耳る伊達財閥の娘なのか。

 世界一金のかからない金持ちの娘だと思う。いや、オタグッズに金かけてるからそんなこともないか。


「せっかく二時間もかけてきたんだから、目の前の海を楽しみなさい。見たまえ、この金のかかった人工砂浜を」


 真っ白い砂浜には本物かどうかわからないヤシの木に、色とりどりのビーチパラソルが並ぶ。さらに造波装置でつくられたさざ波が、よせては返す。

 施設内には南国アロハっぽいBGMがかかっているし、塩水じゃないことを除けば常夏のビーチが再現されていると思う。


「土地の広さに物言わせた施設ですね」


 アリスランドの敷地は広大で、東京ドームが10個も入るらしい。

 東西でエリアがわかれており、東は遊園地と同じアミューズメント施設。オレたちのいる西側は、季節によってアトラクションがかわる、イベントエリアになっている。

 しかしそんな広い土地を確保する為、インフラが犠牲となり僻地に建設されてしまったとか。

 確かに片道二時間は来るだけで疲れる。


「遊ぶならネズミーランドで良かったんじゃないですか?」

「月の厚意でタダだからね。文句言っちゃいけないよ」


 一応今日は月とのデートのはずだったのだが、彼女の方から雷火ちゃんたち連れてきていいよと言われたのでこうして遊びに来ている。


「とりあえず、火恋先輩が切った(?)スイカでも食べようよ」


 俺は破砕されたスイカをもらおうとすると、火恋先輩が水着の女性たちに囲まれていた。


「お姉さんカッコいいですね。モデルですか?」

「さっきのスイカどうやって割ったんですか?」

「私達とビーチボールしませんか?」

「いや、その、私は友人連れで……」


 その光景を遠巻きに見やる俺たち。


「すごい姉さんが逆ナンされてますよ」

「あれを逆ナンと言うのだろうか」


 まぁ火恋先輩はかっこいいので、女性人気があるのはわかる。

 キリッとした瞳に、黒髪のポニーテール。スラッと長い足に、出るとこ出たグラマラスなボディ。その白い肌には真紅の競泳水着が映える。

 俺から見ても男前だと思う。


「いいんですか? 火恋姉さん水着のお姉さんにとられちゃいますよ?」

「むしろ華やかでいい。みんなで遊んでいる姿を、木陰からそっと覗く妖精になりたい」

「じゃあわたしは、姉さんを覗く悠介さんを覗く妖精になります」


 かなりシュールな光景だ。コミケでローアングルを狙うカメラマンを撮るカメラマンみたい。

 モテモテな火恋先輩を眺めつつ、シャクシャクとグチャグチャなスイカを食う。


「破壊された使徒のコアみたいになってますね」

「流石に持つところがないのは食べにくいね」

「君たち、のんきにスイカ食べてないで助けてくれないか!」


 火恋先輩は叫ぶが、水着のお姉さんたちは数を増やしていく。


「姉さんはいいですね、ほっといてもきらびやかで」

「雷火ちゃんは水着にならないの?」

「わたしの胸は粗品ですので。そんなことよりスイカ食べたら、ぶつ森でコーカサス探しに行きません?」


 せっかく来たんだから水着姿を披露してほしいが、彼女はがっちりパーカーの前を閉めて完全防御態勢。

 砂浜で膝を抱えつつ、ぶつ森でDIYに夢中。

 俺はそっとパーカーのジッパーに手をかける。


「何してます?」


 ゲームしながら興味なさげに言う雷火ちゃん。


「オープンザドア」

「その先に待つものは絶望ですよ?」

「俺は希望があると信じてる」

「パンドラの中になぜ希望があるかわかってませんね。人間希望をもたせてから叩き落とすのが、一番絶望す――」

「うるさーい」


 ジーッとジッパーを開くと、セーラービキニと言うのだろうか?

 上はセーラーカラーと胸元に大きなリボンがついており、下は短いミニスカ風のパレオとなっている。

 キャラ物っぽい水着で、コスプレしてるみたいで可愛い。それに胸も他が大きすぎるだけで、十分普通サイズだと思うが。


「俺はいいと思う」

「出ましたねザ・マン」

「照れ隠しだよ」

「ちゃんと褒めたほうが、わたしの好感度は上がりますよ」

「可愛いよ雷火」

「そういうところだけ呼び捨てにする技術テクを身につけるとは……さてはママ先生の恋愛マンガを読みましたね?」

「バレたか」


 こういうふとした時に呼び方をかえると、女性はグッと来ると書いてあった。

 ※恋夜3巻21話参照。


「甘いですね、教科書どおりではわたしはトキメキませんよ」

「でも本当に俺は雷火ちゃんの水着姿好きだよ」


 後頭部をかきながら、冗談めかして言うと雷火ちゃんの顔が赤くなった。


「今のはちょっとガチっぽくてダメです」


 なんかわからんがグッときてくれたらしい。

 俺と雷火ちゃんが恋愛固有結界Lフィールドを展開していると、目の前でやたらめったらにナンパしまくっている少年の姿が見えた。


「ねぇお姉さん、オレと一緒にサザエでも食べませんか? 話だけでも!」

「……………」


 しつこいナンパを無視して水着女性は去っていく。

 少年は懲りずに違う女性に声をかける。


「やっぱりこういう場所ってナンパがあるんですね」

「全く相手にされてないけどね」

「あれ? でもあのナンパしてる人、悠介さんのお友達じゃないですか?」

「えっ?」


 俺はよくよく確認してみると、あのアホそうなメガネは相野で間違いない。

 あいつもここに来てたのか。


「ねぇねぇお嬢さん、オレとサーフィンしてみない? 波乗りどう? きっと楽しいよ!」

「…………」


 女性はつーんと無視して歩いてく。


「テメェ、そんな美人でもないくせにお高く止まってんじゃねぇぞ!」


 あいつ相手にされなさすぎて逆ギレしたぞ。


「あの人痴漢です!」


 女性に叫ばれ、相野は駆けつけた屈強なライフセーバーに連れて行かれた。


「あ、あの悠介さんのお友達、連れて行かれちゃいましたけど……」

「雷火ちゃん、あれは知らない人だ。いいね?」


 俺は相野を見捨てた。

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