第310話 普通
サバイバル生活2日目――
「ん……ん~……」
俺は巨大なプリンに押しつぶされるという奇妙な夢を見て、目を覚ました。
夢の原因はすぐにわかった。狭いテントの中で、ぐっちゃぐちゃとしか表現しようのない状態で皆が寝ており、体がいろんなとこに挟まっている。
6畳くらいの狭さに11人が折り重なって寝てると言ったら、どれだけぐちゃぐちゃかわかるだろうか?
「これはひどい」
顔を動かしてみると、後頭部にも柔らかな感触が有り、それが静さんの胸だと気づくのに数秒かかった。
はたから見ると、女の子だらけのテントにいて幸せと思われるかもしれないが、ムチムチ女性しかいない満員電車で寝ていた気分である。
よくよく考えると、それって幸せかもしれないなと気づいた。
なんとか肉たちの中から抜け出し、テントから出ると洞窟には明るい光が差し込んでいた。
「いい朝だ」
焚き火は鎮火してしまったようで、黒い炭になってしまっている。
「昨日、あのまま寝ちゃったのか」
一式の歌声を聞いて、意識が落ちたのは覚えているが、どうやらその後目ざめることが出来なかったらしい。
おまけに外で寝ている俺を、わざわざテントまで運んでいって全員で寿司詰めになって寝たと。
せっかく外で寝たのになと思いつつも、あれだけ人がいっぱいになってると、一人くらい外で寝ても大してかわらないかもしれない。
「……ちょっと臭うな」
圧迫された体を伸ばしていると自分の体の泥臭さを感じ、水浴びを行うために洞窟の奥へと向かう。
この洞窟の上部で湧き水が流れているらしく、壁面から水滴が滴り落ち、小さな滝ができている。
天然のシャワーで泥を落として体を清めていると、顔を洗いにきたのか雷火ちゃんが寝ぼけ眼をこすりながら滝へとやってきた。
「あっ……」
「おはよう」
目と目が合って赤面してかたまる雷火ちゃんだが、俺はちゃんと水着着てますよ。tntnを露出するなんていう無様はしていない。
「どうかした?」
「いや……あの、その、ご馳走様です」
「?」
「悠介さんって、わりと体締まってますよね……」
「あぁ、婆ちゃんのバイトでパワハラ受けてるからね」
「喫茶店とは思えないくらい肉体労働させられてますもんね……。あの、ちょっと触ってもいいですか?」
「いいよ」
ペタペタと背中を触る雷火ちゃん。くすぐったい感触に笑ってしまいそうになる。
「背筋かった。腹筋も6パックじゃないですけど、縦に割れてますよ」
「ジムもちょいちょい通ってるからね」
最初は恐る恐るって感じだったのに、徐々に撫でるように、たくさんの手が俺の体をまさぐる。
「たくさんの手?」
振り返ると、天と真凛亞さんの手が増えていた。
イケメン天は、いたずら猫のような笑みを浮かべる。
「なぜ二人増えているのか」
「いやぁ兄君、いい体してるなと思って」
「……うん、エロい」
女子からエロいって言われる体ってどうなんだ?
「もうちょっと触らせてよ兄君」
「ちょっ、パンツ掴むな! ケツをさわるな!」
「ボクのも触っていいからさ」
「す、すごい悠介さんと天さんのBLシーンが……」
「……天×悠、エロい」
天はイケメンではあるが、女なのでBLではないと注釈を入れたい。
水浴びが終わった後、昨日の残り物の朝食をとった俺たちは、企画運営から朝の健康診断を受ける。
ここで発熱などをしていると失格になるのだが、体調不良者は一人もおらず、無事に誰も脱落することはなかった。
健診を終え、俺たちチームは今日の分の食料をとるために砂浜へと向かう。
昨日とは違って、水も寝所も確保しているので全員総出で漁業である。
「悠介さん、昨日のサザエ美味しかったですよね」
「新鮮だったし、今日もとれるといいね」
「アタシはカニが食いてぇな。カニ鍋もいいけど、蟹刺しとか、焼きガニが食いてぇ」
「私はすでに米が恋しくなってきた」
成瀬さんや火恋先輩たちと話しながら砂浜に出ると、太陽の光を反射した青い海が視界に広がる。
皆思い思いに海に潜ってサザエを探したり、砂浜で潮干狩りをしたりと、サバイバルというよりバカンス的な雰囲気を楽しんでいた。
そして数時間もしないうちに、クーラーボックスとバケツは海の幸でいっぱいになり、午前中で食料集めは終了。
ノルマが達成されたことで、皆砂浜で寝転がったり、泳いだりして自由に遊んでいる。
俺はバケツに入った、まだ動いているウニを突っついていると月がスマホ片手に渋い顔でやってきた。
「どうした、万事うまくいってるのに神妙な顔して」
「このサバイバルぬるすぎない? 食料は豊富だし、寝場所も暖かいし。もっとピンチがほしいわ」
どうやらシナリオライターは、刺激に飢えているらしい。
「皆、突然食料を求めて喧嘩とかしないかしら」
「こんなに仲良しなのに、いきなりそんなことになったら怖すぎるだろ」
「10人も女子がいたら、普通絶対喧嘩が起きるはずなのになんでこんな仲良いのよ」
大変いいことだろ。
「俺たちは順調だけど、他のチームはどうなんだろうな?」
「さぁ、これだけ食料があったら、そこまで苦労はしないんじゃない?」
そんな話をしていると、森の中からうつろな目をした足立チームが出てきた。
その顔は、昨日から一睡もしてませんという感じで、全員目の下に濃いクマを作っている。
成瀬さんの友人の田沼さんが、俺たちに気づいて近づいてくるので話を聞いてみることにした。
「だ、大丈夫ですか? なんか服もボロボロになってますけど」
「あぁ……三石君……見てよこれ」
彼女がシャツをめくると、腹部に無数の虫刺され痕があった。
腹部だけじゃない、よく見ると腕や脚、うなじなども刺されまくっている。
「昨日は蚊と蟻の食料になった気分だったわ。生き地獄よ……」
「そんなにやばかったんですか?」
「やばいなんてもんじゃないわ。この島にいる全ての生物が、私達のことを食料だと思ってる気がした。想像して、纏わりついた蟻が全身を噛み、耳元でファンファンいってる何匹もの蚊が、耳の穴の中にまで入ってこようとするのを」
「こわい」
「こんなの3日も耐えられないわ。そっちは大丈夫なの?」
「ウチは洞窟の中でテントはってるので、虫は見てません」
「はぁ……羨ましい。ウチもテントをとってれば」
「食料とかは大丈夫なんですか?」
「足立君が菜食主義だから、まっずい草しか食べられないの。今も海藻を探しに海に来たの」
「大変ですね……」
田沼さんはしゃがみこんで頭を抱える。
「好きになった男の人が、食べれないモノ多いときつい~」
「別に足立さんだけ食べなければいいんじゃないですか? 他の人は菜食主義じゃないんですよね?」
「そうだけど、足立君が魚や動物を殺すのはかわいそうだからやめようって」
別に菜食主義は本人の自由だから好きにすればいいと思うが、他人にまで自分の主義を押し付けてくる人はキツいな。
「いいの、わたしは男のためなら自分の好みもかえられる女だから。それにその方が痩せられていいわよ」
健気すぎる田沼さんは、海藻とらなくちゃと自分のチームへと戻っていった。
このサバイバルがぬるいとか言ったが、どうやら俺たちのチームが特別なだけで他所のチームは地獄を見ているらしい。
「足立チームは、完全にリーダーに振り回されてるな……」
「あんたさ、食べられない食べ物とかあるの?」
「別にないが、強いて言うならカリフラワーとかがあんまり好きじゃない」
「あたしはあんたが普通の人間で、ほんと良かったと思ってる。そのまま普通の好き嫌いをしてて」
普通であることを感謝される日が来るとは思ってなかった。
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