第311話 食
二日目の昼に差し掛かり、俺たちは砂浜で昼食の準備を行っていた。
「サザエにウニにホタテ貝、豪勢ね~」
豊かすぎるバストを隠しきれていない水着を着た静さんが、焚き火に貝類を並べていく。
これだけ良いものが食べられるなら、サバイバルも苦にはならないな。
そんなことを思っていると、玲愛さんの様子がおかしいことに気づく。
静さんが調理している後ろに近づいては離れ、近づいては離れを繰り返している。
明らかな挙動不審になにやってんだろと思って見ていると、玲愛さんはこちらにやってきた。
「どうしたんですか?」
「……聞きたいことがある」
「なんですか? 神妙な顔をして」
「義姉上と会話するには……何を話したらいい?」
「もしかして話しかけるタイミングを探して、静さんの後ろで腕組み監視お姉さんになってたんですか?」
「この私が、話題に困って人に話しかけられないとは」
氷の女帝が、コミュニケーションに困る日が来るとは。
いつも不遜で、誰に対しても殺すぞオーラーを0秒で照射し、基本上からの会話を成立させる玲愛さんだが、静さんにその会話術は使えない。
「シンプルにこの無人島の話でよくないですか? 食べ物とか自然とか」
「そんな見てわかるようなことを話して、お前はいちいち口にしないとわからないのか? 空気の読めない女めと思われるかもしれないだろ」
「そんな気難しい人じゃないですから。じゃあ、鉄板ネタとしては少女マンガじゃないですか? 玲愛さん静さんの本って見たことあります?」
「ある。電子書籍と紙媒体両方持っている」
「大ファンじゃないですか。その話をすればよくないですか?」
「こんな無人島にまで来て仕事の話をするなんて、空気読めない女めって言われるだろ」
「言われませんよ」
「まして私ごときが、義姉上の仕事を批評するなんて、芸術のわからん人間にモナリザの素晴らしさを語らせるのと同じ行為だ」
休日に仕事の話をするのは、わりと社会人だとタブーとされる行為である。
まぁ静さんはそんなこと気にしないと思うが。
玲愛さん、静さんへの会話のハードルがめちゃくちゃ上がってるな。
「悠、なんとか義姉上に話を寄せたい。何かアドバイスをくれ」
「ん~オタクなら、好きな二次元キャラの会話とかでわりと打ち解けられるんだけどな……。玲愛さんに初恋の二次元キャラとかいませんよね? 女子ならカカシ先生とか、五条さんとか」
「私の初恋は後にも先にもお前一人しかいない。今後もその予定が更新されることはない」
「ありがとうございます」
「お前の初恋は?」
「俺は火恋先輩ですけど――腕はそんな方向には曲がらないぃぃ! 妹に本気で嫉妬するのやめてもらっていいですか!?」
玲愛さんのコブラツイストに悶え苦しむ。
「それで、私はどうすればいいんだ?」
「う~ん、静さんの趣味か……あっ、ホラー映画好きかもしれませんよ」
「ホラー映画?」
「ええ、前に成瀬さんたち全員で、ホラー映画見たいって言い出したんで見ました。しかも結構グロいやつ」
「映画か……その話なら私もできるぞ」
「じゃあ、その話題で話してみたらどうです?」
「わかった行ってくる」
◇
――30分後、静さんが俺に泣きついてきた。
「悠君、私玲愛ちゃんに嫌われてるのかしら?」
「どうしたの?」
「調理してる横で、ずっと怖い話をするの。本当にあったキャンプ殺人事件とか、ジェイソーンは実は実在していたとか、人体はどこを切ると一番痛いか……とかとか」
「あれ? そういう話好きじゃないの?」
「嫌いよ~。悠君お願い止めて」
「わかった」
静さんの玲愛さんへの好感度が10下がった。
この話を玲愛さんにすると、彼女は腰から砕け落ちてorzになた。
「どうして……私は義姉上と仲良くしたいだけなのに……」
「すみません、俺もてっきり好きな話題だと思ってたんですけど、よくよく考えれば静さんが血生ぐさい話好きなわけないですよね」
「悠の嘘つき、嘘つき」
恨みがましい目をしてくる玲愛さんだが、その仕草が可愛らしい。
プロジェクト仲良しが失敗して、次の
「どうかしましたか義姉上?」
「皆がとってきた、お魚さんが入ったバケツがなくなってるの。さっきまでここにあったのに」
確かに、どっさり魚が入ったバケツがあったはずだ。
あれで今晩もいけるなって思ってたんだけど。
「皆ごめん、魚の入ったバケツがなくなった。探してくれないかな?」
「わかりました」
全員で探していると、少し離れた砂浜に俺たちのバケツが転がっているのを発見した。
もちろん中身の魚は、全部逃げてしまっている。
「えぇ……なんで?」
「悠君あった?」
「あったけど、魚全部いなくなってる……」
追いついてきた静さんと玲愛さんに、空になったバケツを見せる。
「誰かがバケツを盗んで逃したのか?」
「そう……としか思えないですね。でもおかしいですね、他の参加者がバケツを盗んだんだったら、魚も盗みません?」
「悠、生き物を食べるのが嫌いな参加者がいただろ」
「まさか」
玲愛さんが見ている方を見ると、足立さんがにこやかな顔で立っていた。
ほぼ犯人で間違いないだろ。
「……足立さん、俺たちのチーム、晩飯を誰かに逃されたんですけど知りませんか?」
「さぁ、わからないな。でも良かったんじゃないかな」
「良かった?」
「魚達が、知恵を使わない人間に食べられなくてすんで」
こいつが犯人で確定だな。
俺は晩飯としか言ってないのに、逃げたのが魚だと言い当てた。
「知恵?」
「ああ、人間は知恵があって別に生き物を食べなくても生きていけるのに、己の快楽のためだけに食べる」
めんどくせぇこと言い出したな。
「そこの女性、あっさりと魚の頭を落として調理していましたが、魚の気持ちを考えたことあるんですか? きっと物凄い恐怖だったと思いますよ」
「で、でも……」
静さんは指差されて後ずさる。
「貝たちも生きたまま焼かれて可哀想でした。あなたたちは罪を犯して生きている。今からでも遅くありません、改心して殺生をやめましょう。罪多きものは地獄に行きますよ」
両手を広げて、俺今良いこと言ってますよって顔の足立さん。
この野郎、そろそろちゃんと喧嘩しないとダメみたいだな。
そう思い前に出ようとすると、玲愛さんが先に前に出た。
「おい今すぐ口を閉じろ。さもなければ、その綺麗な鼻をへし折るぞ」
「やはり他者の命を奪う人は野蛮ですね」
「この世の生き物というのは、全て他者の命の上に立っているんだ。命を奪うなというのならば植物とて命だ」
「植物は違います、植物には考える脳がない」
「その線引きをなぜ貴様がやる? 神様気取りの命の選別が、傲慢だということになぜ気づかない」
自信に満ちた顔をしていた足立さんが押し黙る。
「お前は、動物の命を守る活動をしている自分に酔っているだけだ。自分は良いことをしている、命を救っていると」
「違う! 僕は声を上げることが出来ない、動物たちにかわって活動しているんです。あなたには食べられてしまう動物の痛みがわからないんですか!?」
「わかるか。この世界は動物だけじゃなく虫でさえ狩りを行い、他者の命を喰らう。古来より人間は知恵を絞って、動物を捕まえて食す。食卓に並んだ命に感謝し、いただきますと言って己の命の一部にするんだ」
「…………」
「ステーキの痛みがわかるというのなら構わん、お前は一生草だけ食って生きろ。それが個人の思想の自由というものだ。ただし我々にその価値観を押し付け、地獄に落ちるなどとほざくな」
こっわ。
玲愛さんのプレッシャーを受け、完全に腰が引けている足立さんは「やはりあなた達には理解できないようですね」と捨て台詞を吐いて走っていった。
なんか悲しいなぁ、菜食主義の人も健康のためにやってますとか、普通の理由でやってる人もいるのに。
あぁいう一部の人が、自分たちの評判を下げてるってなぜ気づかないのか。
「玲愛ちゃん、凄くカッコ良かったわ」
「いえ、義姉上、私なんて」
静さんの玲愛さんへの好感度が20上がった。
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