第166話 玲愛と首輪Ⅶ

「今日のビーチバレー大会、あんたには不利な条件で悪かったわね」


 ヒカリは俺の隣にドカっと座り込むと、俺と玲愛さんが繋がれている手錠を見やる。


「いや、こんな万に一つもないようなケースに合わせてもらうわけにはいかないよ。どっちみちスポーツ自体、あまり得意なジャンルじゃないから」

「だよね。あんた運動神経なさそうだし」

「君は謝りにきたのか、けなしに来たのか」

「そうね……全部とはいかないけど、一つくらいスポーツの種目潰してヴァイスカードにかえよっか?」

「そんなダイナミック贔屓されても困るよ」


 スマホを取り出して手配しようとしている月に苦笑いを返す。


「まぁ一応シークレット競技もあるから」

「そういえば言ってたね。あれ明日やるの?」

「言わないわよ。明日かもしれないし、最終日かもしれない。明日もやるし最終日もやるかもしれない」

「むぅ、いくつやるかも秘密なのか。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないか」

「ダメよ、主催者として参加者には公平じゃないとね」


 ツインテを弾いてフフンと笑う月。


「そう言いつつ君ら主催者で参加してるじゃん。しかも一位とってるし」

「いやー、賑やかしで参加したつもりだったんだけど。あたしの負けず嫌いが発症して、目の前の対戦者に勝利してたら気づけば一位だったわ」


 はは、やりすぎたと乾いた笑いをこぼす月。


「道理で手加減してないなと思ったんだ」

「あ、あたしに負ける参加者が悪いのよ」


 フンと足組みしてそっぽを向く。さすが月、安定の逆ギレ。


「でも月はあんまり泳ぎ得意じゃないから、明日は危ないね」


 アマツがイケメンスマイルを浮かべると、月は苦い表情を作っていた。


「泳ぎの才能はすべて姉と妹に持ってかれたのよね」

「えっ、泳げないのか?」

「泳げなくはないわよ、浮かぶけど前に進まないだけよ」


 どっかの三女も同じことを言っていた気がする。


「それはそうと明日は午前中は水泳、昼からテニス、夕方に……夕方はなくて、夜からゲーム大会。イベントが多くなってるから早めに休んでおいた方がいいわよ」


 今夕方でつまったな。夕方にシークレット競技やる気だな。


「うん、わかった。ありがとう」

「軽く明日の競技説明だけしとくわ。テニスに関しては従来通りで3セットマッチ、2セット先取で勝ちよ。ゲーム大会に関しては戦場の運命を基本とした別のゲームを用意してるから、それはその時に確認して」

「ゲームはなにやるか楽しみだな」

「多分あんた有利だから期待していいわよ。水泳だけが少しルールが特殊で、ペアで200mを自由形で泳ぐんだけど、ペアによって泳ぐ距離を不問にしてるわ」

「一人何メートル泳いでもいいってことか?」

「そっ。例えば男性が100m泳いで女性が100m泳ぐ、オーソドックスな均等距離型。男性が150m泳いで女性が50m泳ぐ、男頑張れ型でも構わないわ。ペアによって200m中の配分は自由よ」

「じゃあ別に一人で200m泳ぎきっても大丈夫なのか?」

「別にいわよ。次回の水泳からペア変更が有効になるから、パートナー不在の参加者が存在すると思うの。その場合は一人で200m泳ぎきってもいいわ」

「えっ? パートナーいなくても失格にならないの?」

「どちらの都合で一人になったかわかんないでしょ? パートナーに裏切られて、ゲームも失格になると流石に可哀想だし。最終ゲームまでに別のパートナーを見つけてくれれば良しとしたわ」


 確かに、それは踏んだり蹴ったりだな。


「それ、一人でめっちゃ強い人とか出てくるんじゃない?」


 例えば玲愛さんとか玲愛さんとか玲愛さんとか。


「テニスはダブルスを予定してるし、流石に一人で勝ち抜くのは無理よ」


 確かに、それは一人だと不利だろうな。水泳も一人で200メートル泳ぐってかなりきつい。どう考えても二人で泳いだ方が有利だ。


「あんたも他人事じゃないし、ポイントの点でも有利になるからペア変更の件考えておいたほうがいいわよ」


 月は俺がフラれることを期待するような、意味ありげな笑みを浮かべる。

 あー、こ奴内海さんとの会話聞いてたな。


「それ以外のルールに関しては、折り返し地点以外の水中で足をつくと失格ね」


 俺が水泳のルールに納得したところで、月はソファーから立ち上がる。


「そんじゃあたしはこれから水泳の練習しに行ってくるから」

「向上心が凄い。苦手なら藤乃さんに全部泳いでもらったらよくない?」

「嫌よ。藤乃のおかげで優勝したとか言われるの嫌だし。どの競技も絶対やるわ」


 これが水咲トップのプライドという奴か。その正々堂々としたところは嫌いじゃない。


「かっこいいな」

「当り前よ。あたしの勝利にケチがつくようなことはしないわ」


 フフンとドヤる月だったが、天がそっと耳打ちしてくる。


「月、君にかっこ悪いとこ見られたくないんだよ。かわいいでしょ?」

「違うわ。あたしの運動能力がオタメガネ以下って思われるのが嫌なだけだから。ただそれだけよ(超早口)」

「ツ、ツンデレ……」

「違うって言ってんでしょ、死ね!」


 超絶早口な月は、俺にローキックを浴びせてからホテルの外に出ていく。



「あいつの場合ツンデレというかツンギレだな……」

「ちょっと見ない間に月も女の子になったなぁ~」


 クスクスと笑みを浮かべる天。


「そういや天も順位良かったよね」

「うん、最後に月のペアに負けちゃったけどね。酷いよあのペア、忍者みたいに二段ジャンプしてサーブするんだよ」


 あぁ壁を乗り越える時に、片方がおもいっきり下から跳ね上げて、ジャンプ力を底上げするあれか……。よくまぁそんな時代劇みたいなことを。


「でも久しぶりにちゃんとしたスポーツをした感じがして楽しかった」

「そっか、それは良かった」


 多分手加減なしの勝負ができて楽しかったんだろうな。俺はまた特に意味もなく天の髪をくしゃくしゃと撫でる。

 すると玲愛さんに手錠をグイっと引っ張られた。


「そろそろ戻るぞ」

「あっ、ハイ……」


 玲愛さんに従って部屋に戻ろうとすると、天が道をふさぐ。


「邪魔だが」

「兄君を犬みたいな扱いするのやめて」

「お前に指図される言われはない。部外者が」


 部外者と言われ、明らかに天がカチーンと来ている。


「ボクの方が彼と付き合い長いんですけど」

「忘れられていたほどだろ。部外者が」


 あっ、すごい険悪な雰囲気。

 俺がはわわわとしていると、さっき帰ったはずの内海さんがまた戻ってきた。


「わわわ忘れ物~♪ってちょっと古いかな。悪い、ライター置き忘れてね……って何この険悪な空気?」

「怪獣大戦争がおきてます」

「僕にはお互いを浮気相手だと思い込んでる女性が、男そっちのけで喧嘩してるように見えるけどね」


 わからないけどわかる解説やめてください。


「ボクずっと見てたんですけど、明らかに貴女今日お見合いしてますよね? それも結構重めな」

「お前には関係ない」

「あります。あなたの未来は兄君の未来に大きく影響してきますから。特にそこのヒゲの人」


 天は内海さんを指さす。


「この人とはかなり深く、ペア変更の話もしてますよね? もし仮に貴女が、兄君を裏切ってペア変更したらボクは許しませんよ」


 問い詰めるように、はっきりと強い口調で玲愛さんに言ってのける。


「何を許さないのかは知らんが、私がペア変更した方がお前らは好都合だろう」

「ボクにとっては好都合ですよ。でもそれはボクにとって一番悲しませたくない人を悲しませることになります。彼は貴女にないがしろにされると悲しむ」

「まるで本物の家族気取りだな。さしずめ私はお前から兄を奪う意地悪な女か?」


 長い髪をサラサラと揺らし、悪女のような怖い笑みを浮かべながら玲愛さんは天の方に向き直る。

 えっ、なんでこの二人こんなに仲悪くなってしまったん?


「……実はボク、貴女のことあまり好きじゃないです」

「私もどちらかというとお前は気に入らない」


 至近距離パイ合わせ状態でにらみ合う二人。


「兄君とは約10年ぶりの再会で期待に胸を膨らませ帰国してきたのに。驚いてくれるかな、なんて思いで教室に入ったら、他の女の人と手錠でくっついてるんだもん。泡吹いてひっくり返りそうになりました」


 イケメン女子が転校早々泡吹いて倒れたら大ニュースだな。


「その時は、10年の歳月が経てば違う人間関係が出来上がってしまうことはしょうがない。奪い返せばいいだけって思いました」


 天の言ってることって、ちょいちょい「ん?」ってなること多いんだよな。


「でも目の前で兄君が犬扱いされ、その上別の男の人とペア変更しようとしてて腸煮えてヘイトカウンター振り切れてます」


 内海さんが俺にぼそりと耳打ちする。


「あれは幼馴染の友達以上恋人未満の男を寝取られた後に、その男がキープとして都合よく扱われているのを見た女の子の目だね。相当毒たまってるよ」

「具体的過ぎてよくわかりません」

「信じて送り出した幼馴染が冷血悪女に捕まって犬にされてアヘ顔Wピース決めてますってとこだろう」

「決めてませんが」

「ボーイッシュ少女にとっては、好きな男がないがしろにされててキレそうってことさ」


 内海さんはこれ以上この場にいると自分に飛び火すると危険を察し、そそくさと逃げ出した。あの人ズルい、俺も逃げたい。

 天の食いつかんとするような敵意むき出しの目に、玲愛さんはフンと鼻を鳴らす。


「こっちにも事情がある。それをついこの前引っ越してきた部外者に言われる筋合いはない」


 冷静に言い返す玲愛さんだったが、その冷静さが更に天を刺激したのか、彼女の怒りが頂点を超えてしまう。


「じゃあ兄君の気持ちもっと考えてよ! 貴女がお見合いしてる最中、兄君ずっと俯きながら後頭部をかいてた。そりゃそうだよ、あんだけ空気重くしてたら。あの癖は、兄君がどうしていいかわからなくて不安な時にする癖なんだよ!」


 あっ、俺そんな癖あったんだと初めて知る。


「天、あれは伊達の重要な話し合いで、俺が頼まれてやったことだから」

「兄君は黙ってて」


 アマツの目から光がすっと消える。


「いらないならボクにペア譲ってください。ボクならあなたより彼を幸せにできる」

「…………」


 真剣に言う天を見て、玲愛さんは。


「そんなに欲しいならくれてやる」


 彼女は冷めた目で言い捨てる。こんな玩具くれてやると言わんばかりだ。

 なんだかいたたまれなくなってきたな……。


「お前の大事な”兄君”なんだろ?」


 皮肉たっぷりに兄君を強調する玲愛さん。


「手錠の電池が切れ次第、私は内海とペア変更する。その後ならお前らの好きにしろ。私は悠介これには跡継ぎを生ませる、男としての役割以外何も期待していない」


 嬉しいだろ? と挑発的な視線を向ける玲愛さん。天はその無感情な声に、怒りを押し殺し必死に歯噛みしていた。


「本気で言ってます?」

「あまり熱を上げるな。私はコイツのことを伊達の駒としか見ていない。悪いが犬以下だ」

「あ、アンタって人はぁぁ……!」


 玲愛さんの冷たい声に、ガンニョム主人公みたいに声を震わせる天。


「私は忙しい、用がないなら消えろ」


 天は肩を怒らせ、まだ食い下がろうとするがそこに――


「玲愛ちゃん、くれるって本当なのかしら?」


 場違いなおっとりとした声が響いた。

 振り返るとそこには頬を押さえ、艶めかしい吐息を吐く静さん。その姿にたじろぐ玲愛さん。

 完全に殺伐とした空気が変わった。


「いや、あの……義姉上に言ったのでは……なくてですね」

「やっと本家からお許しが出たのね。嬉しい……これまでこの気持ち押えてて良かったわ」


 あれで押さえてたの? 嘘でしょ?


「はぁ……初めてが遊園地のホテルって言うのも素敵ね。ここ、コンビニか薬局ってあるのかしら?」


 ナニを買う気なのでしょうか。ボクニハワカリマセン。

 玲愛さんもさすがにこれはライン超える気だと気づいたのか、クールな表情を崩さなかったが、手錠のワイヤーを引いてそそくさと自室に撤退した。

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