第165話 玲愛と首輪Ⅵ

  ビーチバレーが終了して、結果だけを見ると


 1位 水咲月・叢雲藤乃ペア(5pt)

 2位 内海慎・一ノ瀬涼子ペア(4pt)

 3位 伊達火恋・伊達雷火ペア(3pt)

 4位 水咲天・水咲綺羅星ペア(2pt)

 5位 三石静・成瀬ペア(1pt)


 上位全てを知り合いが占めることになった。

 主催者が1位でいいのかと思いつつも、別にズルしてるわけでもないので、私を倒してみろってことなんだろうなと思う。

 ビーチバレーイベントは予定通り午後五時に終了して、まだ遊びに行く人と、疲れてアリスランド内のホテルに戻る人に分かれた。

 俺と玲愛さんは競技終了後にも見合い相手との会談が入っているので、ブルーな気持ちを引きずりながらホテルの休憩室で会談を行った。



「わかりました、そのように父には伝えておきます」


 初日の会談は順調に消化し、最後から一人前の男性(もう名前も覚えていない)が話を終えてソファーを立つ。玲愛さんはイベント後の疲労も見せず、無表情なままノートパソコンにデータ入力を行う。

 すると内海さんがアロハ柄のハーフパンツにTシャツ一枚の、他の候補者に比べて随分ラフな格好でひょっこりと現れた。

 それを見て玲愛さんがチッと舌打ちする。


「お前はまだ呼んでない」

「かたいこと言わないでよ。どうせ僕で最後でしょ?」


 内海さんは喫煙室に行っていたらしく、煙草を胸ポケットにしまいながら目の前のソファーによいせと腰を下ろす。

 どっからどう見てもくたびれたオッサンにしか見えないのだが、多分これでも20代なんだろうな。


「臭い」

「喫煙ルームで吸ってるんだから許してよ」

「臭い」

「人より多く税金払って女の子に嫌われる。嫌な時代だねぇ」

「私からすると金を払って毒を買う理解不能な人種だ」

「心の休憩時間を買ってるんだよ。君にはわかんないだろうねぇ」

「一生理解できなくていい」


 百貨店では敬語だった気がするが、それも完全に崩れてタメ語で悪態をつく玲愛さん。

 その様子をニコやかに見守る内海さん。


「こっちを見るな、変態が感染る」

「男も女もひと皮むけば変態だと思うんだが、僕の論文読んでくれなかった?」

「男女の理性と性欲がどうたらってやつなら、途中でくだらなくなって読むのをやめた。お前らしいと言えばらしいが、あんなものを大真面目で書いてるバカはお前ぐらいだ」

「僕はいつだって直球勝負さ」

「他の女にも同じことを言っているだろ」

「いや、本命は君だから本気で口説くよ」


 さっきまで飄々としていた内海さんは、急に声音を落として真面目な口調で言う。それを見て玲愛さんが一瞬視線をそらす。

 マジか、玲愛さんが照れたの初めて見たかも。


「よく言う。さっきの試合だって、あんなに大人げない手を使っておいて」

「本気だから手はぬかない。僕はこのイベントで優勝して、君と式を上げる」

「誰が、いつ、お前とペアになると言った」

「なるよ、だって玲愛ちゃんは大人だし、”こっち側”だから」


 内海さんは口調を戻し明るいトーンで言うと、玲愛さんは黙り込んでしまった。


「君の”落としどころ”は僕だと思っているし、自慢じゃないが僕は尽くす方だ。しかも放任主義でもある。ある程度の浮気だって許容しよう」


 内海さんの意味深なウインクが俺に炸裂する。

 俺は意味がわからなかったが、玲愛さんは更に深く黙り込んでしまった。

 話を聞いていて内海さんの言ってることはおかしい。玲愛さんが浮気なんてするわけがない。もし仕事が浮気の対象になるのであれば話は別だが。


 いつしかタイピングの音も消えて、玲愛さんはノートパソコンに映し出された内海さんのデータを眺めていた。

 どうせまたどこぞの代表取締役とか嫌な役職がついてるんだろうと思い、覗く気すら起きなかった。


「候補者全員にしている質問だ、もし家庭が出来たら仕事はどうする?」

「君は君のやるべきことがあるだろう。僕には僕のやることがある、仕事でお互いの足を引っ張らない事をルールにしたい」


 裏を返すと、仕事ではお互い干渉しない、更に言えば玲愛さんは好きなことやってていいよって事だ。


「交際予定日数は?」

「一年から一年半を予定」

「子供は?」

「6年以内には一人ほしい。懐妊がわかったらタバコはやめる」

「休日は?」

「僕はゲームが趣味だからね、ゲームでもしてるか友人とフットサルでもしてるよ」

「仕事と私、選ぶなら」

「仕事、でも可能な範囲で君を助ける努力はする」

「私は伊達を捨てないぞ」

「勿論、僕の為に自分を殺す必要はないよ」


 なんだこの人、パーフェクトじゃないか。

 おおよそ玲愛さんの中にある正解を答えていってる、玲愛さんも他の会談者にはこんな踏み込んだ質問はしていない。

 他にもいくつか答えづらい質問をしていたが、その度に完璧な答えを返して、やがて玲愛さんの質問はなくなっていた。


 これで終わりかい? とにんまり笑う内海さんに、渋い顔で肩を落としている玲愛さん。


「くそっ、何でお前なんかと……」


 彼女はブツブツと呟いているが俺には聞き取れなかった。とりあえず内海さんが、玲愛さんをやり込める程にやり手だということはよくわかった。


「質問は以上かな?」

「…………」


 沈黙を肯定ととった内海さんは話を続ける。


「僕からも一つだけ聞きたい。君と三石君の間に恋愛感情はないんだよね?」

「な、何言ってるんですか!?」


 俺は取り乱したが、玲愛さんは逆に今までとは打って変わって今日一冷たい顔をしていた。


「質問の意図が不明だし不快だ」

「いや、僕の知ってる玲愛ちゃんは手錠ぐらいなんとかしてしまうんだよ。例えそれが100%切れない代物でも、切れるものを探してきたり、切れるものを作っちゃったりするのが伊達玲愛という女性なんだ」


 内海さんの言ってることは正しい。


「でも君はそれをしないで、何日も彼と一緒にいるようだ。好意を持っている人間じゃないと普通耐えられないよ」

「…………」

「人は君のことを蒼氷のような女性と評する。君はある一定距離以上他人を近づけない。大企業の人間なら警戒心が強いでわかるが、三石君は無条件で受け入れている。……僕は君に興味があるよ」


 内海さんはイケオジスマイルで俺を見やる。


「三石君、彼女の寝相がどうなのか気になるね」

「いや、あの……普通ですよ」


 俺がつい真面目に答えてしまうとクククと笑みを浮かべる内海さん。


「今のは下ネタだよ三石君」

「あっ……えっ、すみません」

「かわいいね、君は」

「やめろ。こいつに関係ない話をするな」

「睨まないでくれ、冗談じゃないか」


 俺も玲愛さんも手玉に取られてる感が凄い。


「君は感情を表に出さない方だし、不機嫌を見せるのはレアなパターンだ。君は怒りの感情を彼にぶつけている、それが僕には君が三石君に甘えているように見えてね」


 内海さんが話した後、この空間の温度が一気に下がった気がした。ダイヤモンドダストでも放ってきそうなくらい、玲愛さんのリミットゲージは高まっていた。

 俺がRPGの主人公なら、あの敵は近づいたら即死するあかん奴とスルーを決め込んでいたことだろう。


「妙な勘繰りはやめろ」

「質問に答えてないよ」


 玲愛さんの怒りをまともにくらっても、あっさりと受け流してしまう内海さんに、ある意味尊敬の念を覚える。


「…………ない」

「……多少間はあったけど、それでいいことにしておいてあげるよ。どうやら機嫌も悪くなっちゃったみたいだし、僕はこれでおいとまするとしよう」


 内海さんは後よろしくと、無責任なウインクを俺によこす。

 俺にダイヤモンドダスト受けろってか。


「あっ今晩もう一度ペア変更の件聞きに行くからさ、その時OKなら首輪を外しておいてくれないか? センスで人のことをとやかく言える立場ではないけど、それは犬用だ。人間がつけるには悪趣味だよ」


 それだけ言い残し、内海さんは持ち時間前に切り上げて、ホテルの自室へと戻っていった。

 玲愛さんはゆっくりと首輪をさする。


 恋愛感情がないなら、その首輪外せるだろってことか……。

 あの首輪のネームプレートには玲愛さんの名前と、俺の名前が記載されている。確かに恋人関係でもない人間がつけるには悪趣味なものだ。

 思い悩む玲愛さんを眺めていると、ふと目と目があった。彼女は口を開くが声にはならず、何度かパクパクと口を動かした後にようやく言葉を発する。


「悠……お前は私に結婚……」


「ここにいたわね、オタメガネ!」


 玲愛さんが何かを言おうとした瞬間、サロンに響き渡るような大きな声にかき消されてしまった。

 タイミングの悪い声のした方に視線を向けると、ホテルの中なのにまだ水着姿の月と、相変わらずボーイッシュな格好の天の姿があった。

 彼女たちは足早にこちらに近づいてくると、玲愛さんは再び口を閉ざしてしまった。

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