第365話 水咲奪還戦 Ⅰ

 さて、決戦の日はやってきた。今日は新人クリエーターインタビューと言う企画で、旧水咲本社ビルで動画の生放送にでることになっている。

 本当なら俺以外のサークルメンバーも出演する予定だったのだが、バッシングが酷いだろうし、何より荒れることをやるつもりなので一人でやってきた。

 天気は生憎の曇りで、ゴロゴロと具合が悪そうな音が響く。

 俺は改めて旧水咲ビルを見上げる。

 駅から近く、立地条件の良い一等地に天高くそびえるビル。

 薄暗い空と雷鳴の背景も相まって、ラスボスダンジョンに見えてきた。


「R団に占拠されたシルフカンパニーか、新羅ビルに見えてきたな……」


 ビル内に入ると、前までアニメのポスターや特撮ヒーローのマネキンが出迎えてくれたのだが、今は撤去され簡素な受付だけになっている。


「オタク色を消そうとしてるな。そうはさせないぞ」


 気合いをいれて俺はエレベーターへと向かう。



 その様子を心配そうに見つめる、二人のメイドの姿があった。


「結局主人一人で行きましたわ」

「そうですね」


 ついつい成り行きが気になり、ついて来てしまった一式と弐式。


「どうしてご主人様は一人で行かれたのでしょうか?」

「どうせここで何かやらかすつもりなんでしょう……。そんな目をしてましたわ」


 弐式はアパートを出ていくときの悠介の顔を思い出す。結局主人は、今日なにをやるかを語らなかった。

 こちらに気を回してなのか、それともそういう作戦なのか。

 弐式は納得できなかったが、伊達姉妹も水咲姉妹も何も言わないし、聞こうともしなかった。

 彼女達が乗り越えてきた絆がそうさせるのか、言葉にしなくても通じ合っているような感じだった。

 まだその域にまで達していない弐式は、いてもたってもいられず、一式と共に後をつけてしまったのだ。


「まさかセカンドが、心配だから見に行こうって言うとは思いませんでした」

「う、うるさいですわね。主人の動きで、水咲が完全消滅するかもしれないと思ったら心配になるでしょう。メイドとしてそれは防がないと」

「はいはいメイドとしてね♪」

「なんかムカつく納得の仕方しますわね」

「中に入りますよ」


 二人はロビーに入ると、丁度エレベーター待ちをする悠介の姿が見えた。


「やばっ、隠れて」


 サッと身を隠す二人だったが、メイド服なんていう隠れた方が目立つ服装をしている為、近くを通りかかった社員の視線を集めていた。


 ポンっと音を鳴らしてエレベーターが開くと、中から姿を現したのは一式、弐式と縁のある人物だった。

 横流しの前髪、キリッと通った鼻筋に、鋭い眼光と輝く眼鏡。間違いなくボイストレーナーの大越先生だった。


「な、なんで大越先生がここに……」

「仕事じゃありませんの?」


 エレベーターから降りた大越は悠介の肩を叩くと、耳元で何かを囁いた。その瞬間彼は顔面蒼白となった。


「なに? 何を言いましたの?」


 悠介がその場で硬直していると、開いたエレベーターは閉じて、また上の階に上がってしまった。

 大越は視線でついてくるよう促しているようで、悠介はそれに従う。


「何があったんでしょう? もうじきインタビューの時間ですが」

「何かあったのは間違いないですわ。多分……トラブル」


 一式と弐式は大越と悠介を追いかける。

 階段を一つ上がると、悠介と大越は二階の休憩室へと入っていく。昼休みも終わっている為、室内に彼ら以外人影はなかった。

 二人は入口でそっと聞き耳をたてる。


「俺のやろうとしてることを知ってるってどういう意味ですか?」

「そのままだよ、今日君はこの会社をひっくりかえそうとしている。違うかい?」

「なんのことかわかりかねます。俺は取材の為に呼ばれただけです」

「白を切ってもダメだ、私は君が旧水咲の開発主任たちと、悪巧みをしているのを聞いてしまったからね」

「ちょっと何言ってるかわかんないですね」

「今日の取材で、摩周社長を怒らせ自爆を誘っている。ここ数日のツイッターの炎上騒ぎはこの為の布石だろう? その証拠に今日全社員にこのインタビュー配信を見るよう、取締役命令が出ている」

「ちょっと何言ってるかわかんないですね」

「ヴァーミットへの不信感が内からも外からも高まっている今、配信で摩周社長が口を滑らせ失言をすれば失脚する可能性は高い。君はそれを狙っている」

「…………」

「仮に失脚しなかったとしても、旧水咲派の勢いが増すことは間違いないし、水咲遊人氏の権力が復活する可能性は高い。根回しも完璧で、周到に準備されている。大人目線から見て、君は嫌な子供だよ。正直恐れすら感じる」

「完全に筒抜けだったってわけですね」

「具体的にどうやって怒らせるかは知らないがね。摩周さんもカメラを前にして、そう簡単に怒るとは思えないし」

「…………この話はもう摩周さんに言ったんですか?」

「いや、まだだよ」

「何故です?」

「私としては別に君の計画が転ぼうが成功しようがあまり興味がない。トップが水咲さんでも構わないんだよ。ただ……あの人とは折り合いが悪い。何度も真下姉妹の運用の仕方でもめてきた」

「…………」

「このままこの計画を黙っていてあげてもいい。なんなら協力してもいいくらいだ」

「その言い方だと見返りを求めてくるんでしょ?」

「正解だ。なにそんな難しいことは言わない。私に真下姉妹の運営プロデュースを任せてもらいたい」

「……なんで俺に言うんですか?」

「何故って、君は頭が回るのかバカなのか……。君が会社を取り戻せば、水咲さんは生涯返しきれないほどの恩が君にできるわけだよ? 跡取りに興味がない水咲さんだけど、君は水咲姉妹とも仲が良い。結婚からの……次期社長あるんじゃない?」

「俺の後ろから甘い蜜啜ろうってわけですか」

「戦いの勝ち馬に乗ろうと思うのは当然だろう」


 そう言ってクククっと悪役っぽく笑う大越。


「何故そこまで真下姉妹にこだわるんですか?」

「原石だからだよ」

「原石?」

「そう、虹色に輝くダイヤのね。私の手にかかれば彼女達はどこまでも羽ばたくことができる。トップスターとして一流になれるだろう。そして彼女達に憧れた次の原石達が私の元にやってきて、また新たなスターが生まれる。素晴らしい循環だと思わないか?」

「真下姉妹をアジア圏に売り飛ばそうとしたくせに」

「本当にわかってないな。私の言ってるスターは世界1位だ。世界を目指すには、まずアジアをとる必要があるんだ。それにはアジアの富裕層やテレビ関係者に認めてもらうしかない」

「ようは権力者に抱かれてこいってことですか?」


 悠介が嫌悪感をむきだしにして言うと、大越はニマっとした汚い笑みを浮かべる。


「青臭いことを言うね君は。世の中実力じゃない、コネだ。それを若さと女を使って、手っ取り早く構築することの何が悪い?」

「本人が言うなら100万歩譲ってわかりますけど、貴方から言われるのは余計なお世話では?」

「きっと今は私のことを嫌うだろう、だが将来的に彼女達がトップスターと肩を並べた時、私を恩師として感謝することだろう。美しい話だと思わないか? スターの影に、常にこの敏腕マネージャー大越の姿有りと」


 完全に妄想に耽り、うっとりとした表情を浮かべる大越に、悠介は「うわ、終わってんなコイツ……」という表情を浮かべる。


「さぁ、私を君たちの仲間に入れてくれ。さもなければ摩周代表に今日の取材に出ないよう言う」

「…………」

「この機を逃せば摩周代表は君を警戒し、二度と会おうとはしないだろう。ここで計画は失敗だ。さぁ、どうする?」

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