第366話 水咲奪還戦 Ⅱ

「あの子らはあんたのプロデューサーゲームのキャラじゃないんだぞ」

「トップに上り詰めるのに手段を選ばない。それができる子がスターになるんだよ。現に私がアドバイスした生徒が、何人も成功している」

「ほんとかよ……」

「君も知っている子がいるんじゃないか?」


 大越が何人かの具体的な名前を上げるが。


「それ全部、謎の引退で消えていった声優ばっかりじゃないか!」

「メンタルに多少の問題があったようだ」

「アホか、信じてた先生に体売れなんか言われたら誰でも鬱になるわ。くそ、嫌な話聞いた。今度からその声優の名前聞いたら、そのことしか頭に浮かばん」

「有名になれたらいいな、あわよくば成功したい。そんな夢追い人が生き残れる業界じゃない。本気でやりたいなら何を犠牲にしてもやるという誠意を見せないと」

「なにが誠意だ、やり甲斐を盾にするブラック企業かよ」

「さぁ、どうするんだい? 君は今水咲と言う大企業復活と、真下姉妹の二人を天秤にかけているんだ。単純な計算だろう? 水咲数千人の社員をとるか真下姉妹二人をとるか」


 話を影で聞いている一式と弐式は、息が詰まる思いだった。

 この後の展開によって自分達の今後が決まると言っても過言ではない。今すぐ出て行ってぶち壊すこともできるが、それでは悠介が今まで積み上げてきた計画を台無しにすることになる。


「さぁどうする? この機を逃せば次はないんだろう?」


 大越の言う通り、計画をバラされてしまえば摩周のガードが固くなって二度とチャンスはないかもしれない。

 かと言って大越の言いなりになるわけにもいかない。

 悠介は苦い表情で答えを出せずにいた。


「…………」

「もう収録まで時間もない。この話に保留はない、今決断したまえ」


 一式と弐式が覗き見た悠介は冷や汗まみれになっており、頭を片手でおさえながら必死に考えている様子だった。


「バカな主人、さっさと頷けばいいのに」

「三石様は優しいですから、決断するのは難しいでしょう」


 二人して呆れながらも笑顔をつくる。二人の意思は既に固まっていた。

 この計画が成功するかはわからないが、自分達の為に頓挫させるわけにはいかない。


「仕方ありませんわね。メイドとして主人の足を引っ張るわけにもいきませんし」

「そうですね。たくさんご恩もありますし」


 一式と弐式が、自ら大越に自分の身を差し出そうと休憩室に入ろうとした時。


「ダメだ。やっぱりあなたにあの二人は任せられない」

「「!?」」


 大越は期待外れだと冷たい視線をしたまま、ため息をつく。


「まぁ一応理由は聞いておこうか」

「貴方のやろうとしていることは、ヴァーミットと全く同じだ。売れる為なら何をやってもいい。成功の裏に努力以外の影があっても当たり前」

「…………」

「それは売れる為ならなんでもするヴァーミットと何にもかわらない。俺が今、あの二人を貴方に差し出したら俺も同罪だ」

「たった二人のために水咲数千人の社員を捨てると?」

「水咲アミューズメントっていうくくりで見たら真下姉妹はたった二人かもしれないが、俺達サークル三石家で考えたら彼女達はサウンド部門を担当する変えのきかない存在だ。だから俺は彼女らを売り飛ばすようなことはしない。……絶対にだ」


 一式と弐式は息を飲んだ。


「その結果水咲は死に、真下姉妹も夢に届かないわけだが?」

「勝手に決めつけるのはやめてくれ。夢を掴むのはいつだって自分の意思だ。他人が無理やり肩車して夢に手を届かせるようなことしなくていいんだ。自分の力だからこそ夢を掴んだとき喜べるし、届かなかった時悲しみと共に諦めがつくんだ。俺は水咲も真下姉妹も諦めない」

「…………いいだろう、君の意思はよくわかった。私は言った通り、摩周氏には生放送に出席しないように伝えてくる。君は浅はかな選択をしたと後悔するといい」


 そう言って大越は休憩室を出た。



「やっちまったかな……俺」


 断ったことに後悔はしていないが反省はしている。

 そもそも大越に作戦を聞かれていた時点で、この計画は失敗していたわけだから後悔も何もない。

 あえて悔やむなら俺のガードの甘さだろう。その尻拭いを彼女らにさせるわけにはいかなかった。


「中止するって居土さんに伝えるか」


 いや、プランを大幅に変えて、摩周代表がいなくても成立するようにしないと。くそっ、時間がない。

 俺はスマホを取り出し電話画面を呼び出すが、その手をカフス付きの二本の手が止める。

 驚いて顔を上げると。


「あなたはなんでそんなにバカなんですの?」


 本物のアホを見る目の弐号機と初号機。


「君らなんでここに?」

「そんなことどうでもいいでしょう。もぉ~腹が立ちますわ、とりあえず頷いて後から対策を考えるとかできたでしょう」

「そうですよ、大越先生の肩を持つわけじゃないですけど、2人対数千人ですよ!? 取引にもならない条件なんですよ!」

「いや、申し訳ない」

「ほんとに、本気で、ガチで、なぜそんな選択をしたのです!?」

「いや……主人がメイドを見捨てたらあんまりじゃないか……」


 そう言うと、弐式はその場で地団駄を踏んで暴れだす。


「くあああああああああしねえええええ!」

「弐号機が壊れた」

「全くちっとも喜べる状況じゃないのに、喜んでしまっている自分に腹が立って仕方がない! そして恋愛感情というものをちょっと理解しかかっているのが更にムカつきますわ!」

「セカンド、ご主人様はどんなときでも裏切らないんですよ」


 弐式は赤面しつつ、表情はキレたまま俺の胸ぐらを掴む。


「”ご主人様”目を食いしばれ!」

「目!? 歯ではなく!?」


 弐式は頭を大きく仰け反らせると、上半身をスイングさせる。ゴッと嫌な音とともに頭蓋に響く衝撃がきた。


「おごごごごごごご。痛ったぁ!! 何するんだよ!?」

「わたくしの気持ち伝わりました?」

「ヘッドバッドなら痛いほど伝わった」

「その後にキスしたでしょう!」


 確かに頬に何か触れた気がしたが。


「えぇ……。痛みに気をとられて全然気づかなかった」


 ってかそれが事実だとして、なんでキスされたんだ?


「御主人様、一応水咲のメイドはヴィクトリア方式でして、忠誠のキスというのがあるんです」

「ヴィクトリアメイドは、皆主人に頭突きをかまして忠誠を誓っているのかね?」

「いえ、ヘッドバッドはただの照れ隠しですので。しかも忠誠のキスは主人の手の甲にするものです」

「全部間違ってるやん」

「セカンドが絶対服従を誓ったという意味です」

「絶対服従という言葉に中指立てそうな奴なのに」


 弐号機は腕組みして、照れてるのかキレてるのかわからない表情でまくしたてる。


「とにかく、わたくし達が是が非でも摩周代表を連れてきますわ。御主人様は、そのまま計画を進めて。わたくし達のせいで失敗したなんて許しませんわ!」

「お、おう」

「行きますよファースト」

「はーい」


 一式も去り際に、俺の頬にキスを残していった。


「これで自分も絶対服従です。言葉では自分たちのことを切り捨ててほしかったって言ってますけど、内心は深く感謝してます。セカンドが自分から男の人にキスするなんて、よっぽどの信頼がないとありえないんですよ」

「頭突きの記憶しかないけどね」

「作戦が成功したらもう一度しましょう。今度は記憶に残るように」


 彼女は色っぽくペロリと舌を出して、弐式の後を追いかけていった。


「真下姉妹のエンディングルートフラグを回収してしまった気がする」

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