第124話 EX1 成瀬と闇悠介 前編

 真凛亞さんと成瀬さんがマンションに越してきてから数日、ほぼ毎日のように悲鳴が響き渡っていた。


「オラオラオラオラ!」

「やめてぇぇぇぇちんkもげちゃうぅぅぅ!!」


 寝転んだ俺の両足を掴んで股間を踏む、通称電気あんまという悪魔の所業を行う成瀬さん。

 俺は悶え苦しみ、やがて口から魂を吐き出しながら息絶えた。


「ゲームが強いからって調子のんなよ弟!!」

「くぅぅぅぅ! 真凛亞さーん!!」


 女の子にされた俺は、泣きながら成瀬さんの部屋から、隣の真凛亞さんの部屋へと移動する。

 マンガを執筆していた真凛亞さんは、内股で飛び込んできた俺を見て一瞬目をパチクリさせる。


「……どうしたの、悠君」

「聞いてよ、成瀬さんが格ゲーで勝負しかけてきたから返り討ちにしたんだ。そしたら負けた腹いせにプロレス技かけてくるんだぁ!」


 酷いよドラえもん、あいつなんとかしてよと泣きつく。

 すると真凛亞さんは珍しく微笑む。


「なる先輩、気に入ってる子はすぐいじりたがるから……」

「いじりじゃなくていじめだよぅ! ちんk踏み潰そうとしたんだよ!」


 それもいじりと言えばいじりかもしれないけど!

 俺は真凛亞さんに抱きつくと、彼女はおーよしよしと頭をなでてくれる。


「なる先輩に気に入られて偉い偉い」

「普通気に入ってる子に電気あんまとかします!?」

「なる先輩看護学校行ってるから、あんまり男の恥部に触れることに抵抗ない」

「それはわかるんですけど、嬉々として俺のきゃん玉を踏み潰してくるんですよ! 何か成瀬さんの弱点ってないんですか? できればそこをねちっこく攻めてやりたいんですけど……」

「なる先輩の弱点……」


 真凛亞さんはうーんと考えて、しばらくフリーズする。


「なる先輩……高校時代ヤンキーで、喧嘩めちゃめちゃ強かったです」

「わかります。腕力で全く勝てる気がしません」

「ゲームも結構うまいし、歌もうまい」

「家事ができないとかないですか?」

「多分なる先輩、自分より家事炊事できます」


 うっそやろ。あのナリで? 俺はノーブラタンクトップと、下ケツの見えたホットパンツで歩き回る成瀬さんを思い浮かべる。

 基本ベッドの周りにはビール缶が転がってるし、武力DVで全てを解決しようとするダメ人間なのに。


「意外となる先輩優しいよ?」

「それは知ってます。あの人この前、雨の日に捨てられたネコ見つけて、立ち尽くしてたんですよ。どうするのかなと思ってみてたら、自分のさしてた傘をネコにかぶせて、自分は走って帰って行きましたから」


 トロロのワンシーンかと思った。

 ちなみにネコは近所のおばちゃんが拾ってくれました。


「なる先輩、昔の番長的な優しさある」

「そうなんですよ、あの人完全に女ベジータなんですよ。何かないですか? 実は先端恐怖症とか、蜘蛛恐怖症とかトラウマの類」

「なる先輩、ゴキ出てもスリッパで潰せる人だから」

「なんて可愛げのない人……ヒロイン失格やろ」


 ただイメージ通りではある。


「ちなみに自分は立ったまま失神するタイプ……」

「Gが出たら行くので言って下さい」

「悠君優しい」


 なでりなでりと頭を撫でてくれる真凛亞さん。

 世界中が真凛亞さんみたいな人ばかりだったら、争いなんて起きないのに……。


「なんか無敵感が凄いですね……」


 喧嘩強い、苦手なもの特になし、家事炊事できる。


「あれ? もしかしてこの人、口が悪いことと手が出ることを除けば最強じゃないですか? 人気Mutyuberで歌も上手いし」


 スタイルいいし、おっぱい大きいし、細かいこと気にしないし。無敵やん?

 俺が真理に気づいてしまうと、真凛亞さんの背からジェラっと炎が上がる。


「自分も……ご飯作れますよ。絵描けます……。ちょっとネガティブなとこありますけど……」


 ジーッとジャージのジッパーを開けて、きょぬーアピールも忘れない。


「ん? もしかして真凛亞さん妬いてます?」

「…………知りません」


 そっぽを向きながらも、顔を赤くしてギュッと抱きしめてくる真凛亞さん。

 柔らかな胸に抱かれなが、この人仲良くなるとめちゃくちゃ可愛い人だなと思う。


 それから過去のエピソードを交えて話を聞くと、成瀬さんはどうやら意外とあがり症なところがあるらしい。


「あがり症か……」


 ようは緊張しやすいってことだと思うが、あの人緊張することあるのか?

 ステージとか立っても「なんだテメェ、何見てんだよ」ってキレそう。


「あれでナースの卵とは世も末だ」


 怪我しても、絶対あの人の世話にだけはなりたくないな。

 何か緊張させることってあるかなと考えてみたが、全く何も浮かばない。


「なる先輩にいじめられたら……自分のとこおいで……。慰めて……あげますから」

「真凛亞さーーん!」


 無抵抗な彼女を押し倒し、胸に顔を擦り付ける。


「ぁう……」


 それから成瀬さんにいじめられると、真凛亞さんか静さんを押し倒し(卑猥な意味ではない)、癒やされるを繰り返していた。




 それから数日後――


 目の前には頼みがあると言って、頭を下げる成瀬さんの姿があった。


「案件……ですか?」

「そっ、カードゲームの会社からイベントの誘いがあったんだよ。ヴァイスカードって奴なんだが」

「ほぉ……ヴァイスカードとな」


 俺の中に住む闇悠介が、すっと顔を出し『これはチャンスだぜ相棒』と語りかけてくる。


ママさんから、お前が強いって聞いたんだ」

「それで頼みって言うのが?」

「ヴァイスカードの新パックの発売イベントをやるらしくて、それに合わせてアタシとプロのエキシビジョンマッチをやるんだよ」

「あぁネット配信でもよくありますね。プロと素人戦わせるイベント」


 あのどの層に需要があるのかわからないやつ。


「アタシこのゲーム全然知らないんだよ。だからカードの効果すらわからず、ボコにされて終わると思う」

「それはそうですね、一応相手はそれで食べてる人ですから。でも相手がプロなら負けても仕方ないのでは?」


 成瀬さんのそのイベントでの立ち位置は、笑いながら「新パックよろしくお願いしま~す」っていう、キャンペーンギャル枠だと思うのだが。

 客も多分、コイツ1ミリもカード知らんやろなって理解してると思う。


「そうなんだろうけど、でもあんまりにも無様晒すと客も萎えるだろ?」


 まぁ確かに。ルールすら知らないMutyuberとプロのエキシビジョンマッチなんか見せられても、勝ち負けははっきりしている。

 そんなもの見せられても客としては面白くもなんともない。

 これは成瀬さんが悪いのではなく、企画考えた奴が悪いのでは?


「イベントって配信じゃなくてリアルイベントなんですか?」

「そっ、結構でかいイベント会場貸し切って、客も3000人くらい来るんだって」

「なるほど、物販とかやるんでしょうね。そんな畑の違う人に対抗心燃やさなくてもいいんじゃないですか?」

「この対戦相手のプロってのが、アタシとキャラ被ってて負けたくないんだよ」

「なんて人ですか?」

北大路大和きたおおじ やまと


 俺はスマホで検索すると、北大路大和ファンクラブのサイトが出てきた。

 プロフィールを確認すると年齢は20で元女流棋士。タイトルもとったことがある若き天才らしい。

 昨年からヴァイスカードをプレイして、1ヶ月でプロまで昇格したとか。

 彼女のMutyubeチャンネルは、ヴァイスカードの対戦動画で埋まっている。

 キャッチコピーは、強く美しい大和撫子で、動画を見ると確かに釣り眼美人だ。

 プレイスタイルは物静かで粛々とゲームをプレイし、詰めるときは鋭く切り込んでくる。

 ただ、見た感じ守りに隙きがあるから、うまくやれば崩せなくもなさそうだ。


「な? 被ってるだろ」

「全く被ってないですよ。向こう清楚でクールって感じですよ」

「だだ被りじゃねーか。キャラ被ってる上に負けるとか情けなすぎるだろ」

「一度成瀬さんが、自分をどんなキャラだと思ってるのか聞いてみたいですね」

「頼む、ライバルで格付けされたくねーんだ」


 どう見ても一方的なライバル視にしか見えんが。


「それに動画のコメ見ると、お互いの視聴者同士がバチバチやっててよ」


 言われて北大路さんの動画コメ欄を見ると、確かに成瀬さんの視聴者が『腹黒北大路』と罵り、北大路さんの視聴者が『巨乳バカ女』と喧嘩している。


「本人同士というより、視聴者同士の喧嘩の方がメインぽいな……」

「ウチの視聴者このイベントに来るみたいで、あんま無様晒したくないんだよ」

「えー……俺今まで成瀬さんから、散々理由のない暴力で襲われてますからね」

「こいつに勝てたらなんでもしてやるよ!」


 えっ、今なんでもって……。


「それって……エッチなのでも大丈夫ということですか?」

「か、勝てたらな! 勝てたらだからな!」

「わかりました。では勝てる特訓をしましょう」


 俺の背に闇悠介がスゥッと降りてくる。

 それからイベントの日まで、成瀬さんと鬼トレーニングが始まった。






―――――――

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