第123話 静とスランプ作家 エピローグ

 後日ガーベラコミックの公式ページには『受賞者に不正が発覚し、連載を見合わせました』という発表が行われた。

 消し炭にされた柚木さんは、ツイッターのアカウントと動画サイトのチャンネルを削除してネットから姿を消した。

 まぁあの人の性格から見て、消えたと見せてしれっと潜伏してるだけな気はするが。

 彼女の裏垢である毒りんごも消滅し、真凛亞さんのツイッターは普通のファンが交流する平穏な場所に戻った。


 賞発表があった数日後、真凛亞さんから大事な話があると呼び出された。

 その内容はわかっている。事件が解決したから、これからどうするかという話だ。

 ガーベラコミックのマンガ大賞は、柚木さんを失格にしたが、結局他の作品を繰り上げで大賞にするなどの措置はとらなかった。

 そりゃまぁミソのついた賞で、繰り上げ大賞にされてもなって感じもするが。


 よって商業誌連載を狙うなら、またマンガ大賞に応募するか、企業からお声がかかるのを待つしかないだろう。

 俺が仕事部屋に入ると、静さんと真凛亞さんが待っていた。


「あの、お話があるって」

「はい……まずは、ありがとうございました」


 ペコリと座ったまま頭を下げる真凛亞さん。

 彼女の隣には大きめの旅行鞄が置かれており、部屋から私物がなくなっていた。それだけで、実家に帰るんだろうなと察する。


「いえ、結局大賞をとる手伝いを出来なくて申し訳ないです。連載枠もとれなくてお困りですよね……」


 動画配信時は面白さを優先してアシスタントを交代制にしたが、最初から静さんが手伝ってれば、もしかしたら大賞ワンチャンあったかもしれないし。


「あの……それなんですが……」

「真凛亞ちゃん、出版社からオファーがあったんですって」


 静さんが娘の誕生日を祝うように、嬉しそうに手を打つ。


「えっ? マジですか?」

「……はい。あの後すぐに」

「しかも2社から来たのよね」

「おぉ凄い!」

「そのうち一つはラフレシアですが……」

「ってことはエロ漫画家として復帰できるんですね」

「真凛亞ちゃんがOK出したらだけど。他にも案件来てるのよね?」

「はい……ありがたいことにゲーム会社さんなどからも」


 なるほど、ラフレシアを断って案件受けたり同人に戻るってのも手なんだな。


「いいじゃないですか、選ばれる側から選ぶ側に回ったわけですね。思いっきり原稿料ふっかけてやりましょう」

「あの……ほんとそんな偉そうなものじゃないので……」


 オファーがあったというもう一つの出版社は、一般少年誌の大手で今度WEB版が立ち上がるので、その新規メンバーに入ってほしいとのこと。


「良かったじゃないですか!」

「あの……出版社の方や他企業の方、Mutyube配信を見たそうで。信用したいと言ってもらえました」


 あっ、良かった。プロの編集さん達からは、マンガで遊ぶなと批判を浴びるかと思っていた。あれでお仕事が貰えたなら、配信やった甲斐もあるというもの。


「あなたが……無実を訴えてくれたので、マンガ業界に、復帰……できそうです」


 その言葉を聞いて、感極まって泣きそうになってしまった。


「いやぁ、良かった。ほんと……真凛亞さんの努力が報われて良かった……」

「ありがとう……ございます。本当に……感謝しています」


 お互いで涙ぐんでいると、静さんが微笑みながら真凛亞さんの肩を叩く。


「それで決めたことがあるのよね?」

「はい……その、今後なる先輩と一緒に住むことになりまして」

「あっ、そうなんですか?」


 なるほど、その鞄は実家に帰るんじゃなくて、成瀬さんのところにいく準備だったのか。


「でもどうして成瀬さんと?」

「その、なる先輩からマンガのオファーじゃなくて、配信のお仕事が沢山来ていると話があって」

「3,40件くらい来てるんですって」

「えぇ!? すごい売れっ子だ」


 真凛亞さんはスマホのメールトレイを見せてくれる。


「これ、なる先輩から転送してもらったメールなんですけど……」


 俺はメールに目を通すと、ネットタレント事務所、お笑い事務所やバーチャルMutyuber事務所まで。

 様々なところから、真凛亞さんとアシスタント含めた全員でウチ来ない? とお誘いが来ていた。


「凄い、企業だけじゃなくコラボ依頼も殺到してる」


 他にもアシスタント雷火Rちゃん、アシスタント火恋K先輩、S先生と、個別のオファーまである。

 だが、アシスタントYへのオファーだけは0だった。


「なんで俺だけハブられてるんだ」


 事務所のお誘いも、女性だけでお願いしますと注意書きされており、すこぶる気分が悪い。

 いや、別にデビューとかしたいわけじゃないからいいんだけど、受けてもない面接に落ちたみたいでイラッとする。


「ユウ君、このイエローボインってどこかしら? 私と真凛亞ちゃんと会いたいって書いてあるんだけど」

「グラビア事務所だね」


 巨乳アイドルを専門にしてるっていうところだ。

 静さん真凛亞さん、火恋先輩、成瀬さんでユニット組んでほしいらしい。清々しいまでに乳のでかい女にしか興味ないところが、ほんま……って感じだ。

 このメールは雷火ちゃんに見せないようにしよう。きっと心が壊れて人間に戻れなくなってしまう。


「こういった仕事の知識は全くの0なので……なる先輩に聞いていこうかと思って」

「なるほど、それで成瀬さんのところに」


 あの人なら、どの仕事を受ければいいかとか教えてくれるだろうし。


「それじゃあ真凛亞さんが出ていくことになったら、少し寂しくなりますね……」

「あぁ、ユウ君そのことなんだけど――」


 静さんが言う前に、キンコーンと玄関のチャイムが鳴る。


「邪魔するぞー」


 出迎えしてないのにズカズカと入ってきたのは、大きな旅行鞄とギターケースを持った成瀬さんだった。


「あれ? そんな大荷物持って夜逃げして来たんですか?」

「んだテメェ、開口一番失礼な奴だな」


 成瀬さんは舌打ちしながら綺麗に包装された箱を取り出し、俺に手渡してきた。


「なんすかこれ?」

「粗品だよ粗品」

「粗品??」


 なぜ急に粗品を持ってきたのだろうか?

 しかも結構高そうな包。


「なんでコイツ鳩が鉄砲弾食らったみたいな顔してんだ?」

「それ死んでますね」

「なる先輩、まだ話してないです」

「あぁ、なんだ。今日から隣人だから、よろしくな」

「???」


 俺がまた目をパチクリしていると、静さんが教えてくれる。


「真凛亞ちゃんがね、また私達とお仕事したいんですって」

「あの……正確には連載を増やすのはいいんですけど、100%一人では回らないとわかっていて。そこに他のお仕事も増やすなんて……自殺行為以外、何者でもなく……」


 確かに、真凛亞さんラフレシアの仕事一本で死にかかってたもんな。


「だから、原稿は私が手伝ってあげるってお話したの。実は私も、もう一本連載増やそうかなって考えてたところだから、お互いでアシスタントすると効率いいでしょ?」

「あー、なるほど」


 プロ同士でアシスタントしあうってなんか豪華だな。

 それでお互いの生産量が上がるなら、WINWINの関係なんじゃないだろうか。


「その三石先生は本当に凄い人で……」

「ウフフ、ありがとう。でもほんとはユウ君と何かやってみたかったのよね?」

「ぁう……その……これまであまり仕事やファンの方含め、あまり人と絡むことはなかったんですけど……。その、自分のマンガに対してストレートに意見を言ってもらえるのが……あ、ありがたいなと思って……。アドバイス、凄く……助かりました」

「大丈夫ですか、俺の感想は面白いですよBOTですけど」

「その……面白くないときは、面白くないって言ってもらった方が……」

「なるほど。真凛亞さんはわかりました。じゃあコレは?」


 俺は成瀬さんを指さすと、彼女の乳に指が突き刺さってしまった。

 いやぁ失敬失敬、これは事故なんですよ。

 彼女は俺の指を掴むと、不敵な笑みを浮かべる。


「おぉん? 弟、なんかアタシの扱いだけ雑だなオイ。誰がコレなんだよ!!」


 俺の指はグキッと90度上に捻じ曲がる。


「ぃぃいぃだぁぁぁぁい!! ってか怒るとこそっち!?」


 成瀬さん的には乳を突かれるより、コレと呼ばれる方がムカつくらしい。


「ってか成瀬さんは事務所所属していたのでは?」

「昨日抜けてきた」

「えぇ!?」


 皆俺の知らないところで好き勝手やりすぎじゃない?


「社長のセクハラがキツイんだって。動画でもっと乳揺らせとか、耳舐め動画出せとか。とにかくエロ釣りさせようとしてくんの」


 ASMRのことか、あれはあれで市場が出来上がっているからな。


「機材はたっけぇのに金出してくんねぇし」

「社長が金出さずに口だけだして来るのは嫌ですね」

「だろ? 最初は音楽を中心としたタレント事務所だったはずなのに、いつの間にか耳舐め事務所になってたからな~」


 なんか妖怪みたいな事務所だな。


「まぁ拾ってもらった恩はあるんだが、あっちゃんも再起かけるし、あたしも一からスタートしようって思ったんだよ」

「ってことは同人も?」

「おう、またコミケ出ようと思ってるぜ」


 なるほど。ファンにとってはこの二人がまたタッグを組むというのは嬉しいことなんじゃないだろうか。

 動画のお仕事は成瀬さんとやって、マンガのお仕事は静さんとやることで、どちらも負担を軽減することができる。

 両方人気商売っていうのが恐いところだけど、上手く仕事媒体を使いこなせれば大きく飛躍できるかもしれない。


「そんで最初はあっちゃんがウチのマンションに来るってことになってたのに、急にここから離れないからなる先輩がこっち来てとか言い出してよ」

「……マンションの部屋とれたから」

「防音室の移設は結構金かかんだぞ」

「ん? つまり二人共ここに越してきたってことですか?」


 成瀬さんは今更かよと言いたげに、俺の持っている包を指さす。


「あっ粗品ってそういう……」


 外では慌ただしく引越し業者がドタドタと走り回っている。


「ちなみに……皆同じ階です……」

「夕飯のときとか邪魔するからよろしくな」


 なんかもうこのフロア三石テリトリーになりそうで恐い。


「皆で楽しそうじゃない? 私実は同人活動とかしてみたかったの」


 パンと手を打ち無邪気に嬉しそうにする静さん。


「よろしく……お願いします」

「ちゅーわけでよろしくな」


 なんか優秀だけど気の弱い姉と、ガラの悪いエロい姉が同時に出来た気分だ。

 その後、俺はめっちゃ引っ越し手伝わされたのだった。



               静とスランプ作家――――了



――――――――――――


これにてサブストーリーのお話は完結です。 

文庫本で言うと、4巻の内容が終わったくらいの文章量ですね。

3.5章は元から、各ヒロイン1話か2話くらいの新規ショートストーリーだけにしようと思っていたのですが、気づけば10万字書いてるし新キャラ増えてるしでガッチリ書いてしまいました。

お付き合いいただき、ありがとうございます。


次回は恐らく玲愛編ですが、その前に静とスランプ作家のおまけというか、後日談的なショートストーリーを書くかもしれません。

引っ越してきてからどうなったか的な話をしたいですね。


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