第6話 オタとヒーローショー
バイトは百貨店の屋内で行われるマスクヒーロエックスショーで、昼、夕、夜の全3回公演。
俺は夕方と夜の部の
「よし、行くか」
スタッフルームに入ると、今回登場するコウモリ怪人や戦闘兵、エックス変身前のイケメン役者さんに、司会のお姉さん達が待機していた。
オタとしては、ヒーローや怪人たちが揃っているのを見るだけでワクワクしてしまう。
おはようございますと挨拶しながらロッカーへと入ると、百貨店のショーとは思えないほどよく出来た仮面とスーツを纏い、マスクヒーローエックスへと着替える。
それから開演10分前になり、搬入通路からステージへと向かう。
舞台は怪人のアジトを模した作りになっていて、壁には悪の組織ダイジョッキーのシンボル、2つの頭を持つハゲタカのマークが描かれている。
「なかなか金がかかってるセットだ。優良な百貨店だよね」
そう俺に声をかけたのは、コウモリ怪人役の役者さん。この人も生粋の特撮オタらしく、俺と同じ匂いを感じる。
「全くですね。今の御時世エンタメにお金を出してくれる企業は、粋というものを感じ――」
「おかしくないですか!? これだけ良いセット使ってるのにセリフや動きが全然原作と違うんですけど!?」
突如女性の声が響く。
なんだ? と思い俺とコウモリ怪人さんはステージ袖から100人ほどが入れる客席を見やる。
すると店の企画担当の社員が、お客らしき少女に詰めよられているのが見えた。
よく見るとクレームをつけている少女は、昨日電気街でトラブルの画集を取り合っていた女の子のような気がしなくもない。
しかしそんな偶然起こりはしないので、多分似てるだけだろう。
しばらくしてクレーマー少女から解放された企画担当の社員が、俺に耳打ちしてきた。
「さっきの女の子、第一部の公演で何故エックスはいつものセリフを言わないんだ。変身ポーズも違うって怒ってるんだよ。三石君エックスのなんとかかんとか参上ってセリフ入れられる?」
セリフぼんやりしすぎだろ。
「あぁ、多分大丈夫ですよ」
「そう良かった。他の配役の人には言っておくからよろしくね」
「はい」
クレーマーか……怖いな。変なことしないように気をつけよう。
しかしああいう厄介な客というのは、文句をつける割には長く居座ることが多い。予想通りさっきの少女も、子供にまぎれてちょこんと客席に座っている。
しかも最前列に陣取り、楽しむまで絶対帰らんぞという強い意志を感じる。
「こりゃ失敗できないね」
コウモリ怪人さんは苦笑う。
「熱いハードル上げですよ」
◇
開演時間になりショーが始まると、10分程で俺の出番が回ってきた。
変身前の役者さんがカッコイイセリフと共に「変身!」と叫ぶと、ステージにスモークが炊かれる。
役者さんが舞台袖に引っ込むと、入れ替わりで
「俺、満を持して参上!」
両手を広げながら登場セリフが決まると、マスクに付けられた
すると客席に座っていたあの少女が、それはもう嬉しそうに拍手していた。
「エーーックス!」
クレーマー少女の声援を皮切りに、客席に集まった少年少女からも声援が飛ぶ。
「「エックスー!」」
(あぁ、なんか嬉しくなってきた)
客のテンションが高いと、役者のテンションも上がる。
その後はノリノリで怪人や戦闘兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げだった。
エックスは戦闘にはコントが入るのがお約束なので、気のいいコウモリ怪人の役者さんに原作のアドリブを入れてみたらノってきてくれた。
これが意外にウケて嬉しい。
ちょいちょいアドリブを挟みつつ、約30分ほどのショーは終盤へと進行していく。
ラストは
子供たちの声援が大きくなったらスモークが焚かれ、エックスファイナルチェンジフォームという最強フォームの衣装を着た役者さんと入れ替わり、悪役怪人を打ち倒すというものだ。
その前に見せ場として、体に取り付けた火薬を起爆させる派手なピンチシーンをやる必要がある。
(さて、タイミングをミスらないようにと)
俺は客席から見えないように起爆用のリモコンを握りしめる。
アドリブに協力してくれたコウモリ怪人が、柄にドクロがついた巨大な剣で俺の体を袈裟斬りにする。その瞬間俺はスイッチを押して火薬を爆発させた。
バンバンバンバンバンと大きな音が鳴り、エックスの全身から激しい火花が散る。これ爆発しすぎじゃない?
予想以上に大きい爆発に戸惑いながらも膝を付き、顔面を殴打するようにして倒れ伏した。
客席をちらりと盗み見ると、先ほどの少女が口に両手を当てて、目を見開いていた。どうやらショーに没頭してくれてるようだし、これならクレームもくるまい。
そして台本通り司会のお姉さんが「エックスを応援しよう」と観客に呼びかけると、子供たちが大声で「エックス!」と叫んでくれた。しかし一番声が大きかったのが、あのクレーマー少女っていうのはどうなんだ?
「「エックス!」」
「エーーーーックス!!」
隣に座ってる男の子引いてるぞ、歳を考えろクレーマー少女。
というかお前は一回目のショー見てるんじゃないのか。
そんな事を思ってると予定通りスモークが焚かれ、ステージが白い煙に満たされた。
さぁ後はファイナルフォームの役者さんと入れ替われば、俺の仕事は終わり。
しかしモクモクと煙は炊き上がるが、なかなか交代が来ない。
(ん? いつ来るんだ? もうじき煙晴れちゃうぞ……)
俺が焦っているとトントンと肩が叩かれた。やっと来たかと思い顔を上げると、そこにいたのは敵戦闘兵に扮した店の企画担当だった。
えっ? みんなの力でエックスが戦闘兵になるって新しすぎない?
「ごめん三石君、ファイナルチェンジの人急にお腹壊して来れないんだよ。怪人、君が倒しちゃって」
とマスク越しにウインクする企画担当。
「いや、えっ?」
「はい、ファイナルチェンジの武器、ウイングオメガソードだけあるから。必殺技適当に叫んでくれれば照明と効果音でなんとかするよ」
エックスの仮面に小さいマイクが取り付けられ、鳥の羽を模したウイングオメガソードを手渡される。
企画戦闘兵は「スモークもうじき晴れるから、後よろしくね」と無責任な事を言って舞台袖に引っ込んだ。
「セリフとんでアドリブでなんとかする学芸会じゃないんだぞ……」
えぇーやるっきゃないのか。思い出せ、確かエピソードの中でファイナルチェンジが封じられてウイングオメガソードだけで倒した回があったはずだ。
流れを考える暇もなくスモークが晴れていく。
エックスが倒れたままになっていると、会場からどよめきの声が漏れた。
動かないエックスを見て皆が不審に思っていると、クレーマー少女が大きな声で叫ぶ。
「エーーックス!!」
それに続いて、子供たちが大声で叫ぶ。
「「「エックス!」」」
俺はウイングオメガソードを杖のかわりにして立ち上がると、声援はシンとやんだ。聞こえるのはマイク越しの俺の荒い息遣いだけ。
「はぁはぁ……。くっ……立てて良かった……。強くなって本当に良かった……」
俺は壇上から空の見えない天井を見上げる。
「声が届いて良かった……俺は……まだ、舞える!」
ウイングオメガソードのスイッチを押すと、機械音声が響く。
【ウイングオメガソード、モードハイペリオン】
エピソードでも一度しか使われなかった、ウイングオメガソードのハイペリオンモード。
原作を理解しているコウモリ怪人役の人ならノってきてくれるはずだ。
「キー! 死にぞこないめ、ファイナルチェンジの使えぬ貴様など敵ではない! 今度こそ引導をわたしてやるぞエックス!」
台本に書いていないのに、コウモリ怪人は大剣を振り上げ俺に突進してきた。
さすがです。素晴らしい原作再現だ。
俺は襲いかかってきたコウモリ怪人の腕を掴み、豪快に背負い投げを決める。
そうこのエピソードはハイペリオンモードにしたのはいいが、結局剣を使わないという斬新な展開だったのだ。
せっかくなので最後くらい使ってやろう。
俺は怪人にウイングオメガソードを突きたてスイッチを押した。
【ハイペリオンファイナルラストエンドパゥワー!】
非常に発音の良い英語で発せられる必殺技。空気を察した音響が、エックスのオープニングBGMをかけて盛り上げる。
「グォォォォォおのぉぉぉれぇぇエックスー!」
最後まで演技のうまいコウモリ怪人は、断末魔と共に倒れ伏した。
その直後爆発の効果音が鳴り、舞台にスモークが焚かれる。
コウモリ怪人と敵戦闘兵は今のうちに退場。
スモークが晴れてから俺はエックスが敵を倒した時の決めポーズ、腕をクロスさせエックスを作る。
「悪党成敗! ジャスティス!!」
「「「ジャスティス!!」」」
観客全員が腕をクロスさせて叫ぶ。
すごい一体感だ。今までにないほどの熱い一体感。確実に風が吹いてる。
俺は充足感を感じながら舞台袖に引っ込んだ。
その後、変身前の役者さんが「悪は絶対に滅ぶ!」とカッコよく締めて終劇となった。
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