第7話 オタと冬空と缶コーヒー


 ロッカールームに戻ると、コウモリ怪人さんに投げ飛ばしてごめんなさいと謝る。

 中の人が頭の被りを外すと、俺にグッジョブと親指を立てていた。


「事情聞いて驚いたけど良いアドリブだった。機会があればまたやろう」

「こちらこそ助けてもらってありがとうございます」


 ほんといい人だ。この人じゃなかったら、ショーは成り立たなかっただろう。

 アクシデントはあったものの、企画担当の人も客の反応が上々だったようでありがとうと喜んでいた。


 次のショーまで時間があるので、俺は百貨店の屋上で休憩することにした。

 外はすでに日が落ち、太陽に代わりに白い月がのぼっている。

 仮面を外し、暗くなった夜空を見上げなら白い吐息を吐いた。

 俺は上のスーツを脱ぎ、半袖シャツに。下はエックスのスーツのままという、たまにいるテーマパークの見てはいけないマスコットキャラになっていた。


「あっつい、冬で良かった。夏場なんか地獄だぞ」


 冷たい澄んだ空気が、火照った体が急速に冷却していく。


「お疲れっス」

「んっ?」


 俺が間の抜けた声をあげると、頬に冷たいコーヒー缶が押し当てられた。


「冷たっ!」


 振り返ると、昨日電気街で会った少女の姿があった。

 モスグリーンのジャケットを肩まで落とし、カッターシャツにネクタイ、チェックのスカート、絶対領域のニーソを纏う美少女オタク。

 彼女は「また会いましたね」と言うと、夜風になびく長い髪をおさえる。


「君は……クレーマーのトラブル少女」

「間違ってないですけど嫌な覚え方されてますね……」


 あのクレーマー、ほんとにあの子だったんだな。

 どことなく運命的な再会を果たしたのだが、彼女はバツが悪そうに声のトーンを落とす。


「あの……先日は探しものを見つけてくれたのに、大変失礼なことをしてすみません」

「あぁビンタ? まぁパニクってたのわかったしね。別に気にしてないよ」

「その……これ慰謝料です……」


 少女は財布からすっと10万ほど差し出した。


「額がリアルすぎるよ! よくないと思うよ! なんでもお金で解決しようとするの!」


 さすがに10万は焦る。


「でも……」

「これでチャラにしよう」


 俺は差し入れの缶コーヒーを掲げる。


「いいんですかそんなもので?」

「全然いい。むしろ今の俺には10万くらいの価値がある」


 熱い体を潤す缶コーヒーマジ神。


「本当にすみません……取り乱してしまいまして」

「はは、いいよいいよ。それよりさっきのショーどうだった?」


 彼女は小さく溜めを作ると声を弾ませる。


「すっっごく良かったです! 殺陣のコントも面白かったですし、爆発で倒れこむシーンも迫力ありました。わたし本当に立てなくなるんじゃないかと思いましたよ。しかもラストのあれエピソード103、変身不可絶対絶命エックス渾身の背負い投げのエピソードですよね? 再現度が高くてほんと感動しました」


 どうやら相当お気に召してくれたらしい。彼女は頬を紅潮させ嬉しそうにまくしたてていく。


「あの、もしかしてプロの役者さんですか? それとも劇団員の方とか?」

「あぁ違うよ、普段はただの学生。電気街であった通りオタクだから、こういうアルバイトがあったら飛びついてるんだ」

「なるほど、わたし的に最初の、俺、満を持して参上! で大満足でしたよ。ここまで再現できるなんてプロの方かと思いました」


 彼女はシュバババとエックスの決めポーズを行う。電気街にいたことから多分オタだと思うが、特撮も好きなのだろう。


「あぁ何でマスクヒーローシリーズには女性ヒーローが少ないんでしょうね。わたしもヒーローやりたいです」


 俺は思わず笑ってしまった。


「あれ、わ、わたしそんなに変なこと言いました?」


 えっえっとキョドってるところも可愛いと思う。


「いや、可愛いなって」

「は、へっ?」


 少女はエロ本コーナーの時のように、ボンっと耳まで真っ赤になった。


「いや、あんまり深い意味はないんだけどね。君みたいに爛々と目を輝かせてヒーロー物を語る友達がいなくて。それが可愛い女の子だったから面白いなって」

「あっあっ、えっとその、ありがとう?」


 返答に困って、缶コーヒーの縁をなぞってる姿が可愛い。


「特撮好きなんだ、トラブルマンガも好きだよね? 結構好きなジャンルは幅広い?」

「えっと、日本のオタク文化大好きです。わたし今までアメリカに留学してて、昨日帰ってきたんですよ。それまでずっと帰ってきたら、あの有名な電気街に行こうって決めてました」

「そうなんだ、でもスイカブックとか知ってたよね?」

「全部ネット知識です。ゴーグルマップさんと、各公式ホームページにはお世話になってます」

「成程ね、知識はたっぷりつけて帰国してきたわけだ。電気街ぐちゃぐちゃしてたでしょ?」

「いえ、思ったよりすっきりしてました。それより平然とメイドさんやアニコスの人たちが歩いてて感動しました」

「あぁ、なかなかなカオスだからね。ラップ歌ってる電気店員もいるし」

「見ました見ました! 上手くて感動しましたよ」


 表情がコロコロかわって可愛い子だ。


「あの、今期のマスクヒーローダブルエックス見てますか?」

「エックスの弟が主役の奴でしょ」

「それですそれです!」

「先週出てきたエックスジェイ、あれ絶対兄貴だよね」

「ですよね!! 前作主人公出てくるとか超熱くないですか!」


 ここから後はひたすら少女とのアニオタ、ゲーオタ、特撮オタ、PCガジェットオタの話だった。


「あぁ楽しいです。わたし日本のオタク文化に触れられて嬉しいです。それ以上にこうやって直にオタトークができる人が欲しかったんですよ」

「トークならネット掲示板とかあるけど」

「あそこはダメです。すぐに論争になりますし、挙句の果てに全く関係ない誹謗中傷に発展します」

「確かにね」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 トークが楽しくてつい時間を忘れてしまったが、携帯で時間を確認すると、もう戻らなければいけない時間になっていた。


「さて、俺は最後のショーに行ってくるよ」

「あっですよね。わたしも見たいんですけど、この後姉と約束があるので」


 非常に後ろ髪引かれるような、捨てられた子犬のような目をしてこちらを見る少女。


「そういえばさ、君名前聞いても大丈夫かな?」

「す、すみません。わたし自己紹介もせずに、伊達雷火だてらいかと言います。伊達政宗の伊達に、カミナリに焚き火の火で雷火です」


 変わった字だねと言いたかったが、もしコンプレックスを持っていたら可哀想なので指摘するのはやめた。


「俺は三石悠介みついし ゆうすけ


 俺の名前を聞くと、少女は一瞬表情を硬直させたが、またすぐに元に戻った。


「三石さん、スマホですか?」

「そうだけど?」

「ところでスマホって赤外線あるやつとないやつってありますよね。三石さんのってついてます?」


 なんとか自然な流れで携帯の話にしたいみたいけど、露骨すぎだと思う。


「赤外線? あるよ」


 俺はスマホの赤外線部分を見せる。彼女も同じようにスマホの赤外線部分を出していた。


「………」

「………」


 そっぽを向きながらも、無言で自分の赤外線部分を爪で叩いている雷火ちゃん。


「あぁ、うん……メアドとか、良かったら交換してくれないかな?」

「えっ、父からあんまり教えるなって言われてるんですけどね」


 と言う割には手馴れた感じで、受信はよと送信画面を見せつけてくる。


「ちょ、ちょっと待ってね、受信どうだったかなぁ」

「PCヲタなのに機械音痴ですか?」


 俺の弱いところを見つけて喜ぶ雷火ちゃん。


「いや、違うんだよ。PCはノリと経験でいけるんだけど、携帯はコロコロ操作が全部変わったりするから、経験が生きないんだよね」

「言い訳ですね、わかります♪ 貸してください、わたしやりますね」


 ぱっと俺からスマホを奪い取ると、簡単に送受信を終わらせてしまう。


「後でテストメールしますね」

「う、うん」

「あの手間取らせておいてなんなんですが、時間大丈夫ですか?」

「えっ?」


 時計を確認すると、もう夜公演開幕の時間だった。


「やっば、5分前には集まらなきゃいけないのに。悪いもう降りるね!」

「お仕事頑張って下さい!」


 彼女は嬉しそうに手を振って俺と別れた。

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