第8話 オタとラストチャンス
最終のショーが終わり、企画担当から次があればまた是非来て欲しいと言ってもらえた。
家に帰りながらメールをチェックすると3件届いており、どれも同じ人物からだった。
1件目『試験メールです、届いてますか?(`・ω・´)』
2件目『まだお仕事中ですかね?(*´д`*)』
3件目『ひょっとして全然違う人に届いてるとかないですよね(~ω~;)?』
返事がなくて段々不安になってきたようだ。なんて返信しようかと考えていると、また一通メールが入った。
『先ほどお話させていただいた、伊達雷火と申します。三石さんの携帯で間違いないでしょうか?』
もう顔文字入れる余裕もなくなったようだ。
『大丈夫ちゃんと届いてるよ』と送信すると、5秒もたたないうちに『良かった、もしかして別の人に送っちゃったかもしれないと思いました。いっぱいメールしてごめんなさい』と返ってきた。
この子打つのはやっ。昔のガラケーなら出来たかもしれないけど、操作がしにくいスマホでここまで打つの早い人初めて見た。
『今度またお話したいんで、チャットとか出来ないですか?』
『出来るよ、パソコンのボイスチャットアプリにチャット機能がついてる』
『ディスコですね、わたしも使ってます。スマホで通話すると通話料かかるんで、そっちでお話しましょう』
海外にいたからか、積極的な子だ。
かくいう俺は、女の子と連絡先を交換してやりとりする経験がほとんどないので、ちょっと緊張してたりする。
『あっ、お姉ちゃんまたキレてる』
『喧嘩中?』
『滅多にないんですけどね。わたし三姉妹の一番下なんですけど、なんかパパが一つ上のお姉ちゃんの結婚相手を決めて、一番上のお姉ちゃんが怒り狂ってるんです』
『なんか複雑だね(汗)』
次女姉さんの結婚相手を父が決めて、長女がキレたか。うむ複雑だ。
『帰ってきていきなり喧嘩とかやめてほしいんですけど。今回は一番上のお姉ちゃんが、何で怒ってるかよくわかんないんですよ』
『それは結婚相手を、お父さんが勝手に決めたからじゃないの?』
『当事者のお姉ちゃんはその話を了承してるんですよ。本人納得してるのに、違うお姉ちゃんが怒り狂ってるんで皆困ってます。タスケテー』
なかなか悲壮感漂うメールだと思うが、なぜかこの内容は他人事のように思えないので不思議だ。
『すみません、いきなり家の事とか話しちゃって。気軽に話ができる第三者っていないんですよ』
『それは友達ってことかな?』
『はい、いきなり友達とか厚かましくてすみません』
『構わないよ、俺も女の子の友達はいないから嬉しい』
『本当ですか? 友達いないもの同士遊びに行きましょう。そうしましょうщ(゚д゚щ)』
『男の友達は多い方なんだけどね』
『裏切り者ー(/ω\)』
人懐っこい感じの子だ、これは相野に自慢するしかないな。
そう思っているとスマホに着信音が鳴った。ディスプレイには【社畜】と書かれている。
「親父か」
通話マークの応答ボタンをタッチする。
「もしもし、今日も残業頑張ってるオヤジ?」
『サラリーマンに定時という言葉はない。仕事が一段落してもう一度一段落したところで、誰にも呼び止められなければそこが退社時間だ。覚えておけ、馬鹿息子』
「社畜乙」
『そんなくだらない雑談をする為に電話したんじゃない。今朝伊達さんの話をしただろ?』
「したね、やっぱり気が変わって俺になった?」
冗談めかして言ったつもりだったが、親父は小さく唸る。
『先方が今週末にもう一度だけ、二人きりで食事をさせたいと言ってきた。その二人は当然、お前と火恋ちゃんだ』
「何それ、最後のチャンスやるってことなの?」
『それに近いが少し違う。ウチだけでなく居土家にもこの話が通っている。居土君は土曜、お前に予定がなければ日曜に行いたいとおっしゃっている』
「つまり両方とデートして、どっちがいいか決めようってことなの?」
『そういうことだ、構わないか?』
「ちょっと待ってくれ、もう決着したと思ってたし、そのデートで俺は判定がひっくり返ると思えないんだよ。だからこれ以上俺を噛ませ犬にするのは勘弁してほしいんだけど」
今日居土先輩にごめんって言われたし、火恋先輩にも謝罪と感謝を受けた。
当事者的にはもう決着した話なのに、その状態で食事するって気まずすぎると思うんだが……。
『父さんもその通りだと思う。だから無理だと思うと伝えたんだが、玲愛さんがゴネてるらしい』
「あの人またちゃぶ台ひっくり返したのか……」
『玲愛さんも今回ダメだったら諦めると言ってるようで、これが正真正銘最後。火恋ちゃんと楽しく食事をして、遊ぶくらいの気持ちでとらえてほしいと』
なぜフラれた女性と楽しくお食事できると思ったのか。
『デートの費用は全て伊達さんがもつから、火恋ちゃんと遊んであげてほしいと頼み込まれたんだ』
「つまり俺に玲愛さんを納得させる為に、もう一回ピエロやれと?」
『父さんだって断ったが、剣心さんから直接かかってきたら無下には出来んのだ。……どうしても嫌なら断りを入れるがどうする?』
「どうするって言われてもなぁ」
フラれるとわかってるデートとか地獄すぎる。
正直な話をすると、火恋先輩を見ているだけで失恋のダメージが痛いのだ。
「それ断ったらどうなるの?」
『剣心さんが酷い事になって、父さんが気まずい思いをする』
「じゃあ断って」
『おいいい! 父さんの気持ちも少しは汲んでくれると嬉しいんだが』
「オヤジカッコ悪い」
『縦社会は上が絶対なんだよ。上が泥かぶりそうになったら下が体張って止めなくてはならん』
下を守らない上司に意味はあるのか?
『はぁ……いいよ、受ける』
『本当か?』
自分で煽っておきながら、俺が了承すると焦り出す親父。
「いいよ、それで玲愛さんが諦めれば丸く収まるんだろ」
もう一回フラれてやるよ。
『すまんな。お前も美人とデートするとどうなるか、今後の予習のつもりで行ってくれ』
「了解、いい人生経験になるよ。あっそうだ、デート費用は別にもたなくていいって言っといて。お金かかるところに行くつもりないから」
『本当にいいのか? それぐらい甘えてもバチは当たらんと思うぞ。イイ格好したいのなら父さんが出してやってもいい』
「いいよ、人生初デートの費用くらい自分で出すさ」
『お前……惚れてまうやろーー!』
『うるさいよ! 野太いよ!』
電話元で叫びやがって、しかもなんで関西弁なんだよ。
『うむ、書類はそこにおいておきたまえ。疲れてる? 何を言っているんだ君は。早く仕事に戻りたまえ』
ガサガサと何か作業をしている音がする。
『課長め、いきなり入ってきおって』
「会社でアホな叫びする方が悪い。残業中なんだろ」
一応オヤジはこれでも会社では副社長に次ぐ重役である。
『とりあえず了承の旨は伊達さんに伝えておく。いくら噛ませ犬にされてるからと言って、狼になるんじゃないぞ。犬なのに狼とはこれいかにな』
外人みたいな親父の笑い声が聞こえてイラっとしたので、黙って通話終了のボタンを押した。
通話終えると、雷火ちゃんから『なんか、お姉ちゃんとお父さん本格的に喧嘩しそうなんで止めてきます』と返信が入っていた。
雷火ちゃんとこも大変だな。
そんなことを思いながら、俺は火恋先輩との最初で最後のデートコースをスマホで検索するのだった。
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