第5話 オタはギャルゲ主人公にはなれない
剣心は玲愛が今回の許嫁の件で、年齢の高い候補者を除外したところまでは理解できた。
自分も父として娘の幸せを願っている、最低限譲歩出来るところは譲歩したかった。
しかし彼女は数いる優秀な候補者の中で、居土と三石を最終選考に残す。
居土は成績優秀、家柄も申し分なく候補者にふさわしいが、何故三石が選ばれたのかがわからなかった。
こう言ってはなんだが、成績はイマイチ、家柄は伊達の分家とあってそれなりではあるが別段優れているというわけではない。
総合的に見ると凡夫という言葉が似合う少年で、全てにおいて優秀な火恋とは到底釣り合いがとれた人物ではない。
今まで玲愛の判断に間違いはなかった為、剣心は今回も何かあるのだろうと思い悠介と面談を重ねた。
そして思いは確信に変わる。
彼はただの凡人。
それが剣心が熟考を重ねて出した結論。
ある程度受け答えにキモが座っているところはあるが、覇気がない。
この少年に大事な娘をくれてやるなど、バカも休み休み言えと怒鳴りたくなる。
一回目の面談で終わりにしようとしたが、玲愛が再三に渡って初見で決めるなと言い続けた為、決断が間延びしてきた。
それももう限界である。そう思っていると――
「ただいまぁ!」
玄関の方から火恋とも玲愛とも異なった女性の声が聞こえてきた。
「むっ?」
剣心はすくっと立ち上がると、歩いているのに走っているより早い、謎の歩行術で玄関まで出て行く。
玄関でボストンバッグを下ろしているのは、アメリカ留学から帰国した伊達家三女
「ただいま、パパ」
「うんむ、お帰り雷火。パパはやめなさいパパは」
と言いつつも剣心の顔はしまりなくニヤけきっていた。
「おかえり雷火」
「火恋姉さんただいまー、3年ぶりの我が家だー」
ピョンと火恋に抱きつく雷火。剣心が少し手を広げていたのが悲しい。
「お帰り、向こうはどうだった?」
「楽しかったよ、アメリカ。面白い勉強いっぱい出来た。今度姉さんに企業用のサーバー構築の仕方教えてあげるね」
「企業用……鯖構築?」
パソコン用語に弱い火恋は頭に?マークを浮かべていた。
3年ぶりに家族に会えて喜び合っている中、家政婦の田島がビニール袋に入った荷物を持ってくる。
「どうしたの田島さん?」
「これ忘れ物なんですけど……」
火恋と雷火が袋を覗き込むと、肌色成分の多い美少女が描かれたブックカバーが見えた。
「うわっ」
雷火が小さく叫び、荷物を素早く引き取った。
「これ誰の忘れ物なんですか?」
雷火は誰にも見られないように、荷物を押さえ込みながら聞く。
「三石さんとこの悠介ちゃんのですよ、多分また来ますよね?」
田島が聞くと、剣心は渋い顔で首を振る。
「今日で選考は終わりだ……。しばらく呼ぶつもりはない」
「そうですか? じゃあ郵送してあげましょうか」
「そうしてくれ」
「い、いや、わたし持っていってあげようかなー」
荷物を受け取ろうとする田島をかわす雷火。
「どうしたんだ雷火、別に知り合いでもないだろう?」
「む、向こうで落とし物はちゃんと届けて文句を言ってあげなさいって言われたのよ。それがアメリカ流なの」
雷火の言い分はかなり苦しいが、海外に疎い二人は本当なのか? と首をかしげる。
でもつい先日までアメリカに行っていた雷火がそういうなら、そうなのだろうと変に納得してしまう。
「あ、危なかった。ここに玲愛姉さんがいたら一発でバレた……」
「雷火、何か言った?」
「な、なんでもない! ね、玲愛姉さんはどうしたの?」
「電話で言っていただろう、火恋の許嫁候補の選考中だ」
「あれ、まだ終わってなかったの?」
「んむ、玲愛と意見が食い違っていてな……」
「珍しいね、大体姉さんの言うことは正しいから意見が割れることなんてなかったのに」
「まぁそれもようやく決まった」
「そうなの? もしかして……これ忘れていった人?」
「いや、別の人物だ」
「そうなんだ、良かった」
さすがに許嫁の実家に、トラブルブラッドネスの画集を忘れる奴とは結婚してほしくないと思う雷火だった。
仲良くはなれそうな気はするが、結婚相手としては致命的だろう。
そうなると余計に興味がわいた。
雷火自身アメリカでプログラマーになる為の
特に成功例より失敗例の方が好きで、そこから何がいけなかったのか洗い出しをするのが癖になっていた。
「田島さん今週の土曜か日曜に持って行くから、その人の住所教えて下さい」
「雷火、一人でフラフラ出歩くのはやめなさい。帰ってきたばかりなんだからパパと……家族との団らんを大事に――」
「いいでしょパパ」
「いいよ」
剣心はすこぶる雷火に甘かった。
◇
翌日――
俺はオヤジのモーニングコールで起きた。
内容は伊達さんが許嫁を居土先輩に決めたという話だ。
「あんまりショックはないけど、多少はダメージあるよね」
わかっていたこととはいえ、初恋が散った上に、予想通り自分は当て馬だったんだなと理解する。
やっぱつれぇわ……。
「相野が結果教えてくれとか言ってたな……」
俺はメールで一言『振られた』と伝えると、一言『そうか、おつかれ』とだけ返ってきた。
変に茶化してこない辺り、空気の読める男だ。
学校に登校すると、昇降口で居土先輩と出会った。
彼は一言だけ「ごめんね」と謝ってきた。
気にしなくてもいいのになぁと思っていたが、昼休みに火恋先輩からも謝罪と感謝の言葉を受け取った。
「長引いた結果がこれですまない。君には長く付き合ってもらって感謝している。これからも”良い友人”でいてほしい」と。
出たわね。振られた後に一番聞きたくないセリフ1位「良いお友達」。
本来死体蹴りにも聞こえる言葉だが、火恋先輩の誠心誠意が伝わるから全く憎めない。
真面目なんだよなぁ……。まっすぐというか……。少々不器用とも言える実直さ。だからこそ憧れてしまったのだろう。
人生ギャルゲみたいにうまくはいかない。いや、ギャルゲの主人公はステータス上げたり、プレゼント贈ったり好感度上げる努力してるから俺とは違うな。
それから灰色の授業が終わり放課後になった。皆部活に精を出したり、塾に向かったり遊びに行ったりと十人十色の青春を過ごしている。
「悠介、遊びに行かねーか? ゲーセンでもカラオケでもどこでもいいぜ。バッティングセンターもいいな、最近体動かしてねーし」
相野は目の前でスイングのジェスチャーをする。いいやつだなお前。
ギャルゲで誰とも結ばれなかった時の友人エンドみたいな奴だ。
「すまんが今日はバイト入ってんだ」
「タイミング悪いな、今日は何やるんだ?」
「イベント会場でヒーローショー。
「マジで? お前みたいな弱そうな奴がヒーロー出来んの?」
「バカ、どんだけ練習したと思ってんだよ」
俺は両手をゆっくり広げてから、エックスの変身ゼリフを決める。
「俺、満を持して参上!」
「特撮見てねーから、似てるのかよくわかんねーや」
「バカ、激似だよ」
ケタケタ笑いながら気を使ってくれた相野と分かれ、校舎を出て校門へと向かう。
あぁ、バイトあってよかった。
これで何も考えなくてすむ。
「あっ……」
そういう時に限って、武道場から出てきた火恋先輩と鉢合わせる。
艷やかなポニーテールに道着と袴が似合う、握られた木刀が凛々しい剣道部スタイル。
軽く汗を流した後なのか、首筋を流れ落ちる健康的な雫がセクシー。
「あっ、三石君……」
「どうもー伊達先輩! 急ぎますのでまた今度ー! ビューン!」
爽やかに笑いながら彼女の隣を走り去る。
あーあ、無駄に明るくしちゃって何がビューンだよ。
でもしょうがないじゃないか、火恋先輩の後ろに居土先輩がセットで見えてしまったんだから……。
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