第93話 後は引き受けた


 コスプレも楽しみつつ四人で園内にあるレストランにて、遅い食事をとった。

 食事を終えると時刻は午後4時を回っており、もう昼メシというよりは夕食の時間だ。

 山野井は今まで静かに俺たちの後をついてまわっていたが、食事が終わると綺羅星キララを連れて席を立った。


「……動いたか」


 チラリと横目でレストランの外に出ていく二人を見やる。

 不穏な空気をまとう山野井が気になり、同じく席を立とうとした。


「どこ行く気?」


 食後の紅茶に口をつけていたひかりが、鋭い視線で俺を見やる。


「ちょっと様子見ぴょん」

「ウチの執事みたいなことするわね。無駄よ、あの子は自分から助けてって言えないから」

「もしかしたら言えるかもしれねぇ。それは本人にしかわからない。かすかな声で助けて言った時に、誰か傍にいてやらなきゃいけないと思う」

「助けてって言ったらどうすんの? あの子はあんたのこと嫌いだけど、あんたもあんなリアル女嫌いでしょ?」

「は? ギャルビッチは同人のメジャージャンルぞ?」

「ほんとオタクさぁ……」

「ギャルはオタクに優しいんだぞ」

「あれは多分犬とかに話す気持ちで喋ってるから優しく聞こえるのよ」


 なるほど、恋愛対象云々ではなく、そもそも人として見られてないんだな。


「あんなバカを助ける必要はないわよ」


 月はティーカップをソーサーに置きながら、あくまで助けは不要と言ってのける。しかし俺はそうは思わなかった。


「どうするかは綺羅星次第だけど、でも助ける理由はあるよ」

「理由?」

「綺羅星は君の妹だからね」


 月は思考が一瞬止まったかのように静止した。


「君が妹のことを悪く言う時は、本当に辛そうな顔をしている。家族ってのは誰か一人でも不幸な人がいると、皆幸せになれないんだ。今日君を見てわかった。君は本来もっと喜怒哀楽が豊かな子だ。それが妹のことが気にかかって感情が抑制されてる」

「…………」

「だから――綺羅星を救い、君も救う。心から笑えるようにね」


 少々クサくなってしまったが、そうすればいつも苛立ったような顔が、少しはマシになるんじゃないかな。

 手を差し伸べているのに気づいてもらえない月と、自分には山野井しかいないと思いこんでいる綺羅星。

 俺はその姉妹の手をつなぎ合わせに行くだけだ。


 彼女はそれ以上何も言わず、勝手にすればと言いたげに窓の外を見やった。

 俺は行ってくると残し、二人を追うことにした。



 レストランに一人残された月は、窓に映る夕日を眺めつつ一人呟いた。


「カッコつけんなオタクのくせに……」


 その言葉とは裏腹に、彼女の心臓は早鐘を打ち頬は朱に染まる。



 山野井と綺羅星は、人気のないお化け屋敷の裏側で何やら話をしていた。

 気づかれないようにこっそりと近づいていくが、遮蔽物がなくてボソボソと声が聞こえるくらいの位置にしか近づけない。


「なんか重要そうなこと話してるのにな……」


 なんとか声が拾えないものかとゴミ箱裏からこっそり覗き見していると、黒服を来た水咲SP達が大声で何かを話している。


「あー、どこにいってしまったんだ。集音器をなくしてしまった。あれがあればどんな遠い音でも聞き逃さないのに。あーまいったな~、赤色のイヤホンみたいな形をしているんだけどな~。あ~一体どこにいったんだろ~(棒)」


 わざとらしく聞かせるような声で話している黒服。

 なんじゃこいつと思っていたが、目の前に赤いイヤホンが転がっていた。


「あー……藤乃さんの援護ってことね……」


 さっきのコスプレといい、どっかで見てるんだな。

 俺はすかさずイヤホンを耳に押し込むと、綺羅星達の話し声が聞こえてきた。


『つーかさー、お前マジで水咲さんの妹なわけ?』

『……うん』

『何で最初にそういうこと言わないかなー』

『最初に言ったけど、信じてくれなかった……』

『信じなかった俺が悪いって言いたいのかよ?』

『そ、そうじゃないけど……』

『はぁ~あ、お前のせいで俺の予定ぜ~んぶ滅茶苦茶だわ。ほんとどうしてくれんだか』


 相変わらず滅茶苦茶言ってるのはお前だと思いながら、イヤホンを強く耳に押しあてる。


『つか三石ってなんなのアイツ? ほんとアイツの存在だけはマジわけわかんねーわ。いきなりバケツで水ぶっかけてくるしよぉ』

『先輩は、そんなわけなく人の嫌がることはしないと思うなぁ』

『何? お前あいつの肩持つわけ?』

『ち、違うよ! でも、あーしが見た限りでは、変態でわけわかんないこと言うし、ゲーマーのキモオタだけど、そんなに悪い人ではない……って言うか、むしろ優しいまであるって言うか、うん……』


 言葉をつまらせながらも、自分の思っていることを話す綺羅星。

 なんだ、俺意外と評価悪くないじゃん。


『あっ? なんなのお前、あいつのこと好きなの?』

『そ、そうじゃなくて!』

『別にあいつのこと好きとかどうでもいいんだけどさ、いやむしろその方が好都合つか』

『どういうこと?』

『お前さ――』


【 水咲さんから三石寝取って来いよ】


 一瞬視界が黒塗りされた気分だった。

 吐き気のする命令に、思わず目の前のゴミ箱をぶん殴りそうになってしまった。


『あいつの存在がすげー邪魔なんだわ。水咲さんもあいつに好意的みたいで、俺としては勝率五分五分ってとこだしさ』


 どういう計算をしたらイーブンになるのか、計算式をぜひ知りたい。


『だからさ、できればあいつが言い逃れできないハニトラ仕掛けてくんねぇ?』


 山野井は下卑た笑みを浮かべながら、綺羅星の豊かな胸元を見やる。


『そういうの得意だろ?』

「得意じゃ……ないよ……ハニトラってわかんない」

『簡単だよ。あいつとの■■撮りとってこいよ』


 俺の認識が甘かったな、あれは外道とかそういう類ではなく悪だ。


『それは……ダメだと思う……』

『なんだよ、ノリ悪ぃな』


 綺羅星は困りながらもポツポツと語りだした。


『月って普段笑わない方だけど、今日は凄く笑ってる。多分あれは本気で気を許してる……ほんとに好きなんだと思う……』

『それをお前がぶち壊すんだよ。そうじゃないと俺が入れないだろ?』

『そんなことしたら、先輩も月も悲しくなるから……』

『じゃあ俺が悲しくなってもいいって言うのか?』

『そ、そうじゃないよ、でも振り向いてほしいからって強引な方法で先輩を引き離すのって間違ってると思う。ハニトラとか……普通じゃないよ……好きならちゃんと思い伝えよ……』

『はぁ? 男引き剥がすのに他の女あてがうなんて結構普通だぜ? 結局お前は、自分がやりたくないから嫌がってるだけだろ? マジ使えねぇ……ゴミ』


 自己紹介してんじゃねぇよクズが。

 ゴミ箱の蓋を強く握りすぎて、投入口変形してしまった。本当にすまないと思っている。


 俺は眉間に寄った皺を指で元に戻しながら、ふと辺りを見回すと、黒服の数が明らかに増えている。

 しかも皆サングラスをしているのに忌々しげに唇を噛み締め、握っているトランシーバーを握りつぶしている黒服までいた。

 この人たち、明らかに会話の内容盗聴いてるだろ……。


『あぁもう、お前は俺の言うことだけ聞いてヘラヘラ笑ってりゃいいんだよ人形女! これ以上口答えすんなら軍団解散させんぞ! またお前はぼっちに戻るけど、それでもいいんだな!?』


 怒声を響かせる山野井に責められ続けた少女は、平静を保っていられなかった。

 鼻をすすり、顔を赤くして、目尻から零れ落ちるものを止めることができない。

 当たり前だ。好意を持っている男から別の男寝取って来いと言われ、やらなきゃお前の生活壊すぞと言われているのだ。


「吐き気を催す邪悪とは、このことを言うのかもしれんな」


『…………やだよ……やだけど……月にもう迷惑かけたくない……。あきらも可哀想なものを見る目であーしを見るし、藤乃もいっつも悲しそうな顔してる。先輩はまだ会って日も経たないのに、友達の友達ってだけであーしを叱ってくれた。皆、皆良い人だからさ、あーしこれ以上誰かに迷惑かけるの嫌だよ……。友達いなくなっちゃうのは嫌だけど……でもこのままじゃ、いい人たちを傷つけちゃう』


「…………」


 頭で良くないことしてるって理解はしてたんだよな。

 ただ一歩踏み出す勇気がでなかっただけで。


『あーしも今日の月みたいな……楽しいデートが……したい……』


 後半はほとんど泣き声で聞き取れない。しかし、これがきっと偽らざる彼女の本心であることは間違いないだろう。


『泣くんじゃねぇよ、めんどくせぇ女だな……」


 まだ奴が何か言っているようだが、俺はすくっと立ち上がって藤乃さんに電話をかける。

 ワンコールの後、執事はいつもの調子で電話に出た。


『はい、叢雲ですが』

「とりあえず、おたくのお嬢さん頑張ったので、これからあのバカ引き剥がします」

『かしこまりました。何か私共にお手伝いできることはございますか?』

「そうですね……」


 俺はチラリとそびえ立つタワー、超大型モンスターアトラクション、フリーフォールスターを見やる。

 確か搭乗客が気絶したとかいう拷問マシン。


「あれなんか使えそうですね」


 いつもと変わらぬ抑揚で、俺と藤乃さんは報復の手段を話し合った。


『――かしこまりました。使用できるように手配しておきます』

「よろしくお願いします」


 さて、後輩の振り絞った勇気に応えるとするか。

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