第94話 デートアライブ

 通話を終えて、スマホをポケットにしまう。

 すると綺羅星が泣いてしまって話ができないと思って切り上げたのか、山野井はお化け屋敷の裏から出てきた。

 俺は偶然を装い、奴の背中を叩いた。


「よぅ!」

「あん? 何だテメーかよ、気安く話しかけんな。俺はこの前のこと許したわけじゃないからな」

「いやーその件は、お前も俺のことしこたまぶん殴ったから水に流そうぜ。あの後精密検査とかして結構大変だったんだぞ」

「そのまま死ねば良かったのにな」


 多分本気でそう思ってそうだな。


「実はお前の為に新型アトラクションの予約とってきたんだよ。ほんとは使えないやつなんだけど、特別にな」

「俺の為に?」


 山野井は怪しんではいるが、予想通り食いついてきた。

 バカはお前の為とかお前限定とか、そんな釣り言葉に弱い。


「何だ、気持ち悪いな」

「俺はお前と仲良くしたいんだよ。なっ、行こうぜ」


 俺はわざとらしく肩なんか組んで、奴を地獄へと招待する。


 案内したのは、ここについた時一番最初にやってきた場所。フリーフォールスターの前。

 地上約300mという超高々度のドロップタワーから垂直落下した後、そのまま時速300キロ近い速度で螺旋状にアップダウンを繰り返すジェットコースターレール走行するという、狂気の沙汰なモンスターアトラクション。

 利用客が気絶して使えなかったものを、藤乃さんに頼んで使えるようにしてもらった


「うわーたっけー」


 渇いた笑いが漏れてしまったが、山野井も「いや、これはないだろう……」とスケールのでかさに驚いている。


「さっ、行こうぜ」

「お、オイこれ運転停止中って書いてあったやつだろ!」

「気にすんな、お前の為に動かしてもえるように頼んだ。さっ、早く早く」


 ここまで来て逃げられてたまるか。俺はぐいぐいと奴の背中を押して、入場口に押し込んだ。


 ライドマシン乗り場には係員ではなく、帝愛グループにいそうなグラサンの黒服が複数人待機していて、物々しい雰囲気が漂っていた。


「こちらSP1、ターゲットが到着。これよりライドに搭乗します」

『SPリーダー叢雲了解。片方はVIPです。鼓膜破れや、脱臼、失禁、脳震盪に注意して下さい』

「SP1了解しました」


 トランシーバーで怖いやり取りをしていた黒服は、通信を終えると「こちらです」と俺たちを促す。

 黒服は『耐G』と書かれた救命胴囲みたいな赤いジャケットを俺たちに着せて、マウスピースを噛ませた。


「オイ、ジェットコースターでマウスピースなんて聞いたことねーぞ!」

「俺もだ。楽しみだな」

「いや、狂ってんのか!?」


 黒服は手際よくシートベルトで俺たちをライドマシンに固定していく。

 更に白衣を着た医者っぽい人間が現れ、俺と山野井の目に懐中電灯を当て、脈拍を測る。


「OKだ」

「メディカルチェック了解。過電レール送電開始」

「送電開始」


 黒服の声と共にレール全体にライトが灯り、タワーへと上昇するウィンチが稼働する。


「お、おい、おかしいだろ! なんで医療班みたいな奴が控えてんだよ! テメー俺と仲良くしたいんじゃなかったのかよ!?」


 馬鹿め、俺がお前と仲良くしたいだと? そんな事口が裂けても言うわけがないだろうが。

 黒服はセッティングが終わると、注意事項を告げた。


「三石様、要望通り10周終了しないと止まらない仕組みになっていますが、気絶する可能性が高いです。その時は安全の為、一旦止めさせてもらいます」

「まぁ俺が気絶しても、復活したらまた続けますけどね。場合によっちゃ延長することもありますけど大丈夫ですか?」

「メディック次第ですが……了解しました」

「じゃ、よろしくお願いします」


 黒服は渋い顔をしながらも、安全バーを下げた。


「オイ! どういうことだ、さっきからわけがわかんねーぞ! 何企んでやがる!」

「はっはっは、安全バーに阻まれて何もできないでやんの」

「テメーマジでぶっ殺すぞ! 上げろ、コレ上げろってんだよ!」


 安全バーをガシガシ叩くが、人間の手でどうにか出来る代物ではない。


「俺が一体何したって言うんだ!」

「はっはっは」


 俺はニコやかに笑った後、山野井を思い切り睨みつけた。


「お前は綺羅星を泣かせた。だからこのジェットコースターを罰ゲームにすることにした。10周するまで止まらん。その間にお前がやったことを後悔しろ」

「何言ってやがんだ、テメーも同じ目にあうんだぞ!?」

「お前が泣き喚く姿を間近で観察できるんだぞ、最高のポジションじゃないか?」


 誰がそんな楽しい位置譲るかよと言ってのけると、山野井はようやく俺が本気だと理解してくれたようで青ざめた顔をしていた。


「く、狂ってやがる」


 ちょっと何言ってるかわかんないです。


「さぁ始めようぜ。絶対に気絶してはいけないジェットコースター」


 ピリリリリリと発車の合図がなり、俺達を乗せたライドマシンはゆっくりと上昇していく。


「くそぉくそぉ! お前さえいなければ!」

「いいねぇその台詞。一度は言われてみたい台詞だよ」


 ケタケタ笑う俺と、キレ散らかす山野井。傍から見たらわけがわからん組み合わせだろうな。

 たった二人しか乗せていないライドマシンは、最上部を目指してグングン昇っていく。もう下の様子なんて小さすぎて見えない。まるで航空写真を撮影している気分だ。


「景色良いなぁ」

「たっ、たけぇ……」


 まさしく目のくらむ高さとはこのことだろう。ちなみにこのコースターは吊られながら落下するタイプのもので、通常のコースターのように乗るタイプではない。その為浮遊感が半端ない。

 もし落下したら確実に原型なんてとどめないだろうなーなんて思いながら隣を見ると、青ざめた顔で山野井はガチガチと震えていた。

 あら? もしかして高所恐怖症? もう少し脅かしておくか。


「このジェットコースターなんでテスト中のまま止まってるか知ってるか?」

「気絶者が出たって書いてあっただろ」

「あれは嘘だ。本当はテスト中の整備士が落下して死んだかららしいぞ」

「う、嘘だろ?」


 嘘である。

 しかし、そう言われても信じてしまうくらいの狂気を感じる高度。


「死にたくなかったら、安全バーしっかり掴んだ方が良いぞ」


 山野井はバーを抱きしめるようにギュッと腕で挟む。


「お、おい三石今ここで止めたら、この前の事なかったことにしてやってもいいぞ」

「声震えてんぞ」


 何でこんな時まで上からなんだよと呆れながらも、俺はにこやかな笑みを返す。


「お前が綺羅星に土下座して詫びるなら、考えてやらんこともない」

「はぁふざけんなよ。何で俺が自分の物に謝らなきゃいけねーんだよ」


 あくまで綺羅星を所有物扱いするつもりらしい。


「そうか、なら」


 ――地獄に落ちろ。


 俺は自分の首の前で親指を横に切った。

 直後、ふわっと体が重力から解放された浮遊感。

 カチャンと音をたてライドマシンが固定装置から切り離され、超高速で垂直落下した。


「ち、畜生めぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!!」


 山野井の断末魔を聞きながら、ライドマシンはゆっくりと時間をかけて登ってきたタワーをほんの数秒で落ちきる。

 内臓を全て置き去りにするようなスピードを殺さないまま、ドロップタワーからジェットコースターレールに移り、螺旋軌道を描きながらぐるんぐるんと回転していく。

 俺と山野井の体は濯機に放りこまれたかのように、右に左に体を振られ、その度に重力がめちゃくちゃな方向から襲ってきて、舌を噛まないように歯を噛んで必死に耐えた。


 一周終わる頃には二人共げんなりして、発車前のイキの良さはどこにいったのか、両者えづいていた。


「お゛え゛っ……胃の中が……」

「はは、面白かっただろ? 次の周回からは、下での勢いを殺さずにタワーに昇ってくるから待ち時間0だ。嬉しいだろ?」

「お前バカじゃないのか!?」

「さぁ後9周頑張ろうぜ!」

「なんでそんなテンションたかっ……」


 ライドマシンが再びタワー最上部に到着すると、固定装置から切り離され二周目がスタートした。

 何でテンション高いかって? 上げないと気絶しそうなんだよ。

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