第95話 月は輝き星は瞬く

 あれは何周目だろうか? 時刻は午後5時半を回り、アリスランドの遊戯施設はライトアップされていた。

 たった二人を乗せたジェットコースターは、アップダウンを繰り返しながら螺旋状に園内をぐるぐると回り続けている。

 その様子を、見た目派手な姉妹がベンチに座ってぼーっと眺めていた。

 一人は金髪ツインテのアリスコス。もう一人はヘソが見えるくらい丈の短いキャミソールを着たギャル。

 恐らく道行く人に、この二人が姉妹だと言っても誰も信じないだろう。


「そろそろ泣きやんだ?」

「泣いてない」


 綺羅星キララは泣きはらした目をこすり、ひかりは脚組しながらコースターを見やる。


「あれって、ショーへーと先輩?」

「そうね」

「何してるの?」

「…………」


 山野井は「ふざけんな、殺そず!」などとギャーギャー喚きたて、悠介はそんな必死な姿をケタケタと笑っている。

 喧嘩しているのかじゃれているのか、二人の関係性が全く見えない。しかしそれも数周前の話だ。

 今は二人共体に力がなく、だらりと伸びた手足が重力によって振り回されている。

 その姿はまるで風に翻弄される枯葉か幽霊のようで、見ている側としては不安を煽る姿だ。


「健康を考慮して一日1周までって注意書きしとかなきゃね」


 コースターを眺めなら、月はスマホにメモを打ち込む。

 綺羅星はその姿を横目で見やる。


「ねぇ、月ってなんで先輩のこと好きなの?」

「あんたがそんなこと聞いてくるなんて珍しいわね」

「……月ってあーしみたいに恋愛脳じゃないから、そんな簡単に人とか好きにならないでしょ?」

「あたしだってサイボーグじゃないのよ。人を好きになることくらいあるわ」

「趣味おかしくない? 先輩ってどっからどう見ても凡人でしょ? 月って派手でスペック高いからもっといい人狙えるじゃん」

「自分が派手だからって、彼氏にも同じ素養を求めるとは限らないでしょ。それに能力ある人がベストというわけじゃないし」

「じゃあ地味な人が好きだったの?」


 綺羅星はアリスコスをする月を見やる。


「違う」

「じゃあ理由は何?」


 綺羅星の質問に月は真剣な眼を頭上のコースターに向けた。


「ほんとはあたし、あいつのこと滅茶苦茶嫌いだったの。でも、藤乃に調べさせたり、自分で話したりゲームで対戦したりしているうちに波長が合うなって気づいたの」

「波長……それって一緒にいて楽しいってこと?」

「ん~それとはまたなんか違うのよね。イキリオタクなとことか、対戦ゲームやってて、あれ? 俺またなんかやっちゃいました? とか言いながら勝ってくるとことか、本気で殺してやろうかと思うくらいムカつく。それでお前とは二度とやるかって思うんだけど、5分くらいしたらまた対戦したくなるのよね」


 その時の光景を思い出しながら話す月は、本当に年相応の乙女という感じで、綺羅星は姉の本気の好意を確信する。


「多分それが惹かれたってことなんだろうなって……」

「いいなぁ……あーしもそんな恋愛したいな」

「逆に聞くけど、あんたはなんであの知性を欠片も感じない男に惹かれたの?」

「……優しくしてくれたから」


 ぶっきらぼうに言うが、本当に綺羅星にはそれ以外言うことがなかった。

 一番最初に仲間を作ってくれた優しい人。そのイメージが山野井に張り付いて離れないのだ。

 いくら酷いことを言われても、財布にされているとわかっていても拒絶することができない。彼が本当に好きなのはとわかっていても、未練がましく後をついていってしまう。

 綺羅星が俯くと、その頭上をゴ―っと音をたててジェットコースターが過ぎ去っていく。


「今なんであいつが、あれに乗ってるか知ってる?」

「知らない」

「あんたの為よ」

「はっ?」


 綺羅星は素っ頓狂な声が出てしまった。


「……何で?」

「山野井にキレたから」

「だからなんで? 理由がないじゃん」

「さっきも言ったでしょ? どれほど底が浅いのか」


 月は妹のぼんやりした顔を見てやれやれとため息をつく。


「理由はあんたを泣かせた、それだけよ」


 綺羅星はパチパチと目を瞬かせた。この姉は何を言っているのだろう?そんな風に呆然としている。


「あいつはずっとアンタが助けを求めてくるのを待ってた。あんたが山野井を拒絶したら全力で引き上げるためにスタンバってたの」

「…………わけわかんないよ」

「そう? ある程度あいつの動きって一貫してると思うけど」


 綺羅星は思い返せば、一番最初は財布にされている現場を見たところで悠介はキレた。

 2回目はサッカー部の練習試合で、物を投げつけられているところを見てキレた。

 そして今回は恐らく、山野井が寝取ってこいと言ったことに対してキレたのだとわかる。


「なんで、わけわかんない。あーし本気で先輩の頬引っ叩いたよ」

「そういう奴なのよ」

「そういうって……」

「それがあいつの優しさなの」

「やさ……しさ」


 人の優しさを信じられなかった。差し出されている手に気づけなかった。

 だから自分の回りにいる人達を傷つけ、迷惑をかけた。

 そんな自分を恥じると、謝罪の言葉しかでてこない。


「ごめ――」

「ごめんなさい」

「えっ?」


 先に謝罪の言葉を口にしたのは月だった。それが何に対する謝罪なのか、綺羅星にはわからなかった。


「あんたを叱るのも、手を差し伸べるのも本来は全てあたしの役目だってわかってた」


 月の言葉は、今まで綺羅星が聞いた事がないほどの後悔の念が混じっていた。


「しょうがないよ、あーし月の言葉に全然耳をかさなかったもん」

「あんたが六輪に転校してから、うまくいってないのは知ってた。でもあたしはその時、追い出されたあんたが悪い、自業自得だって思ってた」

「うん」

「でも、あんたの金遣いがどんどん悪くなって、夜遊びも増えてから焦った。だからあんたを家に引き戻そうととにかく叱った」

「うん」

「でも、そのせいであんたは余計家を遠ざけるようになった。失敗だったわ」

「月は悪くないよ。あーしは月が叱ってくれるのが優しさだって気づかなかった。むしろ嫌いだからいつも当たってくるんだと思ってた。ごめん」

「優しさの形なんて人それぞれよ。それに自分は優しさだと思っていても伝わらなければ意味がない」

「強い人間の考える優しさと、弱い人間が考える優しさって違うんだね……」


 月は星の出始めた夜空に手をかざす。

 星の隣には月が仲良く並んでいる。


「……思えばさ、あーしと月って喧嘩しかしてないよね」

「あんたは不良であたしは優等生、仕方ないわ」

「なんであーし不良になっちゃったんだろうなぁ。あーしも優等生が良かった。そしたらもっと皆仲良くしくしてくれたかな?」

「そんな打算的な考えをしているから、いつまで経っても信用に足る友人ができないのよ」

「うぐっ、月だって上辺だけのウフフオホホしか言ってない友達しかいないじゃん」

「あたしは別に必要としてないから。どうせ作ったところで置き去りにするだけだし」

「……その強さが羨ましい。先輩は月についていけるの?」

「あたしが無理やり引きずっていくから関係ないわ」

「さすが我が姉」


 ふっと二人に笑みが溢れた。

 口を開けばいがみあう。顔を合わすたびに、あんたが月が私の敵だとぶつかりあっていたが、一歩の歩み寄りで話ができるようになった。

 そのことが姉妹にとってただただ嬉しかった。


 姉は、もっと早くに気をかけてやれば妹は馬鹿な男にひっかかることはなかったと後悔し、妹はなぜ一番の味方である姉を敵だと思ってしまったのかと後悔した。


 気づけばジェットコースターの音はしなくなっていた。

 どちらかが体調を崩したのか、それとも予定の周回を終えたのか。


「綺羅星、あんたあの男にまだ未練はあるの?」

「タラタラだよ。ショーヘーを否定するってのは、あーしが六輪に転校した後全部を否定するってことだよ」

「あっそ、ならまた山野井の元に戻るの?」

「戻らない」


 綺羅星はきっぱりと言い切った。


「……月姉ひかりねぇ


 いつもと違う呼び方に月は驚いて振り返った。


「先輩、あーしの友達になってくれるかな?」


 彼女は俯き、見えない何かに怯えていた。しかしその目には決意を秘めていた。

 姉は妹の決意を慈しむように微笑み肯定した。


「……ええ、必ず良い友達になってくれるわ。あんたもさ、あたしたちと一緒にゲームして遊びましょ」


 妹はようやく今を捨てる決意をしたようだった。


「恐れず強くありなさい、あんたはその覚悟をしたんだから」

「うん」


 姉は妹を奮い立たせるように優しく話す。


「じゃっ、行きましょうか」


 月と綺羅星は二人で立ち上がった。

 決別の為に。

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