第96話 金持ちは怒らせると恐い

「おっおえぇぇぇぇぇぇぇ」

「……死ぬ…………」


 ジェットコースターが10周してから既に20分程が経とうとしていた。

 しかし全身の血と内臓をシェイクされまくった俺と山野井は、ジェットコースターから降ろされた後、立つこともままならない状態だ。


「ぎぼぢ悪ぅ……」


 頭を振って、ぐったりすること更に10分。ようやくまともに思考ができるようになってきた。

 這いずるようにして乗り場の外に出ると、グロッキー状態の俺と山野井は向かい合った。


「拷問器具かよ。考えた奴頭おかしいんじゃねぇのか……」

「なんだかまだお前元気そうだし、後10周くらい乗るか?」

「ふ、ふざけんなよ!」


 俺としては息の根を止めたいところではあるのだが。

 バテバテの分際で俺の胸ぐらを掴む山野井。息上がってんぞ。


「なんで俺がこんな目にあわなきゃなんねーんだよ!」

「お前が綺羅星キララを食い物にしてるからだろうが」

「だからテメェには関係ねぇつってんだろうが!」

「関係あるって言ってるだろうが、俺の友達見下してんじゃねー!」

「あいつに友達なんかいねぇ!」

「それを決めるのはお前じゃない!」


 お互い敵意むき出しで胸ぐらをつかみ合う。

 すると山野井は急に余裕のある態度にかわり、薄い笑みをこぼした。


「いいのかよ、お前の態度次第であいつの現在”お友達”が全員いなくなるんだぞ。いや、いなくなるだけじゃなく孤立させることだってできる」

「………………」


 嫌なところをついてきやがる。山野井を恐れる軍団は綺羅星を孤立させ、最悪イジメへと発展させることも可能だろう。

 俺は苦々しい顔で視線を反らし、奴の胸ぐらから手を離した。


「ほんとマジ舐めたことしてくれるよな。お前さえいなけりゃ順調だったのによ」

「黙れ、人を悲しみに落とし込む寄生虫が」

「あ゛あぁ!? なめてんじゃねーぞキモオタのくせによ!」


 何で会う奴会う奴俺のことキモオタって言うんだろうな。俺の趣味なんて全く明かしてないのに。

 忌々しげに胸ぐらを掴み上げる山野井だったが、何やら良くないことでも思いついたのか、その口角を邪悪に吊り上げる。


「そんなに言うなら、あの女解放してやってもいいぜ」

「何?」

「そのかわりお前が俺の手足になれ。お前は今日水咲さんとのデートで俺の良い噂を流しながら、いきなりこっぴどく振れ。俺がそこを口説く」


 何を超名案って顔してやがるんだ。そんな子供が考えそうな脚本で、騙されるやつがいると思ってんのか?


「バカじゃないのかお前?」


 俺が素の意見を返すと、山野井のこめかみに青筋が走る。


「あぁ? 立場わきまえろよキモオタ。テメェの返答次第で、あの姉妹を無茶苦茶にすることもできんだぞ?」


 充血した瞳をこちらに向けるゴリラ。十分本気らしい。


「答えろ」


 俺に問いながらも、片手に握りこぶしを作って、腕を後ろに引っ張る。言うこと聞かないとぶん殴るぞってか? まんまジャイアンだな。


「断る」


 そう言った瞬間、俺の頬を鋭い痛みが襲った。

 振り抜かれた拳は前回と同じく手加減はなく、少し遅れてきた痛みは頬にズキズキと走り、たった一発で口の中に鉄の味が広がる。


「テメーは勘違いしているが、綺羅星が嫌々俺に従ってると思ってんのか?」

「とても嬉しそうには見えんがな」

「あいつは俺に惚れてるんだ。誰も悲しんでなんかいない。お前が引っ掻き回してるだけだって何で気づかないんだ?」

「何が悲しんでないだ、お前は何度も綺羅星に暴力を振るっている」

「はぁ? 飼い主に逆らうバカ犬を躾けんのが、飼い主の役目だろうが。あいつは殴ると嬉しそうに金を出す、貯金箱みたいなもんなんだよ」

「死ね」


 俺は口の中にたまった血を吐きかける。

 山野井は頬にかかった血を拭うと、ニヤッと笑みを浮かべポケットから高級そうなアクセサリーを取り出す。


「お前に面白いこと教えてやろうか? コレ水咲さんへのプレゼントなんだが、傑作な事にこのプレゼントあのバカな妹の奢りなんだよ。20万くらいするが、俺が頼むって言ったら買ってくれた。自分の姉へのプレゼントになるとも知らずによ」


 ウケるだろと目の前でゲラゲラと笑う山野井。

 良くわかった、俺はお前とは一生かかっても笑いのセンスで理解しあうことはないだろう。

 俺は山野井の胸ぐらを掴み返す。


「お前人の好意をバカって言ったか?」


 腹の底から湧き上がる怒りを抑えることができず、今まで出したことがないくらい低い声が出た。


「利用されて、財布にされて、挙句の果てに違う女のプレゼントまで買わされてヘラヘラしてる。それをバカって言わなくてなんて言うんだよ? あっ、わかった。こういうのを”哀れ”って言うんだろ」


 うまいこと言ったと大笑いする山野井。

 俺も奴の顔に合わせて笑い顔を作った。


「確かにあの子はバカで哀れだと思う」

「だろ?」


 俺は笑顔からか一変し、怒りを押し殺し鋭い視線で奴を睨む。


「だけどなバカには救いはあるが、下衆にはそんなものねぇ! 俺は女使ってのし上がろうとする奴が大嫌いなんだよ!」


 俺は怒りを額に込め、奴の顔面めがけて自分の頭を叩きつける。

 ガチンと脳に響く音をたてて、奴の鼻っ柱に頭突きをかます。

 こんなもんで俺の怒りがおさまるか。態勢を崩した山野井の顔を両手で挟み込み、強く歯を食いしばり渾身の頭突きをぶつける。


「ぐぁっ!」


 山野井は頭突きを2発受け、鼻血をまき散らしながら後ろにのけぞった。


「糞虫が! いい気になるんじゃ――」


 言い切る前に俺は3撃目、鉄頭と言われた頭突きをかます。

 奴の鼻からメキッと嫌な音がなる。だが知ったことか。

 二度とその不快な口を開けないようにしてやろうと頭を引くと、山野井の膝蹴りが俺のみぞおちに入り、くの字に体が折れ曲がった。


「ぐっ!」

「やめろって言ってんだよクソが!」


 山野井は下がった俺の頭を掴むと、無理やり地面に押し倒しマウントを取る。


「歯ぁ食いしばれや! ぶっ殺してやる!」


 憎悪に満ちた山野井の目は、充血して真っ赤に染まっていた。

 怒りに任せた左右の拳が、俺の顔面を叩き潰すように殴りつける。

 俺は気迫だけは負けてたまるかと、強く山野井を睨みつける。


「その顔グチャグチャにしてやる」

「やってみろよヒモクズ野郎」

「死ね!!」


 目の前に拳が振り下ろされた瞬間だった。


「喧嘩やめてくんない!」


 巻き舌で、腹の奥から響く少女の声が聞こえた。

 俺と山野井は声がした方に顔を向けると、そこには二人の少女が立っていた。

 一人は水色のエプロンドレスのアリスコスで、金髪ツイン縦ロールのひかり。もう一人は冬だというのにヘソの見える丈の短いキャミソールとデニムのマイクロホットパンツを穿いた根性ギャル姿の綺羅星。

 予想外に声を上げたのは綺羅星の方だった。

 彼女は不機嫌そうに腕を組み、ヒールの高いロングブーツでカツカツと地面を叩く。

 その様子は今日遊園地に来た時の気弱なイメージは全くなく、俺と最初出会ったときと同じ、気だるげなヤンキーギャルの風格がある。


「あのさ、好き勝手やってくれてるけど、ここどこだかわかってんの?」


 綺羅星がパチンと指を鳴らすと、周囲の至るところから黒服の水咲SPたちが姿を現す。


「ここは水咲所有のテーマパーク、誰もが遊びの時間を楽しむ場所。それを邪魔する人間は誰であろうと許さないわ」


 月と綺羅星はライトアップされた観覧車を背に仁王立ちすると、彼女たちの後ろに強そうな黒服が整列する。


「……これだから金持ちは怒らせると怖いんだよ」


 映画ばりに包囲された俺と山野井は、目の前にいる二人の少女が日本屈指の大企業水咲アミューズメントウォッチャーの娘だと気付かされる。


 俺はチラリと月の方を見ると、彼女は気づかれない程度に俺にウインクを返した。

 どうやら姉妹問題は解決したらしい。

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